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私と女神の七日間  作者: 甘党
一日目
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一日目……③

 私と彼女の関係は、複雑なようでいて、ごく単純だ。


 要するに私は玩具である。退屈しのぎに、その存在を許されているだけ。彼女がもし不必要だと思うようなことがあれば、きっと私は一秒だって生きられない。私が彼女と会話をしたり、一緒に登校してみたり、……キスしたりできるのは、全て彼女の恩情によるものでしかないわけだ。

 といっても、それが不満だとか、あるいは怖いとか思ったことは一度も無い。なぜかと聞かれれば、その答えになっているかは分からないが――好きだからである。理由はとても説明しづらいが、私はとにかくアマモが好きで、それを面白がった彼女は、女神であるにも関わらず、こうして一緒にいることを許してくれている。


 初めの頃の私はそんな彼女に恐縮し、完全にへりくだった態度を取っていた。

しかし、「それ止めて。つまらない」と言われるに至り、それを改めざるを得なくなった。彼女の言う『つまらない』――はすなわち、『そのままいったらあなたは死にますよ』、という意味合いである。女神かつ恩人でもある (この辺の事情はあまり思い出したくない)、彼女に横柄な口を利くのは私の常識から外れたことではあったが、死にたくはなかったので、今は軽口を叩ける程度の距離を維持するようにしていた。


 まぁだいたいそんな感じの――例えるなら、一国のお姫様に一目惚れしてしまった、しがない農民。それをお姫様が何の気まぐれか気に入って、おそばに置いてくれている――といった関係だろうか。

きっと代わりなんていくらでもいる、飽きたらポイのお人形。そんな境遇に自分があることはもちろん、分かってはいたけれど――。


 でも、好きになったからしょうがない。相手が女神だろうがなんだろうが、そういうものなのだ。






 周囲は一気に、先ほどの数倍は騒然となった。私達を取り囲み、口やかましく迫ってくる皆に向かって、アマモはさっと右腕を振った。次の瞬間、またも教室から音が消える。それだけでなく、まるで時間でも止まったかのように、皆の身体もぴたっと硬直した。一応、私の身体は動くことから、本当に時間停止を行使したわけではないようだが――。


 魔法にでもかけられたように固まる生徒達を前にして、アマモはしばらく考え込むような仕草を見せた後、私を床に下ろすと、すたすたと教壇へ歩いていく。


「アマモぉ? 何するつもりなの?」

 風にそよぐ木の葉の音が聞こえるほど物静かになってしまった教室の中、黒板を背にした彼女に、ひどく嫌な予感を覚える。かといって、止める手立てなどあるはずもなく、私はおっかなびっくり彼女に尋ねた。


「この格好を見たら分かるでしょう。時計が指すのは八時五十分。さて、何が始まる時間かしら?」

「……わざわざそのために……!」


 絶句する私を華麗に無視して、アマモはぱちんと指を鳴らした。直後、生徒達の表情に生気が戻る。しかし、先ほどまでのような騒ぎは起きず、憑き物が落ちたかのように真顔になった彼らは、平然とした様子で私から離れると、めいめい自分の机と着席し始めた。それはまさに――これから授業が始まるかとでもいうような。

 私が呆然としていると、突然、鋭い声が投げかけられる。


「こら! 藤月。何をぼさっと突っ立っている。早く君も席に着きたまえ!」

「は、ははい!」

 反射的にそう応えて――吹き出しそうになった。真面目くさった口調で私を叱り飛ばしたのは、もちろんアマモ。とんでもなく目を引く、現職の教員としては絶対にあり得ない真っ赤なスーツの胸ポケットから眼鏡を取り出し、ひょいとかける。知的さをアピールでもしたいのか、紅のフレームのそれを、右手でくいっとしてみせた。


 教師の振りのつもりなのだろうけれど――アマモの容貌はあくまで十代後半の少女。彼女の煌めく金色の髪と合わさって、控えめに言っても文化祭のコスプレか何かにしか見えない見た目だ。

 そんな、ともすれば痛々しい恰好なのに――人間離れした美貌を持つ彼女がすると、超最先端の流行ファッションと言われても信じてしまうくらい似合っているものだから、悔しくなってしまう。

 私の目がくぎ付けになっていることに彼女本人も気付いたらしく、さらに調子に乗りだす。流れる長髪をさっとかき上げると、いったい何の魔法か、一瞬にして三つ編みに纏めて前側へと垂らした。それがまたばっちりと決まっていて、思わず生唾を飲み込む私。その背後から聞き慣れた声がかけられる。


「トワ? 大丈夫? 小林先生、機嫌悪いみたいだし、早く座った方が良いよ」


 アマモに奪われていた意識が、ようやく周囲の状態を読み込み始める。教室の皆はとっくの昔に全員、席へと着いていて、私は一人ぼやっと立ち尽くしていた。声をかけてくれたのは机の位置が後ろのミハネ――振り向いた先、怪訝な顔で私を見てくる彼女は、教壇に立っている人物に、少しの違和感も抱いていないらしい。


「ちょっとぼんやりしちゃって――」

 と、苦笑い交じりに彼女に返して、私はひとまず自分の席へ座った。懐かしき木製の椅子の感触にホッとしたのもつかの間、チョーク片手に黒板へ向かうアマモの姿が目に入って、私は机に突っ伏しそうになる。

 あの子、このまま授業でもやる気か?

