表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私と女神の七日間  作者: 甘党
六日目
30/36

六日目……①

「まず訊きたいんだけど、あの水晶にいたのは偽物だったってことで良いんだよね」


 私は現在、両手両足を麻縄で後ろに縛られて、絨毯に鼻を擦り付ける態勢で、床に転がされている。もちろん物凄く辛くて苦しいが、立場上文句は言えないので、色々と我慢しながらの質問だった。


「いえ、広義では本物。でないとフェネクスの目は誤魔化せなかったから」

「……へ?」

 理解の範疇を超えた彼女の回答に、アホみたいな反応しかできない。そんな私を置いてきぼりに、彼女はとうとうと語る。


「ウロボロス……目付け兼、手助け役として、独自に動かしていたあいつも、元を辿りに辿れば私の一部。だから、代償とか偉そうに口にしていたけれど、別に取りに来たりしないわよ」

「は、はぁ?」


「馬鹿なあなたにも分かりやすく言うなら、分身体。力と存在を分割して、もう一人の自分を創り出す。それが水晶に閉じ込められていた私。さらに、それの記憶と造形を弄ってやれば、大抵の生物は模倣できる……弱い奴なら、『神様』だってね」


 窓のそばの椅子に腰かける彼女は、茫然自失の私に向けて、説明を続けていく。せめて、話している彼女の姿を視界に入れたいのだが、この姿勢ではそれすら難しい。


「だいたい、ウロボロスは私が完全に封印したじゃない。フェネクスによる記憶の改ざんがあったとはいえ、あなたは早い段階で自我を取り戻していたようだし、そのくらいは気付けるでしょう」

「無理だから! 分身体とか初めて聞いたし……」


 だが、確かに創造主がどうとか言ってはいたことを思い出す。あのウロボロスが彼女だったというのなら、私が倉庫で試みていたのは……。

 げぼげぼと顔中の穴から液体を垂れ流す私が見ていられなくなったらしい。彼女はこちらまで歩み寄ってくると、いずこから取り出したタオルで私の顔を拭いてくれた。


「そこは気にしなくて良い。存在の大本が私というだけの『神造』の人形――ただの玩具に過ぎないわ。むしろ、あの程度を私と同一視して欲しくないわね」


 タオルを右手にしていた彼女はしかし、二往復ほどで嫌になってしまったのか、汚れたそれを私の口へ力任せに突っ込んで終わりにしてしまう。慌てて吐き出す私を心底、見下した顔で見つめながら、「これで良いでしょ」、とまた椅子へと戻っていく。


 流麗な薄紅色の単衣を纏ったその後ろ姿と、絨毯の上にへばりついたタオルの色合いは絶望するほど対照的で、横たわっているというのに、私の頭からはぐんぐん血の気が引いていく。


「水晶側の方の外見はかなり似せておいたから、あなたなら絶対に飛びつくと思っていたのだけれど。わざわざ下手な嘘までついて注意を引いたっていうのに、まさか見捨てて逃げ出すなんて」

 城の大広間から、キツネと一緒に全力で逃走したことを言っているのだろう。私が何も答えられないでいると、彼女は懐から金色の扇を取り出して、ばさりと開いた。


「挙句、走り出した時も小部屋に飛び込んだ後も、べったべたと身体を引っ付けまくるし……発情した猫かなにか? 気色悪いったらありはしない」

「ち……違うよ」


 さすがにその不名誉過ぎる悪罵には耐え切れず、否定を口にするが、彼女の双眸は鋭さを増すばかりである。

「あんな大っぴらに告白しておいて、どの口が言うのかしら。結局あなたもただの――」

「違うってば!」

 エビぞりで強引に上体を起こし、精いっぱい彼女の方を向いて、その言葉を途中で遮った。


「こんなのおかしいよ。最初から説明してよぉ……。なんでアマモは男の子に化けていたの? 藤月トウカは誰だったの? そもそも、フェネクスの世界に行っていたのは何のため? それが分かんないと私……」

「言うわけがないでしょう」


 彼女はきっぱりと断言すると、扇をぱちんと閉じて、先端で私を指す。

「一つ教えてあげるなら、ミハネとのゲームの続き。それが、まさかこんな結果になるとはね」


 その発言にようやく私にも合点がいった。舞踏会やら城やらいいなずけといった、ベタ過ぎる単語の数々と、最後に待ち受けていたアマモの身代わりが入った水晶。もしかして――試されていたのは私の方だった?

 思えば……ルールを決める際は、ミハネの身を守ることしか考えていなかったため、私は細部までこだわらなかった。誰が、誰を判定するのか、そんな基本事項の確認すらも怠っていた気がする。あの時の会話の流れから――七日間の間を一緒に過ごして、最後にミハネとアマモを私が判定する、そういうゲームだと思い込んでいた。しかし、よくよく当時の会話を考えてみれば、アマモは一言だって、私が審査員だとは言っていなかった。


 奈落の穴へと落ちていくような自失の感覚――私は何もかもを勘違いしていた。


 何が彼女のお気に入りの玩具だ……そばにいて当然だなんて、傲慢にもほどがある高望み。やっぱり私は――。


「もういいかしら。一応、期間は今日を入れてあと二日ある。ただ、私はもうあなたで遊ぶ気は無いわ」


 最後通告のように彼女は吐き捨てると、一瞬にして眼前へ移動してくる。彼女は右手で私の頭を掴んで引き上げると、一瞬だけ顔を合わせて言った。



「さよなら、トワ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