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私と女神の七日間  作者: 甘党
一日目
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一日目……④

「登校してくる時、トワと何か話をしていなかった?」

「……え? ああ、していましたけど」

「それってどんな内容? 詳しく教えて」

「詳しくって……。別に普通のことです。彼女とは久しぶりに会いましたから……」

「ふぅん。もとから知り合いなんだ」

 アマモは興味深げに眼鏡をくいくいといじると、

「立って」

 としごく簡単な命令を出した。直後、電撃に打たれたかのような勢いで、ミハネが席から立ち上がる。あまりの急激な動きに、座っていた机と椅子が、ばたんと大きな音を響かせて倒れた。


「ちょっと!」

 見過ごすわけにはいかず、アマモへ話しかけようとしたが、それより先に彼女が伸ばした右腕から物理的な (と言って良いか知らないが)、制止を食らう。身体を覆う不可視の呪縛に、沈黙せざるを得ない私を置いて、彼女は質問を再開した。


「トワと知り合ってどのくらい?」

「一か月とちょっとです。転入してきたばかりの彼女に、委員長として学校を案内しているうちに親しくなって……。あの、これ授業と関係ありますか?」


 精神にまでは影響を受けていないらしいミハネは、言葉を途中で切ると、そう疑念を挟んだ。アマモはしかし「もちろん!」、と自信満々に断言すると、青ざめた表情のオオマエ君の机へ手を伸ばし、置かれていた教科書をぶん取った。


「教科書の五十三ページには、確かに書かれている。生徒の交友関係を把握するのは教師の立派な仕事である……とね」


 言いながら、ミハネに向かって現国の教科書を掲げて見せる。とっさに私は隣の席の生徒が開いていたページを覗き見ると、今アマモが話したのと全く同じ文言がでかでかと載っていた。見開きの真っ白な二ページを横書きに、その一文だけが印字されているのだ。

 無論、現国の教科書にそんな無意味なページが挟み込まれているはずは無い……普通なら。おおかた、とっさの判断で何やらアマモが細工したのだろう。何とも手の込んだいたずらだ。

 該当のページを開いたミハネは当然、はてなを三つくらい頭上に浮かべたものの、生来の真面目さが災いしたか、「は…はぁ」と納得してしまう。それを見逃さず、アマモは次の質問をぶつけた。


「トワの印象は?」

「そ、そうですね……。ちょっと人見知りするというか、引っ込み思案なところはありますが、根は真面目で、頑張り屋な女の子です。本当に、良い子だと思います」

「根拠はある? なんかテンプレ回答みたいで、つまらない」


 ぞくっと背筋に寒気が走った。すぐさまアマモの顔色を伺う。……大丈夫、別に機嫌を悪くしたわけではなく、単に彼女の発言を批判しただけだ。きっとミハネなら、すぐにでも付け加えてくれるはず――という私の思いに応え、彼女は少々口ごもったものの、印象の理由を述べ始めた。


「ええと……。転校してきた初日に本人から説明を受けたのですが、彼女は小、中学校には通っていなかったそうです。義務教育なので、本来は有り得ないのですが、難病を患っていたらしくて。この高校に入学するにあたっては、相当の努力をしたでしょうし、通い始めてからも実際にそうでした。言動の端々から、同年代との会話に慣れていないと伝わってきましたが、彼女はその遅れを取り戻そうと積極的でした。その姿は今も強く瞼の裏に焼き付いています」


 先ほどとは別の意味合いで、顔が真っ赤になるのが分かった。なんと恥ずかしいことを捲し立てるんだ……。目の前に私がいることを承知の上で、ここまで言ってのけるとは。持つべきものは親友だな、と感極まっていると、ごん、と重い音が教室内に響き渡った。顔を上げると、そこには黒板の右手を押し当てるアマモの姿。彼女が強く、右腕を打ち付けたらしい。その表情はなぜだか苛立っているように見える。


「へぇ。仲良いんだ。それで? どこまでいったわけよ」

「え、ええ。仲はもちろん良いと思っていますが……。どこまでとは?」

 当惑した様子のミハネに、「だから」と彼女はさらに言葉を強くした。

「どのくらい仲良くしてるかって訊いているの。例えばほら、もう告白はしたのかしら?」

「ぶほっ」


 とんでもない単語がアマモの口から飛び出してきて、堪え切れず私は吹き出した。それと同時に、全身を覆っていた呪縛が解けて、自由に動けるようになる。すぐに私は立ち上がって、彼女へと抗議した。


