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私と女神の七日間  作者: 甘党
三日目
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三日目……③

 ――長い回想をぱたりと閉じて、ウロボロスが前にする、何も置かれていないテーブルを見やる。彼とアマモ――二人を比べるのならば、きっとウロボロスの方が、神としては正しい選択をしているのだろう。

 私のような人間と付き合って、妙な駆け引きを勝手にやった挙句、不必要な食事をとる羽目になる。まるで昔話に語られるような、ドジな女神――彼女は喋り方や態度が大仰な割に、抜けている所が多いのだ。



 食べ終えた私達がフォークを置いたのを見届けると、ウロボロスは片手を振って、並んでいた食器を全て消した。初めから何も無かったように、綺麗に片付けられたテーブルを前に、知らず知らずのうちに入っていた肩の力が抜ける。全く手も口も動かさない人と一緒に食事をとるというのは、ひどく疲れるものだと思い知らされた。ましてやそれは、正体不明の神――せっかくの高級そうなコースも終えてみれば、残ったのは満腹感だけで、正直、味の方は全く楽しめなかった。


 ミハネもそんな私と同感なのか、相変わらず、ぴんと背筋を伸ばしたままで、食後だというのにリラックスしたところは少しも見えない。朝からずっとこんな調子だったのかと思うと、私としては申し訳なくてどうしようもなくなる。


 そろそろ、決断するべきだ。

 この場で私が取りうる選択肢は二つ。ウロボロスに話すか、それともずっと黙り続けるか。後者をこのまま貫くのならば、ミハネに犠牲を強いることになる。私はここで一生を終えても良かったが、彼女を道連れにする勇気は持ち合わせていない。

 つまり、ウロボロスが私を交換条件に絡めた時点で、もう私の道は決まっていたのだ。

 彼としっかり目線を合わせると、私は告げた。


「ウロボロス。そっちの質問に答える」


 言葉の意図はすぐに伝わったようで、彼はにっこりとわざとらしい笑みをつくると、身を乗り出して私へと言う。


「ようやくその気になってくれたか。感謝するよ。一応、僕が聞きたいことをもう一度。君はあの女神とどういう関係なんだ? なぜ、彼女と行動をともにしている?」

「――玩具。ちょっと珍しいお人形。私にそれ以上の価値は無い。一緒にいるのは、ただ、もてあそばれているだけ」

「……何を言っているんだ?」


 私の回答に彼は度肝を抜かれたようで、信じられないという顔をした。完全に予想外だったのか、そのまましばらく私を呆然と見つめた後、若干、震えた声で「本当か?」、と再度確認してくる。


「君達に嘘なんてついても意味ないでしょ。疑うのだったら、私を覗いてみれば良い」


 堂々と私が言い返してやると、苛立ったように彼はテーブルへと手を乱雑に置いた。


「それは僕には無理だ。できたなら、とっくの昔にやっているさ。あんな化け物と同じにしないでくれ」

「アマモを化け物だなんて呼ばないでよ」

 考える間もなく、勝手に口が動いていた。


「訂正して。今すぐ」

 逡巡しているのか、あるいは私の言動に怒りを募らせているのか、ウロボロスは床を靴で蹴って、かつかつと音を立てながら、「なるほどね」、と呟いた。


「だいたい今ので分かったよ。あの化け物が……ねぇ。まぁ、偶然ってのは重なるもんだ。永く生きていれば、そういった奇跡も起きるってことか」

 勝手に何やら納得し始めた彼に、「聞こえなかったか?」、と私は催促する。

「言い直せって言ってるんだよ」

「トワ!」

 隣からミハネが抱き着いてきて、立ち上がろうとした私を椅子に押さえつけた。

 それでもなお暴れる私に苦慮する彼女の声に、ようやく頭が冷えてくる。一言、彼女に謝ってから私は椅子に座りなおした。


 ……忘れてはいけない。ミハネを助けるために私はウロボロスとの交渉に入ったんだ。短絡的に命を投げ出して良い状況じゃない……少なくとも、今はまだ。


「ずいぶんと入れ込んだものだね。洗脳――じゃないな。あいつはそんな空しいことはしない。素でそれなんだとしたら、もはや狂人に近い気もするが……人間であるのは事実のようだ」

「見れば分かるでしょ」


 何を当たり前のことを――と加えて挑発しそうになる自分を抑える。さっきのウロボロスの発言のせいで、沸点がごく低くなっている。自覚はしているが、どうにもならない。心配そうに見つめてくるミハネがいなければ、とっくの昔に交渉は決裂していたことだろう。


