30.
さてと。問題はこの次だな…。
この取り巻きとやらに僕っ子キャラを演じつつ、ピュアな笑顔で会話を乗り切らなければならない。
「…えっと、失礼だけど何君だっけ?」
俺の一番近くに立つ女子生徒の問い。隣にいるやや静かそうな子も同様の眼差しを向けていた。
はっきり言ってこの反応は至極、当然のものと言える。模範解答はヘイ!ソコノ、ネーチャン!エンジョイシテルゥ~?だが、日本でこうはいかない。なんせ、女子軍勢に突撃する男なのだから。
「夜崎辰巳です…。先程の錦織さん同様、特別候補生の…」
錦織の名前は極力出さぬよう考えていたのだが、話の取っ掛かりを見い出そうとつい口にしてしまう。我ながら不覚。
「えっ、もしかしてあの夜崎くん!?」
目を丸くして、こちらにステップしつつ歩み寄る手前の女子生徒。え?俺ってまさか有名人!?
「あ、あのっ私…高橋美奈と言いますっ」
頬を朱に染めて恥ずかしながらに自名を口にする女子生徒、
「夜崎くん教師の間でも噂になってるらしくて、」
次いで近寄る静か系メガネ女子…。
春よ~遠き~春よ~と風に身を委ねていたのも、どうやら今日でおしまいのようだ。
意外に近かったんだね春って。今、春だから当たり前なんだけど。
並の男子なら今頃、脳内ピンク色。桜が舞い散っている事だろう。花はいずれ散るもの。悲しいなぁ。
冗談。俺は女子に全く興味がない。
男子軍勢が集まって女子の話題をしていたものなら、それはもう嘔吐案件。とにかく、悪乗りは大の苦手。というより害悪。
総合して俺は普遍的コミュニティに関わりたくないのである。あ、でも今は許容範囲。別に、浮かれてるとかそんなのじゃないよ?本当だよ?
「い、いやぁーそんなに認知されてるとは夢にも思わなかったよ」
まあ、教師に流れてるのはやべー奴がいるっていう悪い噂だと思うんですけどね…。
「も、もっと自信持っていいと思いますっ…その…かっこいい…ですし」
隣の女子生徒も恥ずかしながら頷き返す。
まさか、ここに来て容姿を認められるなんて…本当に夢みたい。
興味がないとはいえ、嬉しいものは嬉しい。頬が緩んでも仕方がない。
正直、ここまで詰め寄られると俺も動揺を隠せなくなる。だが、夜崎!ここは鋼の意思だぞ。
「そんなに言われると照れるなぁ」
俺の魂を司る意志が同時に『は?』と言ったようだった。
鋼どころかグミほどの弾力もないゼリーな男。いや、意味わかんねぇな。
「じゃあ、もう朝の会、始まっちゃうから席に戻るねっ」
そう言って足早に席に戻る二人の女子生徒。
青春…。ブルーな気持ちになりながら迎える春だと思っていたがそうでもないらしい。
悪くない響きだ。




