28.
♢ ♢ ♢
ピピッと目覚まし時計が今日最初の産声を上げた。
けれども彼は起きない。
音が次第に大きくなるにつれて、時計という機械動物が暴れだす。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリッ
…うるせー!と、心の中だけで呟く。そしてパシンッという軽い音がしたかと思えば、その部屋には静寂が訪れ始める…わけがなかった。
ジリリリリリリリッ…カチッ―――
「ごめん。俺が悪かったよタマ…」
重たそうな体を起こし、ベッドに腰掛けて一人小言を呟く男の姿があった。まるで愛猫のように目覚まし時計の頭部をカチッカチッ(よしよし)と撫でている。不審人物である。寝ぼけているのだろうか?
一人暮らしあるあるその一。
話相手がいなさ過ぎて、いつもイライラする目覚まし時計がペットに見えてくる現象。
ツインベルと呼ばれる旧式の物を使用していれば、それが耳に見えて更に可愛い…は?
男は正気に戻ったのか、素の声が漏れた。
暗く閉ざされたベッドルーム。カーテンを開ければ、心地よい日差しが浸透し、身体の骨髄に至るまで活性化されていく。
「おはよう豊洲。おはよう夜崎」
俺だ。夜崎だ。時刻は七時二分…我ながら丁度いい時間に起床。
眼下に広がるは直線上に伸びた河川。それを跨またぐ二つの橋。台場のレインボーブリッジ。
カーテンを毎朝開ける度に夢では?という錯覚を起こす完璧な景色。
現代社会においてタワーマンション(通称タワマン)は成功の証として君臨しており、現段階で高一ボウズの俺がこの景色を手の内に収めていることが自体が異常だった。
高所得者は日本の僅か数パーセントにも満たないという。
ここは学校に併設する三十二階建てのマンション。学校に一般企業が参入しているように、この建物も学生のみのマンションではなく、一般、すなわち高所得者向けに販売された分譲マンションでもある。
暖かな日差しに照らされたリビング。一人では勿体ない広さと、備え付けの家具。ソファ前のテーブルに置いておいた目覚まし時計を見やると、ちょこんとした足が二本生えていて、ひなたぼっこしている猫の様だった。
やっぱり可愛いじゃないかタマは…。




