表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私と女神の七日間  作者: 甘党
二日目
8/36

二日目……②

「ね、ねぇトワ。なんかあの木、動かなかった?」

「へ? まじ?」


 また妄想の世界に入りかけていた私だったが、ミハネの怪訝な声に呼び戻され、慌てて彼女が指さす一本の木に注目する。最初は風に枝葉が揺らされているだけだと思っていたが、よくよく眺めると、根幹そのものが動いているようにも見える。

 いったい何の予兆かは不明だが、ここが尋常な場所でないことは初めから分かっている。私はミハネの手を取ると、ひとまずパラソルの陰から抜け出した。


「ちょ、トワ? どうしたの」

「いいからとりあえず逃げる! 嫌な予感が――」

 する……という言葉を私は呑み込む羽目になった。舌を噛むんじゃないかというほどの地震が突如として発生したからだ。当然、歩くこともままならず、私とミハネはその場に屈みこむ。震度なんてものは詳しくないが、ぐらぐらと縦横へ引っ張る強烈な揺れは、三とか四とか、そんなレベルでは断じてない。周囲が何もない草原だから、今のところ転ばないように注意するだけで済んでいるが、もし街中だったら大惨事だ。


 四つん這いになって、ひたすら地震に耐えていると、ミハネが「あれ………」、と気の抜けた声で呟くのが聞こえた。いつの間にか後ろを振り向いていた彼女の、その呆然とした様子に、私は絶望的なまでの悪寒を背筋に覚える。


 これは間違いなく……。けど、確認しないわけには。

 意を決して、彼女が見つめているその先へと、私は視線を向けた。

それはいっけん、岩山に見えた。先ほど動いていた一本の木を中心に、せり上がっていく土色の大きな岩の塊。地震によって、地中の岩肌が隆起し、それが山のように盛り上がっているのか? そう考えかけて、すぐに自分の勘違いに気付く。逆、だ。


 地震のせいで岩が出てきたのではなく、『それ』が強引に地表へと出てきたために、とてつもない地響きが起きているのだ。みるみるうちに、その高さを増していく岩山。その先端は五本の柱状に分かれていて、まるで意思を持っているかのように、それらはぐっと一斉に曲がって、地面を――まさに掴んだ。

いっそう大地が震えたかと思うと、地を割る轟音が響き渡って、巨大な一塊の岩が持ち上がった。そのぼこぼこした表面は、何かをかたどったと思しき造形となっていて。


 私にはそれが人の顔のように見えてしまった。

「あ……アマモの奴……! こんなのどうしろっていうのよぉ……」


 ここまで来ると、もう後は簡単だ。もう一本の方の腕が、頭部による地割れの中から現れて、ついに上半身が揃ってしまう。ゲームや小説でよく扱われる、歴史的には錬金術による産物とされた存在――ゴーレムは物言わぬその相貌で、私達を睥睨した。

 目立つ建造物は何もない空間だから、巨大生物系は来ないかと安心していた私が馬鹿だった。よもやこんな力技で来るとは……。とにかくぼさっとしている場合じゃない。いまだ続く揺れの中でどうにか立ち上がると、あまりの光景に唖然としているミハネを両腕に抱きかかえる。彼女への説明もそこそこに、私はゴーレムに背を向けて走り出した。


 割と体格のあるミハネを抱えた状態で、揺れ動く大地を疾走する――普通の女子では絶対無理、ましてや十五年に渡って寝たきりだった私には、天地がひっくり返ってもできるはずのない運動だ。

 しかし、これでも一応、勇者である。アマモに貰った身体能力は、そう名乗るに相応しい程度には、一般の常識を超えていた。

 そのお陰で、巨大イカもロボットも、逃げ回るだけなら何とかなってきた。時間を稼いでいれば、そのうち仕掛け人のアマモが飽きて、自分からぶっ壊してしまう。私と彼女の物騒な遊びはだいたいそのパターンで終わり、後に残されるのはめちゃくちゃになった生物の死骸や、スクラップ。彼女が創りだした美しい光景は、最終的にそれらのゴミ山で埋め尽くされることが多々あった。

せっかく綺麗に整えられていた空間を、なぜ自分から台無しにしてしまうのかと、私はいつか尋ねたことがある。微笑む彼女の答えはしごく簡単なものだった。


『ドミノや積み木と同じよ。丁寧に創ったから、最後に壊すのが楽しいの』

 いかにも彼女らしい理由だ。その時は私も同じく、笑って応えられたのだが……。


 ひときわ大きく地面が揺れた後、継続していた地震が、急に収まる、走りやすくなったと喜んだのもつかの間、ゴーレムの様子を確認して青ざめた。

 とうとう、その全身が完全に現れている。四等身ほどのずんぐりむっくりの体格に、短いものの凄まじい太さを持った手足。各部の関節は丸い形状の岩で代用されていて、私が見入っている間にも、そいつは一歩、踏み出してみせた。先ほどまでの揺れ方とは異なる、単発の地響きが起きる。あいにく岩の種類には詳しくないのだが、構成している材質は巨体を支えられる固さを有しているらしく、着地の衝撃に対して、脚部の岩は少しも欠けてはいなかった。……当然、こちらから攻撃したとしても、針に刺されるほどのダメ―ジも受けてはくれないだろう。