「なぁ、ちょっと君自身の口から聞いてみたいんだが……。玩具であるらしい君は、その主人の女神をどう思っているんだ?」

 こいつになんでそれを教えなきゃいけないんだ……という思いが先走りかけるが、必死に堪えて「好きだよ」、と言い放つ。

「それが何か?」

「いや……これはこれは……」

 ウロボロスは俯いたかと思うと、声を押し殺して笑った。それはとても嫌な笑い方。もはや嘲りや侮蔑に近い、陰湿な響きがあった。


「君はもしかして……勇者ってやつか? 最近はあの遊びばかりやっていたからね。にしても……」

 とてつもなく楽しそうに唇を歪ませる彼に、不愉快を通りこして、憎悪の感情すら湧いてくる。なにより苛立つのは、話をどこへと進めたいのかがさっぱり分からないことだ。


「質問はそれで終わり? 早くミハネを帰してあげて欲しいんだけど」

「ああ、済まない。話が逸れた。もう聞きたい話は全部聞けたから、君達を帰してあげても良いんだが……」


 ちらり、とミハネが意味ありげに私の方を見てくる。そう……二人で話す時間が無かったため、相談できなかったが、どの世界に帰るのかがこれまた問題だ。ミハネは当然、高校のある、私達が元々生まれた世界で良いが、いったい私はどうするべきなのか。

 アマモがミハネとの勝負も放り出して、いっこうに迎えに来ない以上、私は捨てられたと考えるべき……となると、彼女の使う居住空間へと帰るわけにはいかない。そもそも、ウロボロスがそういったプライベートな空間に干渉してくれるかも疑わしい。

 となると、ミハネと同行するのが最も自然になる。

 けれど、それをしたが最後、もう二度と……私はアマモに会えないような気がしてならない。物理的に、ではなくて、きっと顔向けできなくなる。好きだのなんだの口で言っておいて、いざとなったら自分の家へと逃げ帰る――そんなことをしてしまえば、その後どんな表情を浮かべて彼女に会えば良いんだ?

 しかし、それでは答えが……。迷い続ける私を置いて、ウロボロスは急かすように言った。


「さぁ、どうするんだい? 僕としてはいつになっても構わないんだけどね。ただ、ミハネ君の方はそうもいかないんじゃないか?」

「そんなことは……!」

 否定しようとしたミハネに、私は「いいよ」とそれを遮る形で宣言した。

「ミハネは先に帰っていて。私は……もう少し考える。大丈夫、もう話は着いたんだから」

 彼女が反論するより先に、私はウロボロスの方へと向いた。

「お願い。彼女を元の世界へ帰してあげて。今すぐに」

「分かった」


 席を立つや否や、ウロボロスは一瞬にしてミハネの隣へと転移して、彼女の左肩へと手を置いた。最後に彼女は私に向かって「このバ――」と何やら言いかけて、果たせず、その姿は部屋から消失する。言い方は悪いが……肩の荷が下りた気分だ。後に残ったのは、私自身が解決すべきことだけ。それは極めてシンプルな方法で終わる。

 椅子から離れた私が、奥側の窓へと向かって歩きだすと、背後のウロボロスが声をかけてきた。


「どうする気かい?」

「言う必要なんてないでしょ」

「そうかな……。僕はね」


 言葉の途中で、窓を背にして、私の正面へと彼は転移してきた。その表情からは笑みは既に失われていて、いつしか真顔になっている。


「君をとても評価してるんだよ。このまま死ぬには惜しい。なにせ数億年に一人の逸材だ。どうかな。もう少し僕と話してみないかい?」

「死なないよ。私は」


「死ぬさ。人間は。まぁ、そういう意味じゃないだろうけど、この高さから落ちたら、普通死ぬからね」

 私が向かおうとしていた、窓の外の景色を指して彼は言った。窓と言っても、ビル特有の全面張りに近いタイプとなっていて、透き通った薄いガラス一枚だけが、内部の空間と外の絶壁を隔てている。それなりの勢いで突っ込めば、簡単にガラスを破って中空へと身を投げ出せることだろう。

「君の愛する主人のことだ。アマモ……と呼ばされているんだったか。君は奴からほとんど何も教えてもらっていないんじゃないか? いったい自分が何で、神とはどういうものなのか。僕の存在だって、ここへ来て初めて知ったみたいだし」

「そう……だね」


 私が頷くと、彼はテーブルの椅子を一つ引っ張り出して、こちらへと差し出した。聞く気があるなら、そこへ座れと言いたいらしい。


「せめて、そのくらいは知る権利があると思うよ。その上で、身の振り方を考えれば良い。あの女神と今後も付き合うのかどうかをね。少なくとも、このままビルから飛び降りるよりは、建設的な発想が生まれると思うんだが」

 彼は非常に嫌な男であったが、その発言は正論に思えたので、私はひとまずその椅子へと腰かけた。それを満足そうに見届けると、自分は立ったままで話し始めた


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