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私と女神の七日間  作者: 甘党
一日目
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一日目……②

「あれ、トワじゃん。やっと学校来られるようになったんだ」

「ミハネ!」


 混迷極まる私へと背後からかけられたその声。振り返った先にいたのは、高校生時代の唯一の親友こと、ミハネだった。彼女は懐かしそうに手を振りながら、私と男子生徒の方へと歩み寄ってくる。


「久しぶりだね。一か月……と少しくらいかな? 心配してたんだよ、急に来なくなるからさ。……やっぱその……例の病気?」


 恐る恐るといった感じで尋ねてくる彼女に、非常に申し訳なくなってしまう。実際、勇者になる前の私は、非常に虚弱な少女であったので、彼女の予想はもっともなのだが……。真実はまるで異なる。

 ミハネへの挨拶もそこそこに、とりあえず私は級友とばったり出会った風を装って、男子らの会話から抜け出す。彼らは非常に名残惜しそうにしていたが、それ以上食い付いてくることはなかった。

 その流れでミハネと一緒に歩き出すことになるが、一時限目の開始前ということもあり、彼女の足は当然、私達のクラスへと向かう。私としては、今更授業など受けるつもりは無かったし、それよりアマモを捜索しなければならないのだが、逃げだす上手い口実が思いつかない。


「まぁ……その……なに、トワは頭良いから、休んでた分もすぐ追いつくよ。うん、元気になって良かった! 私さ、ずっと紹介したい店があって――」


 ミハネは純粋に私の登校を喜んでくれているらしく、お日様のような笑顔をまっすぐこちらへ向けてくる。後ろ暗い部分の多い私は到底それを直視できず、再び押し黙る羽目になった。これではさっきの男子生徒の時と、状況が変わらないではないか。


「――ほんと、私すっごい怖くて。あんなに楽しそうに学校に通ってたトワが、ぴたりと来なくなっちゃうんだもの。どうしても気になってさ、ちょっと調べさせてもらった……うあ、ごめんなさい! その、悪いとは思ったんだけど」

 と、申し訳なさそうに両手を合わせるミハネに、いよいよ私の罪悪感が膨らむ。とっさに「病院じゃないから……」、と私は口走っていた。


「……この一か月、ちょっと用事があって、親戚の家に行ってたんだ。だからその……大丈夫。心配かけて、ごめんなさい。……ありがとう」


 ぼつぼつと聞き取りづらかったろう私の言葉に、ミハネは感極まった様子で俯いた。席を切ったように喋っていた彼女が静かになって、廊下の喧騒が戻ってくる。授業開始前の騒々しい皆の声は、不思議とひどく遠くに聞こえて、私も同じく顔を下へと向けた。

 色々とお互い話すべきことはあるはずなのに、へばりついた沈黙を動かせない。どうしようもないまま歩みは進んで、クラスの前へと着き――妙にその中が騒がしいことに気付いた。授業開始前の時間といったら、生徒達がうるさく喋り散らかすのはごく普通だったが、それにしたって程度が甚だしい。何か予想外の事件でも起きたのかな――とぼんやり思考を巡らせかけて、頭を殴られたような衝撃とともに、その可能性に思い至った。


「あのアホ女神……! まさか!」

 目の前の教室の扉を叩き開け、中へと飛び込む。入った先で飛び込んできたのは――真っ赤なスーツとタイトスカートに身を包んだ金髪の少女が、教壇のその上に堂々と二本足で立っているとかいう、自分の視覚を疑わざるを得ない光景。当然、生徒達は大騒ぎで、彼女の周囲を取り囲み我先に話しかけたり、遠巻きにして口うるさく相談したりと種々の反応を見せている。


「だ……誰あれ。てか何?」

 隣でミハネがあんぐりと口を開けて、あまりの異常さに立ち尽くしている。そうしたいのは私もやまやまなのだが、あいにく唯一の関係者として呆然として場合じゃない。


「このぉ! 調子に乗るのもいい加減に!」

 床から蹴り上がって教室の壁を三角跳びに、教壇のアマモへと飛び掛かる。どこで着替えたか知らないが、こんな無茶苦茶をするのはあのアホくらいしかいない。


「あ、トワ。やっと来たんだ」

 躍りかかる私に向かって、アマモが選んだのはまさかの反撃だった。教壇から跳躍し、向こう側からもこっちに突っ込んでくる。

「な!」


 中空で軌道を変更するのは人間である私には不可能――迎撃ミサイルのごとく跳び上がってきたアマモは、ぶつかりそうなほど接近した私を広げた両手で瞬時に抱き留め、そのまま宙で縦に一回転、お互いの勢いを殺した後、綺麗なフォームで教室の床に着地した。

