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私と女神の七日間  作者: 甘党
四日目
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四日目……③

 男へ適当に謝罪を重ねて誤魔化した後、裏口から飛び出した私は、ミハネを探すことにした。私一人でこの屋敷を歩き回って、お嬢さまとやらの情報を収集するよりは、彼女に協力を仰いだ方がずっと早い。メイドとしての仕事ぶりは実に板についていたし、何かにつけて行動力のある彼女なら、きっと頼りになることだろう。


「トワ。遅かったね。ただ水がめ置いてくるだけなのに何を……」

 井戸からかなり先へと回った外壁近くに、箒片手に掃除にいそしむ彼女の姿を見つける。改めてみると、堅物なミハネが、ともすればコスプレチックなメイド衣装を着込んでいる姿というのは、なかなかに……破壊力がある。アマモとはまた別の可愛さがあるなぁいいなぁ……とか脳の端っこで妄想しつつ、私は例のカードを彼女に見せた。


「私、舞踏会行くことにしたの。それで、屋敷のお嬢様って人のことを知りたいんだけどぉ……」

「正気? ていうかお嬢様って誰?」

 自分の耳ではなく、私の頭を疑ってくる彼女に、どう説明したものかと悩まされる。私とほぼ同じ境遇にあるミハネがお嬢様について詳しくないのはともかく、まさか舞踏会に行くこと自体について突っ込まれるとは……。


 彼女の記憶が完全であれば、こんな苦労はしなくて済むのだが、訝し気な彼女の表情からは、いまだ自分の立場に違和感を抱いている様子は見受けられない。いっそのこと、本来の彼女とその記憶について伝えるべきか? 


「ええっと、そのね……ミハネはね、本当はメイドじゃないんだ。普段は日本って国で女子高生やってるんだよぉ……そこで私達は親友になって」

 自分で言っていて分かるが、あまりにも根拠に欠ける説明だ。事実を告げているはずなのに、思わず尻すぼみになってしまう。そもそも私の記憶だってまだ曖昧なのに、いくら偽りに基づくとはいえ、自我のしっかりしているミハネを説得するのは至難の業だ。

結果はもちろん芳しくなく、ミハネは恐る恐るといった風に私の額へと手を伸ばしてきた。ぴたり、と彼女のひんやりした手のひらが熱ぼったいおでこを冷ましてくれる。


「今日はちょっと無茶し過ぎた? あなたは身体が丈夫じゃないんだから……」

「違うんだけどなぁ……。ううん」


 心配げに顔を近づけてくるミハネの整った二重瞼に、視線が勝手に吸い込まれていく。黒目の闇に光る美しい瞳が、あたかも私を誘うように瞬いて……。ぺちん、と勢いよくおでこを弾かれた。


「ほら、頑張りましょ。水がめの残りは私がやっておくから、あなたは箒を戻してきて。終わったら旦那様に休ませてもらうように――」

「ええ、えっとぉ……」


 シャキシャキと手際よく会話を進めてしまうミハネに、もはや私の方がおかしいんじゃないかとすら思えてくる。いや、実際その通りで、やっぱりメイドさんなのかも……。

 錯乱しかけの私と、そんなこちらを案じて色々と世話を焼こうとするミハネ。がやがやと庭先で騒いでいた私達に、ふいに脇から「ちょっといいかい?」と吹き抜ける風のごとく爽やかな声がかけられた。

 聞き覚えなんてないはずなのに、その美しい声色に、ばね仕掛けのごとく私は反応してしまう。びよんと振り向いた先にいたのは――一人の少年。茜色に染まった空と対照的な、ブロンドの輝きを放つ髪と、海のように深い青の瞳。鼻筋の通った端正極まりない顔立ちと、均整の取れた背格好は、人工的に造っても不可能と思えるまでの黄金比を湛えている。服装自体は簡素な無地の白シャツと、黒のズボンという至って普通のものだが、溢れ出んばかりの身の美しさのせいで、それすらも天上の装いのように感じられる有様だ。


 ぞわりとうなじの毛が逆立って、心臓の鼓動は爆発しそうなくらい不規則に波打ち始める。この少年はいったい――。

 棒立ちになっている私を置いて、ミハネは物おじせず一歩前へ出ると少年と相対した。たったそれだけのことなのに、私の心の中に由来不明の暴風雨が吹き荒れ始める。……でも、結局動けない。


「はい、何か御用ですか?」

「ああ、ごめん。邪魔したかな」

 ――いえ、とんでもない……と言おうとしたが当然のように、口は開かない。


「大丈夫です。旦那様へご用向きでしたら、お屋敷の方へご案内いたしましょうか?」

「ありがとう。でも、そういうわけじゃないんだ。単に散歩がてらに街道を歩いていたら、素晴らしい庭の景色が見えて、つい寄ってしまった。そうしたら、可愛いらしいメイドさんが二人、不思議な話をしていたからね。迷惑だとは自分でも思ったのだけれど」

「かっかかか、かわい」


 落ち着け私――。危うく飛び出しかけた内臓を呑み込んで、この少年になぜこうも動揺しているのかを冷静に分析する……と答えはすぐに出た。

アマモに似ているからだ。もちろん彼女はそもそも女神であって、少年とは似ても似つかない……はずなのだが、少年のたおやかな立ち振る舞いを見ていると、どうしても彼女が想起されてならない。口調や言葉選びだって、少し喋っただけで全然違うと分かるのに――頭の中で勝手に、少年が浮かべている微笑みと、アマモの獰猛な笑顔が結びついてしまうのだ。もはや理屈ではない。


「恐縮でございます。しかし、特にそういった話をしていたわけでは……」

「そちらのお嬢さん、身体が丈夫じゃないと言っていなかった? 確かに顔色があまり良く無いね」

「ふぇっ」

 丁寧に対応をしていたミハネから目線を外し、少年はあろうことか私の方を向いてきた。さらに一歩、二歩と私へ近づいてくる。それに気圧されるように、私の両足は反射的に後ずさりをして――がつん、とミハネが置いていた掃除用具につまずいた。


 仰向けに倒れ込みながら、見上げる赤い空。今日だけで何回転ぶつもりだ私――と、妙な自嘲をしつつ、後頭部を襲うであろう衝撃に備える。だが、待ち受けていたような痛みはいっこうに訪れず、そこにあったのは綿に包まれたかのような、柔らかな感触だった。


 それもそのはず、あの少年がすぐ隣から両手を伸ばして、転んだ私の身体を支えてくれたからだ。彼はふんわりと微笑みながら、目を点にする私へと言った。


「ふふっ、ドジだね。君は」

「あの」

 止まりそうになかったので、そのまま喋った。


「なにかな?」

「好きです」


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