16.
鳥の音も聞こえない程に静まり返った廊下に、各クラス二、三人の指名者。
若教師は二人が教室から出たのを確認すると、「ではこれから放送室に向かいますので着いて来てください」と言った。
確か特別候補生については学校案内にも内容までは事細かく記載されてはいなかった記憶がある。
前方を歩くのは制服に皺一つ無い、美しく背筋が伸びた女子生徒。
初めて話しかけようと思い至った錦織さんはこの子という事になるが…、話すことさえ憚れる神域がそこには存在していた。
加えて、女子となると一層話しかけずらいというのが世の末である。先程の女の子との些細な会話では同年齢という事を意識していなかったのだろう。
特別候補生。
同等の部分はそれだけ。でもキッカケが無いよりはましだ。よし…、
「あの…確か…"にしこり"さんですよね?僕も同じ特別候補生なんです。仲良くしてください」
初対面の相手に対して、礼儀と言葉遣いは十分わきまえた上で、そう話しかけた。
黒髪がさらりと揺れると、美しい横顔が静粛に振り向いた。
彼女は怪訝な表情をすると、
「はい…?私の名前は"にしきおり"ですが…。初対面の相手に対して名前を間違えるとは。それに、人と会話をする時はマスクを外しなさい。失礼にも程があります」
簡潔にそう述べると、いきなり俺のマスクをパッと外された。
一瞬、頭の中が真っ白になる。
何が起きた…!?
マスクを外された?俺は驚きのあまり瞳孔を大きく見開く。一方、錦織さんは何故か少し驚いたような顔をしていた。
「…」
「…どうした?」
驚いた顔はほんの一瞬で、錦織は俺の眼前に手を伸ばしたかと思うと、無言でマスクを返してきた。力なくそれを受け取ると、彼女のイメージ崩壊が徐々に起き始める。
早い、早すぎる…。
マスクの一番盛り上がっているとこを掴まれたかと思えば、そのまま左耳を華麗なクイック手捌きで外し、そのまま右に素早く振りかぶった。気付けば俺の口元からマスクは消え失せており、コンマ三秒の出来事であった。
…錦織さんってアサシンか何かなの?
「今後一切、私と関わらないでください。それでは」
テンプレ過ぎる拒絶。完全に嫌われた。
マスクしたまま名前の読みを間違えただけで。
失礼があったのは俺の方だったか…。しかし花粉が飛ぶこの季節、俺にとってマスクは必要不可欠アイテムだ。インターネットにも書いてあったぞ。花粉症を持つ人には親切にしなさいって!
今回は…その美人な顔に免じて許してやるが、次やったら「マスク外しのアサシン」というあだ名を付けさせてもらうからな!
…女性って案外怖いのな。




