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私と女神の七日間  作者: 甘党
三日目
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三日目……⑥

 燃え移る物すらない宙にもかかわらず、立ち込める炎の勢いは衰えない。急激に大気が暖められたせいか、強風が私達の周囲に吹き渡る。舞い上がる彼女の金の長髪に見惚れながら、あらためて彼女の『神様』たるゆえんを実感していた私だったが、あまりにも攻撃が長いので、だんだん不安になってきた。ここまで徹底的にやる必要があるのだろうか。


「ちょっとさ……。終わったのなら、もう転移しても良いんじゃない?」

「私に尻尾を巻いて逃げろと言うの? あと、追っかけてきたら面倒じゃない」

「それは確かにそうだけど――」


 彼女の注意が逸れたその瞬間を狙ったのか――炎の中から鋭い何かが閃いた。もはや私には刹那の輝きとしか認識できなかったそれは、彼女の身体を通り抜け、空の向こうへと光って消える。一体何が……と硬直する私の視界に、赤が飛び散った。

 少し遅れて、宙に浮いている彼女のバランスが大きく崩れる。支えがぐらつき、必死にその身体にしがみつこうとして、ようやく気付いた。さっきまで私を抱えてくれていた彼女の右腕がどこにも、無い。右の肩口は真っ赤に染まって、そこから先はくり抜かれたように、消滅していた。


「っ……!」

 言葉にならない声が漏れて、危うく私は手を離しかけた。それを強引に左腕だけで彼女は持ち直し、「馬鹿。離したら落ちる」、と何でもなさそうに叱ってくる。

「うぇううで腕が」

 ぐちゃぐちゃに取り乱すのは私の方で、思考も何も、訳が分からなくなる。彼女が――私の女神が傷を負うだなんて、万が一にも想像しなかった。完全無敵で、全知全能で、万夫不当のアマモが、いとこ簡単にこんな――いやそうじゃなくて。

 

 炎の中から飛んできたあの攻撃、たとえ不意を突かれたとは言え、彼女なら絶対に躱せたはずだ。なにせ、私ですら光の軌跡は見えたのだから。それを果たせなかったというのはつまり、一つの要因しか思いつかない。


「わ、私のせいで――。私を庇って」

「うるさい! ちょっと黙ってて」

 ぐずぐずと泣きわめく私を一喝すると、「くぅ……」と、やたら悩まし気な、ともすれば喘ぎ声と取れなくもない吐息を漏らした。すると、露出していた生々しい傷の断面がどこからともなく現れた包帯によって覆われ、同時に、引っ切り無しに滴り落ちていた出血も止まる。外から見ただけでは、単に包帯を締め付けたせいで血が収まったように映るが、おそらくその身体の内部ではもっと複雑な処理が行われたのだろう。そうでなければ、四肢の一部を失う大怪我でここまで余裕ぶれるはずがない。

ほんの一瞬で応急処置を済ませたらしい彼女は続けて、いまだ煌々と周囲をねめつける火炎を一息に打ち消した。身体に当たっていた熱気はすぐさま冷めて、吹き込んできていた大気も次第に落ち着く。渦の中心にあったはずのウロボロス――私の目に映ったのは、一つの異様なシルエットだった。


「……まさか、謝罪しろとは言わないだろうね」

 相も変わらぬ特徴のない、感情を抑えた喋り方。しかし、その言葉を発した彼の姿は、いびつな変貌を遂げている。背中から生えたるは一対の翼。鳥類では無く、太古の恐竜が持っていたかのような、爬虫類を思わせる皮翼が宙を掴み、両腕の先には巨大なかぎ爪が備わっている。その他の胴体や脚部は普通の青年のそれと変わらないのだが、逆にそのギャップが異常性をより際立たせていた。

 ウロボロスは翼をばさりとはためかせると、一気に上昇、こちらを見下ろす形になると、間髪入れずにかぎ爪をぐるりと振りぬいた。閃光がその跡を追って、二回瞬く。

 ――またあの攻撃か。しかし、私が気付いたところで対処のしようなんてない。ここは地上から遥か遠い上空。飛べないどころか、遠距離攻撃の手段すら持たない私は、文字通りお荷物でしかない。


「甘い!」

 わざわざ叫びながら、アマモは爪牙の二連をすらりとおそらく避けた。次が来るより先に、ウロボロスとの距離を詰めるべく、こちらも高度を上げてゆく。だが、相手も動く以上、いったん取られた高所の有利を覆すのは難しい。ましてや、私を抱えている状態ではなおさら速度が出せないのか、むしろ両者の間合いはどんどんと開いていく。


「私を転移させて!」

 続けて飛んできた三連攻撃から、辛くも逃れる彼女へと、堪え切れなくなった私は言った。絶対にそんなことは無いと信じているが、このままでは彼女を道連れにするかもしれない。

