一日目……⑥
「あの女の子が女神? 冗談はやめてよ」
当然、信じないか――と納得する私。それを押しのけて、立ち上がったアマモが、ミハネの前へと躍り出た。
「そんな程度の低い問答をするつもりはないわ。それよりあなた、さっき私に言ったこと、覚えているわよね?」
「へ?」
アマモの発言の意図はだいたい察しがつく。おそらく『トワの友達でいられるか』という彼女の問いに対し、ミハネが『当然、私はトワの友達のままだ』と宣告したことが、問題点だと言いたいのだ。残念なのは、人にそう解釈させるには言葉が全く足りないことか。
案の定さっぱり分かっていないミハネに二言、三言重ねた後、業を煮やしたアマモはとんでもないことを言い出した。
「じゃあこうしましょう。これからしばらく、あなたには私達と一緒に生活してもらうわ。期間は……キリ良く一週間ね」
アマモはそこでいったん切ると、私の顔を何のためらいもなく、びしっと指さした。
「そして最終日に、判定をする。誰がより素晴らしい……? いや……ええっと?」
なぜかそこで単語の選択を迷い始める彼女に、相手側のミハネが「もしかしてだけど、友達……とか?」、とおずおずと口にした。
アマモはあまり腑に落ちていないようだったが、このままでは話が進まないので、私の方から「そう、それ!」と断言してやる。勢いに押されたか、あるいは引くに引けなくなったのか、彼女は不服の表情ながらも同意してくれる。それに合わせて、あらためて事の成り行きを解説する。
「つまるところ……一週間後にどっちがより友達として相応しいか決めるっていうわけね。……細かいところはとりあえず置いて、戦闘とかよりはマシなんじゃない?」
恥ずかしさやら後ろめたさやらを全て胸の奥へと呑み込んで、私は無理やり言い切った。
いったい私は何様なんだとか、友達に相応しいってどういう意味だとか、自分でも口にしていて、意味不明過ぎて頭がおかしくなりそうな内容だったが、ひとまずこうでもしないとミハネの命が保証できない。
言い出しっぺのアマモは、うむと頷いてくれるが、置いてきぼりにされるのはミハネ一人だ。彼女はいまだ、ここがどういった場所なのかすら理解できていないのだから。しかし、それを詳しく一から十まで話している余裕は無い。もう一つ、私は確かめなければならないことがあった。
「それで、勝ち負けがついたらいったいどうするの。 勝者はいいとして、敗者は?」
「……そうね。この私をコケにしてくれたんだもの。負けておめおめと元の世界へ帰れると思ってはいないでしょう」
その口ぶりからして、自分が負けるとは一つも考えていないらしいアマモ。椅子にふんぞり返る彼女に、私は即座に噛みついた。
「それは横暴ってものでしょ。ミハネは無理やり連れて来られたんだし、そもそも喧嘩を吹っ掛けたのだって君の方。むしろハンデの一つくらい付けても良いくらい」
それから続けて、私はただの女子高生一人に、女神がしゃかりきになることの惨めさと、勝負の不公平さを必死になって説いた。そもそもこのルールでやるにしたって、ミハネとアマモの間には歴然とした差が生まれてしまう。なぜなら、私がミハネを選びでもしたが最後、アマモが大暴れすることは確実であるからだ。
そしてなにより――私はアマモの方が好きである。これは動かしようのない事実だ。
とにかく、その辺の前提を加味すると、ミハネの負けを最初から想定して、そのように取り計らう必要がある。だんだん、面倒そうな口調になってきたアマモにもめげず、説得を続けた結果、以下の条件を取り付けることができた。
「私がその……アマモさんや、トワと一週間過ごして、最終的に選ばれなかった場合、記憶を消されて、元の世界に返される……ってこと?」
「まぁそんな感じね。記憶を消すっていっても、常識や学んできた知識には手を付けない。あくまで、私に関連することだけ。正直、あなたにそこまで興味はないし、どこで野垂れ死にしようが構わないのだけれど、トワがどうしてもって言うから」
発言の節々から既に刺々しい感情が垣間見える。こんな二人が果たして上手くやっていけるのか、甚だ不安でしかないが、今の私にはこれが精いっぱいだ。
状況の急変にも関わらず、この異常を受け入れつつあるらしいミハネは、椅子からすっと立ち上がると、アマモに向かって「その……よろしくね」、と右手を差し出した。握手を求めたその腕をしかし、ぱんと軽く払うと居丈高にアマモは告げた。
「別にあなたとよろしくする気は無い。余裕ぶっているのも今のうちよ。すぐにでもぎゃふんと言わせてやるんだから」
言い終わるが早いが、さっと顔を背けるアマモの態度に、やっぱりこの子、女神っぽくないなぁと私は呟くのだった。