35.
♢ ♢ ♢
「随分と遅かったですね」
腕組みしながら瞳を閉じ、窓側席に腰を下ろす女子生徒。錦織 小雪合。
あんただったのかよ…。
と、その向かい席には、茶髪のポニーテールに赤ピンクゴム留め。薄化粧に柔らかな赤みを魅せるリップ。目元はマスカラで縁取られ、スカートは割と短め。
うわ…、いかにも関わりたくない人種だわこの子。というか、あの錦織が一緒に話していた事を考えると意外。
属性JK(J)邪道(K)交友人か。響きだけでもう最悪だな。
着いた先は某コーヒーショップだ。以前、錦織に逃げられた店と同じ名前の。
「それにしても遅すぎます。大雨の中、排水溝に流れてくる紙の小舟でも待ち構えてたんですか?」
どこの殺人ピエロだよ…。あ、でもワンチャン気持ち悪いおっさんなら、『はろぉ~じぇ~け~』とか言いながら髪散らかして待ち構えるのもおかしくないか。やだっ、この方が現実味あるわぁ…想像してしまったわぁ…。
手早くビバレッジを購入し、席へと向かう。
キャラメルマキアートの甘い香りが移動する際の微かな風圧により、鼻孔をついた。
席が二席と、一席足りないので隣からちょいとお借りして、俺はようやく腰を下ろす。
「雨に濡れない事を知っていながらそのネタ発言とは、いじられたもんだなぁ?」
席につくがいなや、嫌味を込めて錦織に返した。が、無視された。
外に面した円形ガラス張りのこのカフェはコの字型ショッピングモールの一角にあり、なんと、この商業施設の地下駐車場とウチの高校の地下は繋がっているのだ。
それ故にビル型高校及びマンション移住者はこの共通連絡通路を使って、一切の雨風に晒さらされず移動する事が出来る。
雨に打ちつけられた窓は、水滴が落ちた波紋のように淡く揺れる。空は曇天模様により覆いつくされ、大した電光は届かない。
午後五時を廻った店内は時刻と相まってどこか仄暗い。青暗い空とでもいうのだろうか。
ボボボ…
激しい横殴りの雨が、窓に向かって鈍い音を鳴らす。
「相変わらず凄い雨だね今日は~」
名前はまだ分からん。茶髪のポニーテールが気の抜けた声を発する。
「あ!ごめんなさいっ私、伊藤恵理と言います。突然、呼び出して済みませんっ」
小首を下に下げながらチョコンと謝る彼女。追って錦織が口を開く。
「私達、特別候補生に協力して欲しい事があるそうです」
どうやら、伊藤さんの意思を代弁するとそんな感じらしい。
「地図…。ちゃんと読めましたか…?」
上目遣いで伊藤さんが顔を向けてくる。
ノーダメージ。上目遣いという手法が、目を美しく魅せる詐欺角度だということを俺は知っているからな!
「読めましたけど、少しアレ…何というか、くしゃくしゃだったというか…」
既読した事実に加えて、しどろもどろに真相の意味を問うた。
「あ…あ―――」
伊藤さんは多少焦りを滲ませながらも、横目に錦織をちらと見やる。
さては…、
「紹介が遅れました。そこのフード付きが夜崎辰巳さんです。同じく特別候補生です」
欠けていた情報を錦織が生真面目に言ったが、多分…伊藤さんが求めていたものじゃないだろう。
「あ、うん…夜崎くんの事は前から知ってたよ…」
威圧に押し負けたかのような伊藤の細声。やはり、求めていた答えとは違うらしい。
錦織がため息をつく。
「…そこのフード付きも関わりだしたら、ロクな事が起きかねないと思いました」
「だから紙をくしゃくしゃに…」
伊藤さんが諦めの声を漏らす。
察するに伊藤さんが俺のフードに紙を入れようとした時、錦織に止められて投函物を無残な姿にされたということだろう。
何故、伊藤さんが【カンガルーの温もり便】のことを知っていたのかは分からんが、とにかく錦織は酷い。
俺は丁寧な口調で錦織に問う。
「…もう少し違うやり方はおありにならなかったのでしょうか…」
これが丁寧語なのか分からんが、とりあえず『お』を付けときゃ大丈夫だろう。
「無いです」
錦織が即答した。
「そうですか…」
このまま口論にでもなれば、伊藤さんに迷惑が掛かる。ひとまず切り上げる事にしよう。
それと、さっきからフード付きフード付きっていうあだ名、やめて欲しい。
個性があるのは勿論嬉しいが、そんなツノ付きみたいに言われると、いつか「三倍の速さで配達しろー!」とか言われそう…。まあ、便と表記しておきながら運ばないんですけども。自分で読むんですけども。