「何か勘違いしていない? 私とミハネはただの友達だって!」

「あら、トワ。喋って良いなんて私は言っていないわよ」

「君があさっての妄想をし始めているから、突っ込まざるを得ないんだよぅ。そもそも、この状況は何なのよ。現国の授業でも何でもなくて、ただの個人的な尋問じゃない」

「初めから授業なんてするつもりないわ。面白そうだったから、真似をしてみただけよ」

「それなら、教科書を改造する必要無かったでしょうにぃ……」

「せっかく皆が準備してくれているんですもの。使わないと損よ。まぁ、そんな事はどうだって良いわ。私が聞きたいのは――」


 アマモはかけていた眼鏡を取り外し、それをぽーんといずこへと投げ捨てる。三つに編まれていた髪が勝手にするりとほどけ、柔らかな金糸がふわりと宙を舞った。


「そこで立っている女が、トワとどのくらい仲が良かったのかってこと」

「……もしかして」


 嫉妬してるの――と邪推しかけて、寸前で押しとどめる。それを口にしたが最後、私かミハネ、どっちかの首が飛ぶ気がした。慌てて首を振って、その考え自体を頭から消す。この女神は人間の思考を直接に読み取る能力まで有している。今でこそ、必要に応じてごくたまにしか使わなくなったが、出会った当初はそれこそ常時、私の頭の中を覗き見ていた。二週間に及ぶ説得によって、どうにかその監視を止めさせたのだが、相手は世界を統べる女神。本当のところは分かったものじゃない――。

 とっさのことに、頭が空白になってしまう私から視線を外すと、教室の後ろの方に立つミハネへ、アマモはさっと近寄った。彼女を真正面から睨みつける――机を挟んで、何から何まで異なる二人の少女が相対した。


 こうして並んで見ると、拳一個分くらいミハネの方が、アマモより背が高い。短く切り揃えられた艶やかな黒髪と相まって、外見だけで言うなら、ずいぶんと大人びて見えた……そこの女神よりも。


「ですから先生、私とトワは友達であって、それ以上でもそれ以下でもありません」

「そんな曖昧な言葉じゃ誤魔化されないわよ。女子の言う友達ってのは、言葉通りの意味合いじゃないって、何かの本で読んだわ」


 ……この子、本とか読むのか。しかも微妙に捉え方を間違えている。

 いい加減、不毛としか思えない問答に疲れたのか、ミハネが大きく息を漏らした。その様子にカチンときたらしく、互いの鼻がぶつかるんじゃないかというほどに、アマモはぐっと顔を接近させた。


「そっちが隠し通す気なら、こっちにだって考えがあるわ。後で吠え面かかないことね」


 謎の捨て台詞を吐いたかと思うと、彼女はつかつかと今度は私の方へ歩み寄って来た。有無を言わさず、こちらの腕を掴んで移動させ、ミハネの前へと引っ立てる。


「さっきから君はいったい何がしたいのよぅ。 この学校に来たのって、単に私の元いた世界を知りたいからって理由じゃなかったの?」

 しかし、その疑問にアマモが答えること無く、ミハネに見せつけるようにして、彼女はぎゅっと私と腕を組んでくる。


「それと……さっきの記憶は消していたんだったかしら」

 ぱちん、と乾いた音が鳴らされて、ミハネは目を白黒させた後、心底驚いた表情で、私を見やった。

「なっ、トワ! どういうこと?」

 その様子から推測するに、私とアマモがアレをしていた場面の記憶を戻してやったのだろう。その結果――。

「こ、小林先生と付き合っていたの? まさかそんな……!」

 アマモがやった色々な催眠や細工が、最悪の方向へと作用したようで、ミハネは素っ頓狂な声を上げて、私から後ずさった。


「おぃい! これはいくら何でもひどすぎるって! 早く何とかしてよ」


 隣のアマモに必死に訴える私だが、彼女はそれを華麗に無視。どうやら、ミハネの愉快極まりない勘違いは、最初から狙ってのことだったらしい。わなわなと震えるミハネを勝ち誇った顔でアマモは見上げた。


「どう? これでもまだ、トワと友達でいられるかしら。あは」

「あのねぇ……! 君……!」


 常人では到底、思いつかないような陰湿なやり方だ。まさに女神の面目躍如といったところだが……というか損害を被っているのは、むしろ私だけの気がする。何が嬉しくて、唯一できた学校の親友に、五十過ぎのおっさん先生とベロチューするような仲だと思われなきゃいけないんだ……? 


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