……サーカスの空中ブランコの真似事か? いったいどういう反射神経をしていたら、こんな動きが……。驚きと呆れで頭が真っ白になる私を、さらに有り得ない事実が襲う。


「は……離してよぉ! な、なんでこんな格好で……!」

 あろうことか、アマモはいわゆるお姫様抱っこという奴で、私を両手に抱えていた。あの一瞬で、よくぞそこまでの体制変更ができたものだと他人なら褒め称えるところだが、当事者となると顔が熱くなるばかりだ。


「捕まえた!」、とか抜かし始めるアマモの腕からどうにか抜け出そうとするが、もがけばもがくほど、彼女は強力に締めあげてくるので身動き取れない。

 何の因果で、教室のど真ん中、そこらの不審者よりよっぽど異様な少女に、同性である私がこんな辱めを受けねばならんのだ――。全力をもって抵抗を試みていたその時、彼女にだけは私の無様な姿を晒したくなかった――ミハネがこわごわと声をかけてきた。


「その人……と……トワの、お友達?」

 なんで今、そんな質問をするんだ、もっと他に確かめるべきことがあるだろ普通……と私の頭がテンパるのをよそに、アマモはにこっと (おそらく)笑いながら、混乱する私に先んじて、勝手に答えた。


「うふ。私はまぁそんな程度にしか思っていないけれど、彼女の方はそうじゃないみたい」


 こいつ、まさか――。慌ててその口を塞ごうとするが、抱き締める両腕の力は荒縄のごとくで、むずかる赤子のようにあしらわれるだけだ。呆然とするミハネの前で、アマモは私が恐れていたその言葉を口にした。


「トワはね。私のことがだーい好きなの。好きで好きで、殺されても良いくらい好きなんだって。だから、こうして付き合ってあげているってわけ」

「は!?」


 素っ頓狂な叫び声をあげるミハネ。彼女の心境を思うと感に堪えない。久々に会った友人が、謎の金髪少女に突然お姫様抱っこされたかと思ったら、そいつから告白の次第を暴露されるのだ。その驚きはいかばかりか。

 目元を押さえて、爆発しそうなほどの恥ずかしさを必死に堪える私へと、さらにアマモは畳みかける。


「うーん、でも口で言っただけじゃ良く分かんないわよね。ほら、トワ。いつものアレやらないと」


 顔から火が出るんじゃないかと思った。真剣に。

 衆人環視の中、あまつさえ十六年の短き人生で唯一できた親友を前にして、アレをやれと言うのか? 常識外れもここまで来ると尊敬の域だ。

しかし――。

私は……彼女の頼みを断れない。なぜなら。


「せめてさぁ……皆の目はつむらせてよ。君ならすぐできるでしょ」

「だめ。今すぐ」


 アマモがすっと腕を持ち上げて、私の顔を自分のそれへと近づける。私も上体を起こしてそれに合わせると、彼女の形の良い唇にキスをした。軽く触れだけの生易しいものじゃなくて、深く――いわゆるその……ディープな方で。

 教室中の音が一瞬にして、掻き消えた。静まり返った空間に、湿った音が小さく響く。ねっとりとした感触を心行くまで楽しんだ後、私は彼女から離れた。


「……これでいい?」

 感情を押し殺して問うと、彼女は相変わらずのからかい口調でそれに答えた。

「私はね。むしろ、満足していないのはあなたの方なんじゃ? いつもはもっと長いのに」

 見透かされた――。いや、分かって当然か。

 彼女は全知全能の女神で、私はそれにぞっこんの、ただの勇者に過ぎないわけだから。

 いわゆる惚れた弱みと言う奴なのか、私は結局のところ、彼女に少しも頭が上がらないのだった。


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