「でも、あれだけ大きければ、動きも遅い……よねぇ?」


 ゴーレムの高さは数十階建てのマンションほど。太い手足が引っ付いているせいで、横幅は球に近い一対一の比率だし、今の踏み込みにかかった時間からしても、そう早く動けるとは思えない。

 となると、今回はまだマシな方か……? もう少し距離を稼ぐべく、走りだそうとした瞬間、いきなりゴーレムの頭部がまばゆい光を放ちはじめた。晴れ上がった空のもとでも、はっきり分かるほど強力な光量。その原因までは判然としないが、明らかに異様なゴーレムの変化に、私の脳内に危険信号が響き渡る。


 そういえば、今までの巨大怪物シリーズはどれも遠距離攻撃の手段を擁していたような……。その事実に思い至って、冷たい汗がすぅっと背筋を落ちたその刹那、ゴーレムから溢れる光が雷のごとく瞬いた。

直後、さっきまで私達が昼寝していた、パラソルを置いていた場所が吹き飛んだ。もちろん比喩ではない。地面が一瞬にして丸く抉り取られて、半球状の跡地が出現したのだ。


「……は?」


 一拍遅れて、轟音が辺りに響き渡るとともに、その場から爆炎が立ち上った。離れているこちらにも届くほどの熱量を持った炎が草原をなめていく。あたかも空中から爆撃されたかのような酷い有様に、自分の思考が溶けゆくのを感じた。


「トワ! や、やばいって!」

 いち早く状況を把握したのは、抱えているミハネだった。硬直している私の頬をぺしっと叩くと、腕をほどいて自分の足で立つ。それでようやく、自分が今、何をすべきか分かった。

 二人して、転がるように走り出す。障害物など何もない草原に、あの巨体、逃げ切れるなんて少しも思えなかったが、止まっていたら格好の的だ。何を撃ったのかすら、分からないほどの高速射撃、見てから躱すのが無理である以上、ひたすら動き続けるしかない。


「なっなな、何なのあれ。レーザー? ビーム? それとも雷撃? なんでただの岩があんな攻撃できるのよぉ」

「落ち着いて、トワ。岩はひとりでに動いたり、お日様みたいに発光したりしない。ましてやレーザーなんて撃たないよ」


 ――そりゃそうでしょぉ、と答えようとした私の左、数歩横の地面が消滅する。脳がそのことを理解するより先に、反射的に身体が動き、逆側へと退避する。数秒後、例の灼熱がすぐ隣に発生した。


「ひょええ!」

 そんなつもりは無いのに、勝手に悲鳴が口から飛び出す。奇跡的に直撃は免れたが、爆風だけでも凄まじく、そのあおりを食らった私は勢いよく弾き飛ばされ、地面へ叩きつけられた。全身をしたたかに打ち付け、衝撃のあまり呼吸ができなくなる。

 これは……洒落になっていない。うかうかしていたら、本当に死ぬ。ミハネが来てまだ二日目、いくらあのアマモでも、少しは手加減してくれるだろうと思っていたのが甘かった。ミハネと張り合って、友達っぽさを競おうとしたり、嫉妬的な感情を見せたりなど、可愛らしいところもある子だが、結局、根本的な部分で、彼女は人間と違う生き物だ。

 私達のことなんて、しょせん壊れても代えの効く人形としか思っていない。そんなことは百も承知だったはずなのに――。


「あーもう……。私はほんっとうに……馬鹿だなぁ……」

 私が死ぬだけなら自業自得だが、ミハネを巻き込むのは許されない。痛む手足を叱咤しつつ起き上がり、私は必死にミハネの姿を探す。……いた。至近距離に爆撃を受けた私を心配してか、こちらに向かって走ってきている。


「ダメ! こっちに来たら――」

 視界の端に見えるゴーレムの頭部に、再び光が集約していく。どちらを狙っているにせよ、彼女がこちらに来てしまえば、一巻の終わりだ。必死に止めようとする私だが、さっきの衝撃で息がかすれて、声が上手く出せない。

 思わず目をつむりかけた私の前に――どこからともなく、彼女の影が降り立った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