二日目……③
「はーい、お加減いかがかしら?」
「……アマモぉ……!」
陽光に輝く純金の煌めきを、するりと風に波打たせる。今日の服装は真っ白なワンピースに、鍔の広い麦わら帽子。ピクニックに出かけるご令嬢と言った様相だ。当然、下手な映画の女優なんかよりも、段違いに様になっている。こんな状況じゃなかったら、小一時間は見入っていたに違いない。
振り向いた彼女の表情は、満面の笑み。いったい何が面白いのか、にこにこと憎たらしいくらい楽しそうに歯を見せてくる。
「さぁて、この状況、あなたは私に何を言うべきでしょう? あ、ついでに説明しておくけれど、あのゴーレムのレーザーは発射されたら最後、私でも避けられないわよ。ましてや誰かを抱えて、一緒に跳ぶなんて不可能ね」
「なんでそんなアホみたいに凶暴な兵器を創ってくれてんのよぉ。このアホ女神……!」
「あら、そんな暴言を吐いてもいいの? あなたの自称お友達が、消し炭の危機にさらされているというのに」
嘲笑うかのように、こちらへ駆けてくるミハネの姿を見やって、アマモは鼻を鳴らす。その態度からして、彼女はどうやら私に特定の行動を要求しているらしい。普段ならきちんとその正解を推理して、適切に対応するところだが、あいにく今は彼女のわがままに付き合っている場合じゃない。ここはもう勢いで押し切ろうと、私はとりあえず頭を下げてみた。
「お願いしますっ! アマモ様、どうか私の親友を助けてあげてください!」
これでいいかな……と彼女の顔を上目遣いでちらりと見ると、そこには仏頂面が待っていた。
「違うんだけど」
「へ?」
「私が言って欲しいのはそっちじゃなくて……」
不満そうなアマモが唇を尖らせて何かを言いかけたところで、三度目のレーザーが発射された。亜光速で飛来する不可視の一撃は、走ってくるミハネのすぐ前の地面に着弾。ある程度はその攻撃を予期していたらしく、ぎりぎりでそれを彼女は躱し、すぐに後ろへと飛び退いた。そして、再び空高く巻き上がる熱波と噴煙。しりもちをついて、荒く息を吸うミハネの顔色は、広がる炎とは対照的に、氷にでも突っ込まれたような真っ青となっていた。
「……お願いよ。アマモ。本当に……私の……たった一人の友達なの。殺したいのなら、いくらだって私を殺せばいい。だから、どうか彼女は巻き込まないであげて」
頭に浮かんだ言葉が、そのまま口をついて出る。おそらく、次のレーザーでもう終わりだ。その前にアマモを説得しなければならないのだが、悠長にその運びを考えるような余裕は、とっくの昔に私の頭から無くなっていた。
「だから違うってば」
「じゃあ何! 申し訳ないけれど、私は君と違って、人の考えていることを直接、読み取ったりはできないの。して欲しいことがあるのなら、自分の口でちゃんと言ってよ」
「……はあ?」
彼女は極めて不愉快そうな表情になると、すっと私の首元へ右腕を向けた。形の良い五本の指がぴん、と伸ばされて、まるで抜き身の刀のような冷ややかな殺気を発している。
「調子に乗るのも大概にして欲しいわね。少し他の人間と違うところがあったから、わざわざ生かしてあげているというのに。その恩も忘れて、あろうことかこの私に命令でもするつもり?」
私を睨む彼女の藍色の瞳が、波が引いていくように朱色へと変化していく。どうやら割と本気で怒らせてしまったらしい。だが、今更引く気は少しも起こらない。そもそも私達のパワーバランスは元から一方的なんだから、恐れることなんて何一つないのだ。
「命令じゃない。お願いだよ。私はアマモが何を求めているのか知りたいだけ」
「そんなことも――」
彼女は挑発するように口角を釣り上げた。
「分からないのかしら? あなたは私のことが好きなんでしょう?」
「分からないに決まってるでしょ」
いい加減、こちらもイライラしてきたので、私は彼女の腕を引っ掴むと、無理やり下ろさせた。会話している最中に、謎の能力を使おうとしないでいただきたい。
「私は君が好きなだけなんだもの。変な期待されたって困るよ」
虚をつかれたように、アマモの赤い瞳が狭まった。その隙に私から畳みかける。
「君の喋り方も、仕草も、考え方も。私は全部好きだけれど、知っているのはそれだけ。君が何をして欲しいかなんて、私には分かるはずがない。だって言ってくれないんだから」
「それは――」
「ミハネのことにしたってそう。あれだけただの人間には興味が無いなんて言っておいて、どうして彼女と張り合うの? それも友達って、君らしくもない言葉を持ち出して」
ついにアマモは黙り込んでしまう。むすっと口を真一文字にする彼女に、少し声のトーンを落として続ける。
「ごめん。言い過ぎた。あらためて、お願い……アマモ。ミハネを助けてあげて。して欲しいことがあるなら、後で何でもやるから。彼女がここで死んだら、きっと私は自分を許せなくなる」
すると彼女は目線を落として、ぽつりと「それって」、と呟いた。
「言い換えれば自分を助けろってことよね」
「え? まぁ……そうなる、かも」
私の言葉を聞き終えた瞬間、彼女は勢いよく跳ねた。ロケットのような速度で中空へと舞い上がり、その場でふわりと静止する。膝下までのワンピースがまくれ上がって、慌てて私は目線を反らした。
「私はそれが聞きたかったのよ。やっぱり――分かっているじゃない」
言うが早いか、彼女は何もない空中から加速して、ゴーレムへと向かって飛翔する。白い服と金の髪をたなびかせるその姿は、まるで神話の天使そのもの。本質的には女神の方が近いのかもしれないけれど、彼女には天使の輪っかも似合うだろうなぁ……と愚にもつかないことを考える。
ゴーレムの頭部から一条の光が放たれるが、宙を駆ける彼女はそれを難なくひらりと躱す。発射されてからは間に合わないと言っていたが、あらかじめ撃つタイミングさえ分かっていれば、攻撃の方向を予測して、回避することができるのだろう。
次のチャージを開始するゴーレムだが、彼女が接近する方が早かった。岩で形作られた胴体部へと到着した彼女が、いつものごとく右腕を素早く振りかざすと、その頑丈な岩肌に深い亀裂が走る。轟音とともに胴体部分が崩れ始め、ぐらりと揺れたゴーレムの隙をついて、彼女は頭部へと突撃した。
おそらく、その首から上を吹き飛ばして、盛大にとどめを刺してやろうとしての行動だったのだろうが――。その場面を眺めていた私は、やっぱりアマモだなぁ……とため息をついた。
「なんで自分から砲塔に突っ込むんだよぉ……」
案の定、頭部のちょうど正面まで上がったアマモへレーザーがさく裂し、巨大なゴーレムと比して、ごく小さな彼女の姿は閃光の中に掻き消えた。
一応、その直前に彼女からも攻撃は行っていたらしく、遅れてゴーレムの頭部が内側から爆発する。大小の破片が散らばり落ちて、頭部を失ったそれの身体は、ゆっくりと重力に引かれて傾いでいく。
巨大な岩の塊と化したゴーレムは地面へと倒れ込んで、もはや若干、慣れつつある地響きが起き――やがて、それも収まった。辺りはいつしか静まりかえり、後に残されたのは、あちこちが捲れ上がって、抉れて、焼き尽くされた草原と、倒れた衝撃で無残ながれきと化したゴーレムの残骸。
さっきまで私達が午睡を楽しんでいた美しい光景は、荒れ地もかくやの惨いものへと成り果てていた。