100.
歩くこと暫し。壱琉はある店の前で立ち止まった。店の看板には控えめな英字のネオンが光っている。
「ちょっと寄っていかないか」
壱琉は店に向けてサムズアップした。
「ここ、学生が立ち入るような店じゃないだろ……」
俺は入口付近に設置されたメニュー表を見ながら返答した。一覧にはワインやビールといった酒類が記載されていた。とても高校生が立ち入る場所とは思えない。
にしても、壱琉の方から誘いを入れてくるとは。彼のことだから、無為無策という訳でもないのだろう。
「大丈夫。少しばかり"アテ"があるんだ」
壱琉は得意げな表情を作った。
流石のグルメボーイと言いたいところだが──こればかりは難がある。腐っても俺達はまだ未成年なのだ。酒類を提供している店でバイトをすることは出来ない。一体何を考えいるのだろうか。
♢ ♢ ♢
俺は渋々、店内へ足を踏み入れた。そこは仄暗い大人の空間だった。
重厚感のあるダークオークを基調とした店でテーブル席の他にもカウンターがある。洒落たジャズが店内を彩り、気取ったカクテルの甘い香りが漂っていた。
予想はしていたが大凡未成年が立ち入る場所ではない。
カウンターには年老いた白髪のバーテンダーがいた。それなりに端正な顔立ちをしており、垣間見せるターコイズの瞳が強い気品を醸し出していた。
「マスター、お久しぶりです」
壱琉は気兼ねなくバーテンダーに話しかけた。貴方が私のマスターか……って、お酒が飲める年齢じゃないでしょう!アナタは!
「おお、貴方でしたか。いつもお世話になっております」
鋭い眼光とは裏腹に白髪のバーテンダーは深々と頭を下げた。
なんと。壱琉のアテというのはこの爺さんらしい。どういう関係か知らんが、とにかくお酒ダメ絶対!
懐疑的な目をしていると、状況が飲み込めない俺に気づいたのか、壱琉が説明し始めた。
「輸入物の炭酸飲料を試飲していてね。ちょくちょく世話になっているんだ」
それは似て非なるもの。スパークリングかんたらというやつか。
「ほーんなるほど……いや、納得出来ねぇな。わざわざこんな所に来なくても、自販機に売ってるだろ。PANTAとかBBレモンとか」
「得体の知れないものは飲まない主義でね」
壱琉は嘲るようにフンッと鼻を鳴らした。
おいコイツ……全世界の炭酸ファンを敵に回しやがったぞ……。




