12.
ほんの数十分ほどの距離ではあるが新天地を軽く観光することが出来た。
「にしても、流石に圧倒されるなこのスケール感は」
目の前にそびえ立つ建物を見ながら、独り言を呟く。
見上げれば天を貫き、日の光さえ遮る巨大な高層ビル。これこそが自身の通う"豊洲総合高等学校"の全貌なのだ。俺は改めてとんでもない成金学校に来てしまったと実感した。成金というのは偏見だけれど。
ビルの真横に位置する低層棟が通常の学校で言う"下駄箱"の役割を果たしているようで、水色の光沢を放つガラス越しに黒々とした人だかりが確認出来た。
祝いのご祝儀でも配ってるのかしらと冗談めかして覗いてみると、見覚えのある人物が記念撮影に追われていた。
「あんた、こんな美人な先生に教えてもらえるなんて幸運ねぇ~」
「いや俺は別にどうでも…」
母親らしき人物とその子である男子生徒がその美人な先生と記念撮影をしていた。男子生徒はまんざらでもないようで少し照れくさそうにしながらも、内面は満足そうである。
一方、その美人な先生はというと時間に余裕が無いのか、あたふたしながらも撮影タイミングにはしっかりと作り笑顔をしている。
てっきり秀才揃いのおしとやかな学校だと思ったが、実際そうでもないらしい。微笑ましい光景と言うべきか、入学早々、堕落してると言うべきか…。
その美人な先生は流石にこの人数を捌ききれないと悟ったのか、助けを求めようと辺りをキョロキョロし始める。
不運だな先生も。
他人行儀でこの光景を静観していたが自分も時間が差し迫っていたので、最後に皮肉じみた無意味な音を鳴らしてこの場を撤退することにした。
ツー、ツー、ツー、ツー、空白、タンッ、タンッ、ツー、タンッ
太ももの側面を使って、周りに聞こえるか聞こえないか程度に軽く叩いてみた。簡単に言えばボディーパーカッション。難しく言えばモールス信号。
この集団に聞こえるはずもない。無意味にこの行動は消えていくはずだった。ただ一人を除いては。
「あれ?もしかして夜崎くん…?」
「え!?」
先生の姿は人混みに紛れて視認できないが、確かに俺の名前を発していた。
先生を取り巻く群衆は何事かと驚愕の表情を浮かべながら、先生が指し示す方向に道を開けた。その結果、俺は人垣の中から発見されてしまったのである。
可愛らしくも通る声が続けて俺に注目を向ける。
「やっぱり夜崎くんだ!…ちょっと先生とこっち来て!」
「いや、ちょっ…」
俺はこの状況を問うことも出来ず、先生に手を取られるがまま集団から這い出た。
体育館へと繋がっていると思われる通路を駆け足で抜けた。体育館入口には祝いの花束が設置されていて、その裏手でようやく立ち止まった。
「ここまでくれば大丈夫かぁ…。いやぁ~夜崎くん助かったよ」
息を切らしながらそう喋る女性。学生じみた言動に容姿。おまけに美貌。見間違えるものか。綾崎先生だ。
全力疾走されたものだから、俺も先生も多少の汗を滲ませていて、先生の首元を流れる汗が危うい色香を醸し出している。
俺は視線を外しながら言った。
「いや先生…。失礼ながら先生は本来助かるはずも無かったし、自分は保護者集団に変な視線を向けられる始末になりました。それになんですかあれは…モールス信号を聞き取れる先生なんか聞いたことありませんよ」
モールス信号自体はただ単に本で見つけたものを、ある種ネタとして覚えていただけであって、俺自身そういう専門知識に長けている訳ではないのだ。
綾崎先生は身振り手振りしながら、親しげに話す。
「まあまあ、細かい事は気にしない♪夜崎くんこそ「こっち」って言ってくれたじゃない。流石イケメン男子~」
この人は本当に先生なのだろうか。何かの手違いで軍事訓練中の志願者を実働にしてしまったのではないだろうか。
俺はため息まじりに言った。
「"モールス信号"で…ですけどね…。先生一体何者なんですか…」
一瞬考える素振りを見せたが直後にウインクして、「まあまあ♪」といってまた話題を濁されてしまった。まあまあ戦法強すぎませんかね。俺も明日から使ってみよう…。
綾崎先生は可愛くぽしょり、ため息を吐いたかと思うと、またすぐ腕時計を確認し始める。
その目には焦りがある。
「ごめんね夜崎くん。先生もう行かなくちゃ。さっきは助けてくれてありがとうね」
先生は「じゃっ」と手を振ったかと思うと、急ぎ足で職員室の方向へと駆けていく。
…いや、待てよ。あれは先程のエントランスへと通じる道だ。
綾崎先生って方向音痴なのかしら。
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