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私と女神の七日間  作者: 甘党
三日目
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割とどうでも良い回想

 私が食事をとる際に、アマモは絶対に自分の分も用意する。無論、彼女はそんな程度の低い栄養摂取なんて不必要なのだろうが、私の見ている前ではその習慣を欠かしたことは無かった。

 といっても彼女から始めたわけではない。むしろ勧めたのは私の方。まだ私が敬語を使っていた頃、初めて彼女が私に食事を持ってきてくれた時のことだ。


 人間はものを食べないと生きていけない――女神である彼女も当然それは知っていて、こちらが頼むより先に、彼女はいずこからそれを取り出し、私の前に並べてくれた。


『ねぇトワ。なんであなたはこれをそんなに美味しそうに食べるの?』

 ぱくぱくと口に運ぶ私を、興味深そうに眺めて彼女は言った。苦心して大きい欠片を飲み込んでから私は答える。


『……えふん、美味しいに決まっています』

『それが? 馬鹿にしているの?』


 アマモは一つを持ち上げて、心底嫌そうな顔でちょっとだけかじり、すぐさま吐き出した。黒い大地に染みがついて……一瞬、惜しいなと考えた自分が物凄く恥ずかしくなる。


『まずっ! 良くそんな勢いで食べられるわね。水も無しに』

 極めて驚いた様子のアマモに、私はもう一つを手に取りながら笑った。


『あなたがいるからです。私、誰かと一緒にご飯を食べるのは、あまり経験が無くて。だからすっごく、楽しいんです。それに、ご飯自体も食べられるようになってまだ短いですし』


 硬くて冷たいそれを前歯でかじり取って咀嚼する。当然、何のうま味も甘味もなくて、口に広がるのは独特の土の臭みと苦味だけ。それでも私は本当に美味しいと思って、それらを食べていた。


『……あなたがぼけっとしている間に、ちょっと感情を覗かせてもらったけど……。あなたやっぱりおかしいわよ。寝たきりの病人を結果的に治癒したことは過去にも何度かあった。それにしたって、普通は私のことを……そんな風に思ったりしない』


 アマモはさらりととんでもないことを言いつつ、再びそれの一つを取って、右手でもてあそぶ。そんな彼女の雪のように白い指をおかずにしながら、もう一かじりしたところ、突然、舌に痺れるような強烈な刺激が広がった。脳がすぐさま拒絶反応を起こし、胃から喉から、全てを吐き戻そうと試みる。しかし、私の理性はそれらを強引に抑えつけ、無理やり一口に呑み込む。そのせいで、いよいよ麻痺と痛みは広がって、ついには視界がちかちかと明滅し始めるが、私は右手に握ったそれを離さない。


『……ねぇ、本気でやってるの? それ』


 アマモが低い声で私に尋ねる。気を抜いたら、すぐにでも倒れ込みそうになる自分を必死に励ましつつ、私はもう一口食べてから答えた。


『もちろん。あなたがくれたものですから、全部食べます』

『死ぬわよ』


 彼女はそれを――生のジャガイモをぎゅっと握り締めて、何ら手の加えられていない、畑から取り出したままの、緑がかった表面を私へ見せつけた。


『ソラニン。知らないわけがないでしょう。なのに、除けて食べる様子も無い。死にたいの?』

『いいえ――私は』


 その先はもう口にできなかった。ジャガイモの芽には毒があるなんて、中途半端な知識を有していたのが仇になった。その場で即死するような猛毒じゃなかったはずだし、完食はできると踏んでいたのだが……どうしても身体が受け付けてくれず、嘔吐感を我慢するだけで精一杯になってしまう。身体を折り曲げて、お腹を抱えるばかりの私に、アマモは『気持ち悪い』、と言葉を漏らした。


『理解できない。最初は私に媚びを売りたいとか考えているのかと思ったけど、いくら何でも異常なのよ。毒だと分かっている、しかも激まずの物を、どうして本心から嬉しく食べられる? ……気持ち悪い』

 彼女の言い方……今も感情を読まれているのだろう。それならきっと分かるはず。理由は初めに話したことが全てだ。

『もういい』


 急に伸ばされた彼女の手が、私の頭を撫でた。腹痛や吐き気、めまいが嘘のように瞬時に消え去る。苦痛から解放された反動で倒れ込む私を抱き留めると、彼女は地面にまだたくさん残っているジャガイモの一つを蹴飛ばした。


『私の負け。これで満足でしょう。もう止めなさい』


 それには応えず、自由に動くようになった腕で私はジャガイモを拾い上げようとした。しかし、その動きは読まれていたようで、ぱしんと強烈な勢いではたきと落とされる。


『いい加減にしてよ……!』


 直後、空間転移が発動される。広大な畑から、いつもの居住空間――例の豪華な一室へと私達は移動して、その場は終わった。

 思い返せば、彼女が自分から敗北を口にしたのは、後にも先にもそれだけだった。負けず嫌いというか、片意地が張っているというか……。

どうせ食事をとるなら一緒に食べようと言った私に対して、彼女が持ち出したのは、『じゃあ、今から出す料理を美味しく食べられたらね』、という条件。連れていかれたのは、どこの国とも知れない黒土の畑のど真ん中、さすがに驚きはしたものの、私は初めから彼女と勝負をするつもりなんて無かった。ただ純粋に、彼女と一緒にいられるのが嬉しかったのだ。

私の意図から外れたその勝敗に、彼女は律義に縛られて、次からは普通の料理を出してくれるようになった。もちろん、二人分を用意して。

 永く生きてきたであろう彼女は、そういった方面の楽しみにも詳しかったらしく、生のジャガイモなどとは比べ物にならないほど (当たり前だが)、美味なそれに喜ぶ私を、彼女は得も言われぬ表情で見つめていた。

 ひとたび同席すれば、後はもう簡単なもので、私もアマモもごく普通の習慣として、日に三度の食事を楽しむようになり、今に至る。


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