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私と女神の七日間  作者: 甘党
五日目
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五日目……⑥

 夕日はいつしか山の向こうへと落ちて、辺りはすでに夜の気配が包もうとしている。城から溢れる明かりを頼りに、二人して石畳を進んでいく。頃合いを見てウロボロスを呼ぶと、事前の手はず通りに、落ち着いた色調の高級そうなドレスを携えた彼が現れた。


「トウカの物を適当に見繕った。サイズまでは責任を持たない」

「ありがと。まぁ、裾をたためばそれなりには見えるでしょ」

「だといいが。これで契約は終わりだ。……ことが済んだら、頂きに来るよ」


 そう言い残して、ウロボロスはふわりと宙に浮きあがった。瞬間移動をするのではなく、そのまま夜空の向こうへと飛んで去って行く。あくまでこちらを監視していると、言外に示すためだろう。トウカにウロボロス……あとアマモ。我ながらよくよく敵を増やすものだ。

 いったんキツネに待ってもらって、街路の近くにあった林で手早くドレスに着替える。ヒラヒラのたくさんついた格調高いそれが似合うと思えなかったが、トウカが着ていたものなら、絶望的な有様にはならないはず。化粧の方はさすがにウロボロスには荷が重いと、最低限を盗んできておいたのだが、それも正解だったようだ。


 キツネの元へと戻ると、彼は手放しに私の恰好を褒めた。急ごしらえで、鏡も無しに色々とやったから、決して美人に仕上がってはいないだろうに、それでも彼は「綺麗だよ」、と歯に衣着せぬ言葉をぶつけてきた。

 そんな彼の横を歩いて、城へと向かう。ほわほわした私の足取りと、次第に近づいていくその威容、だけど両目はどこかピンボケした光景を映し出していた。


 ――これって、いいのかなぁ?


 人のいいなずけを勝手に拉致した挙句、着飾った衣装で一緒にお城の舞踏会へと向かう。なぜに、私はこんな悪女みたいな真似をする羽目になっているのだろう。それに、今朝はミハネにも酷いことを言ったばかりだし、アマモだってこれを知ったら、少なくとも良い感情は抱かないはずだ。

 この世界に来てからというもの、私の思考と行動はいつの間にやら、ぐちゃぐちゃだ。こんなはずじゃなかったのに、ただウロボロスに言われるがまま、舞踏会へと情報収集をしに行こうとしていただけなのに。いや、でも――振り返ってみれば、そこにはある一貫性があった……ような。


 キツネと一緒、浮ついた気分で歩いていた私は、気が付けば門の前へと着いている。人だかりの先に正装に身を包んだ城の者と思しき人が見えた。訪れた客達の招待状を確認しているようで、各々を一人ずつ止めて検めている。キツネは確か招待を受けていたから問題なく――私にはウロボロスから貰ったものがある。


 藤月トウカ名義となったそれ――ウロボロスの謎能力で名宛人を変更してもらった――を差し出すと、門番はあっさりと私を通してくれた。少しは怪しまれるだろうと覚悟していたので、拍子抜けしてしまう。

 それだけ藤月の名が凄いということなのか、はたまた私達の顔がよっぽど似ているということなのか。


 案内の者に先導されて、大きく口を開けた玄関代わりの二つ目の門から、いよいよ城の中へと入っていく。重厚な彫刻の施された四方の壁、天井には煌びやかな照明が色とりどりにガラスを輝かせ、ふわりと料理の美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。周囲の人々は誰も彼もが、目のくらむような金銀細工の飾りや、大粒の宝石を嵌めたアクセサリーをところ狭しと身に着けていて、わりあい地味な衣装の私はひどく肩身の狭い思いに駆られた。

 キツネはそんな私に向かって、まるで安心させるかのように、微笑みかけてくれる。めくるめく豪華絢爛な城の雰囲気に呑まれ、飽和しかけていた私の頭は、訳も分からず彼に口走っていた。


「なっ。なんでぇ? わたわた、私、君の何でも――」

 ないのに――と言うよりも、彼の方が早かった。

「今は、君が僕のいいなずけさ。そうだろう?」

 頭のてっぺんから湯気でも噴き出すんじゃないかと本気で心配しかける私に、彼はさらに続ける。

「大丈夫。藤月を狙う刺客だったか、それからも絶対に守ってみせる。僕が、君を」


 もう我慢できなくなって、私は彼に抱き着いていた。舞踏会の行われるらしい大広間へと周囲の人並みは移動していく。それに逆らって立ち止まる二人。雑踏のざわめきは遠のいて、彼の胸に身をゆだねる。

 まずい――と焦燥感のままに本能は警告した。このまま行ったら、本気で取り返しがつかなくなる。まだ生きていたいのなら、すぐにでも彼を張り飛ばして、とっととウロボロスからの情報だけに集中するべきだ。トウカは無論、アマモにだって申し開きの余地が無くなる。


 でも――と至って冷静に理性が呟く。好きなんだからしょうがなくない?


「トワは甘えたがりだなぁ」

 彼は呆れたように言いながら私を抱きかかえると、周囲の流れに合わせて、進み始めた。てんやわんやな私は羞恥心が限界突破してしまい、彼にしがみつく他なくなる。くすくす、と小さく人々の笑い声を浴びながら、私達は大広間へと入っていった。


 中に待ち受けていたのは、玄関口よりもさらに大きな空間。左右に並べられた豪著なテーブルにはずらりと色鮮やかな料理の皿が置かれ、奥の方には楽器を持った一団が、滑らかなテンポで華やいだ楽曲を演奏している。それに合わせて、中央では多くの男女が手に手を取って優雅な舞踏を披露していた。

 輝かしいまでの大広間の雰囲気に気圧されて、震えるばかりの私をいったん下ろすと、彼は「安心して」、と私の手を握る。アマモごめん――と今日何回目かの心の叫びを漏らしたその時――それが目に入ってしまった。


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