「だから黙ってなさい! だいたい、あなただけを転移なんてさせたら、あいつに狙い撃ちされるでしょう。向こうも転移はできるのよ。少しは考えて」


 いや、彼はおそらく、そこまで私にこだわらない……とは思ったが、確固たる論拠なんて無いので、私は再び黙るしかなくなる。それに、こうして会話をすることで彼女の集中を妨げるのも怖かった。

 か細い左腕のみで私を抱え、ウロボロスとの空中戦を繰り広げる彼女、その横顔はいつになく緊迫した色を湛えている。『神様』の能力など少しも知り及ばないが、ウロボロスが並大抵の相手ではないことはもう分かっていた。大怪獣でも、ゴーレムでも、かすり傷しかつけられなかった彼女の肌を、あろうことか右腕ごと両断せしめているのだ。それなのに――私を……。


「ああもう……。うるさいわね」

 左右からカーブを描いて迫ってくる連撃を急降下で回避、同時に速度をあげつつ、彼女は私へ怒鳴った。

「な、何も喋って」

「知ってるわ。これだけ密着していたら、勝手に聞こえるの」

 アマモがたまに用いる思考透視――。じゃあ……さっきから私の心は常に覗かれっぱなしだったということか。

「ええ、まぁ」

「ぞんなぁ! 先に言っ――」


 上下と正面、三方向からの爪撃。急停止によって、縦軸の攻撃をやり過ごし、続けて身体をロールさせて横からを紙一重ですり抜ける。当然、抱えられている私も、めちゃくちゃに揺らされ、もう少しで彼女の腕から零れ落ちそうになる。全身から噴き出る冷や汗と、激しい動悸。私が戦っているわけでもないのに、緊張で口から胃が飛び出そうだ。


「それ、治せないから止めてよ」

 彼女は余裕ぶった発言をかますと、いまだ遠いウロボロスに向かって、何かを仕向けた――触れている左手から、それが伝わってくる。直後、雷撃が彼の頭上を端にして発生し、その身体を打った。衝撃によって速度は鈍るものの、さしてダメージ自体は通っていないらしく、重大な怪我を負った様子も無い。


「これが効かないとなると、接近するしかないわね」

 反撃とばかりに飛来する爪牙を難なく下へと通過させると、彼女は突然、急停止した。反動でつんのめる私をぎゅっと抱き留め、こちらが何事かと問い詰める間もなく、私の視界はホワイトアウトする。

 世界間の転移ではなく――瞬間移動。追いかけっこに焦れた彼女は、ウロボロスの直近の空間へと直接の移動を試みたのだ。


「ぐっ!」

 狙いは成功したようで、正面の進路を遮るように出現したこちらに対し、ウロボロスは慌ただしく横へと方向を変換する。しかし、その反応で間に合うものではなく、彼女は即座に再加速すると彼我の間を詰め切った。

 迫るウロボロスへと向かって、けん制代わりに彼女は何かしらの弾丸を無空から射出する。何がどれだけの量で発射されたかは、もはや私には理解できなかったが、結果の方は明白で、後ろ向きへ飛行するウロボロスの両翼に、斑点のごとく複数の穴が開けられた。


「やっと当たった」

 もしかして気付かなかっただけで、既に何発も撃っていたんだろうか――などと完全に置いてきぼりにされる私をよそに、急激に速度を落としたウロボロスの、ついに至近距離へと到達する。

「よくも――」

「貴様!」

 聞き取れたお互いの言葉は僅か三文字、次に見えたのは身体を両断されたウロボロスの姿だった。


「私のトワを……。数京年は眠るがいい」


 彼女が言い終えるや否や、泣き別れにされた彼の両部分が、水晶のように透き通った材質の六面体の群れに取り囲まれる。自律的に動くそれらは次々に彼へと向かって殺到していき、気が付けば巨大な水晶の塊が中空に出来上がっていた――その中に、ウロボロスが閉じ込められている形だ。当然、ウロボロスは動かない。そのまま水晶は地上へと向けて落下していった。いとも呆気なく、『神様』の一つは私の視界から消える。


「終わった……?」

 ぽつりと呟く私を覗き込む彼女。浮かべた微笑みに、そんなに離れていたわけでもないのに、不思議と懐かしさを感じてしまう。

「終わってないわよ」

「え? ……ああ! 腕! 早く治さないと」


 焦る私をまたもや「違う」、と秒で否定し、彼女は言った。


「キス」


 いや、意味分からない突然何を……と挙動不審になる私を、ぐっと片腕で持ち上げると、鼻が当たるんじゃないかというほどに彼女は顔を接近させてきた。さすがの私でもここまでされると、その意図を理解せざるを得ない。


 彼女は本当に……良く分からない。何となく、向こうも同じことを思っているような気はするけれど、結局のところ、その真意は少しも掴めないのだ。


 でも、くれると言うのであれば……貰ってしまう。

 だって……結局やっぱり、私は彼女が好きだから。


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