 もちろん、彼女は現国の小林先生ではない。どころか教員免許も持っていないし(たぶん)、そもそも人並みの常識を有しているかも疑わしい。察するに、教室の生徒全員を女神としての能力で化かしているようだが……。授業のやり方とか、知っているんだろうか?

 私の不安を知ってか知らずか、当の本人はかぜんやる気のようで、ぱぁんと良い音で黒板を叩くと、「はい! そこのお前!」と横一列目に座っていた男子生徒の一人を指した。


 名前は確かオオマエだったか――男子生徒は目の前の異様な少女を、現国の小林先生と信じ切っているらしく、びくっと身体を震わせて彼女の方へと注目する。付け加えるなら、小林先生は五十代の男性教諭で、この高校ではスパルタなことで有名だった。若い頃はラグビーをやっていたらしい彼は筋骨隆々の強面で、ブチ切れた際の鬼瓦は幾人の生徒を泣かせてきたか知れない――と噂されている。無論、アマモとは何から何まで似ても似つかない。


「名前は?」

「お、オオマエですが。出席番号は八番です」

 おどおどとしている彼に、アマモはぐっと身を乗り出すと、

「ふむ。ではオオマエ、私を知っているか?」

 と妙なことを尋ねた。

「え? 小林先生……じゃないですか?」

「……なるほど」


 彼女は訳知り顔で頷くと、再び指を鳴らした。それに応えて、教室の前側の扉ががらっと開き、一人の男性教諭が入ってくる。アマモと対照的な、いたって地味目のシャツを着こんだ彼は――小林先生本人だった。ただし、その表情は全くの無表情で、瞳からはいっぺんの思考も感じられない。


「それは、こいつのことか?」

 アマモは彼を堂々と指さして見せた。哀れオオマエ君は、途端に声を上ずらせて「ひゃ、ひゃぁ!」と席から飛び退く。彼からすれば、おそらく小林先生が分身でもしたように見えたのだろう。

 さすがに見ていられなくなって、「アマモ! 止めてあげて」、と私は彼女に注意した。アマモの悪質ないたずら――数分程度なら、白昼夢でも見たのかと適当に自己解決してくれるのだが、これを長く続けると、人は容易く正気を失う。私はそんな可愛そうな人を何人も見てきた。

「はいはーい」

 と彼女はさして気に留めた様子もなく、すっと腕を振って、オオマエ君を着席させた。同時に、小林先生もまた廊下の方へと帰っていく。いつから暗示をかけていたのか知らないが、相変わらず無茶苦茶な能力だ。他の生徒達も異常極まりない一連のやり取りを完全にスルーして、さも当然のように席へと腰を落ち着けている。


「トワもうるさいし、そろそろ授業を始めるとしよう。オオマエ……はちょっと体調が悪いみたいだな。隣の君、名前は?」


 まだこの茶番を続けるつもりらしいアマモは、指をそのままスライドさせて、オオマエ君の隣に座る女子生徒――クズハを指した。先ほどと同様に彼女が名乗ると、アマモは「では、クズハさん。教科書を開きたまえ」、と今度は真面目な指示を飛ばす。本格的に先生ごっこをやる気になったようだ。


「何ページですか?」

「んあ? ええっと……」


 さっそく初歩の初歩で躓いた彼女が、私の方を見つめて、助け船を請うてくる。だが、申し訳ないが私も一か月、学校をさぼっていたわけだし、授業の進行具合なんて知るわけがない。しばらくの沈黙が教室を覆った後、状況を見かねたミハネが「先生、前回は五十三ページをやっていました」、と委員長らしい発言をしてくれる。

 アマモは「そうかそうか。助かった」、とわりあい素直に頷いた後、彼女の何かに気付いたらしく、ミハネの顔を凝視し始めた。

「先生? どうかされましたか?」

 その様子に違和感を覚えたらしいミハネが声を上げると、アマモは演技でなく純粋に疑問を覚えているようで、「いや……あなた、そういえば」、と普段通りの口調になった。


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