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私と女神の七日間  作者: 甘党
三日目
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三日目……②

一通りお互いの安否を確認しあった私達は、ウロボロスに聞こえないように、二人して部屋の奥の方へと移動してから (果たして、そんな小細工が通じるかは不明だが)、小声で会話を始める。


「ねぇ、どんな話をされたの?」

「それは……」


 彼女は少し口ごもって、妙に言いにくそうな表情を浮かべながらも私に告げた。


「帰りたくないか……? だって。自分なら、すぐにでもここから帰してやれるって言ってきた」

「どう答えたの?」

 ミハネが今、ここにいる時点で答えは予想が着くのだが、あえて私は彼女に尋ねた。

 ウロボロスが転移能力を持っていても何ら不思議ではないが、それをミハネに殊更に教えたということは、交換条件とするつもりだったと考えるのが普通だろう。ただ、それをミハネ本人が私に伝えてくれるかは別問題だが……。


「トワと一緒じゃないと嫌だって答えた。そしたら、じゃあ二人で考えると良いって、あなたを呼びに行ったの」


 ミハネは簡潔に話を結ぶと、目線を後ろのウロボロスへと向けた。これ以上は、さすがに彼に怪しまれると言いたいらしい。

 無言で彼女に頷き、近くの席へと私は座った。その左隣にミハネも着くと、ウロボロスはちょうどその向かい側、正面へ移動して、ゆっくりと椅子へ腰かけた。


 彼の芝居がかかった動作に、久しく忘れていた緊張感を覚える。思えばここ数週間、何だかんだで毎日のようにアマモと遊び惚けてばかりだっし、そもそも人生経験が幼稚園児並みに少ない私にとってしてみれば、知らない人と会食すること自体が初めてだ。こういう場のマナーは一応、知識としては頭にあったが、実際にやるとなると身体が強張ってしまう。


 ましてやその相手が、アマモに敵対しているかもしれない神ともなると――。いざ本人を前にして、硬直してしまった私を案じてか、ミハネがまず口火を切った。


「ウロボロスさん。先ほどの話ですが、私達をこの世界から帰していただけるというのは本当ですか?」


 久々のミハネの委員長然とした敬語口調に、ウロボロスは素直に肯定した。


「ああ。僕は嘘をつかない。あの女神とは違ってね」


 皮肉っぽく付け加えるその様子からも、アマモに対する悪感情が伺える。やはりこいつは味方なんかじゃない、と疑念を強める私の思った通りに、ウロボロスはその続きを逆接で継いだ。


「だが――無条件で帰してやれるのは君だけだ。そちらの方にはまだ聞きたいことがあるんだよ」

「トワと……あの女神との関係についてですか?」

 ミハネは喋りながら、ちらりと私の方を向いて確認を求めてくる。聞かれる危険を承知の上で、私は彼女に「まだ何も言ってない」と素早く囁いた。


 そんな私達のやり取りを知ってか知らずか、ウロボロスは鷹揚な口調でミハネに応える。

「まぁそんなところだ。しかし、君にはあまり関係の無いことだろう。どうしても二人じゃないと、帰りたくないかい?」

「もちろんです。私は彼女の親友なので」


 即座に断言するミハネに、思わず私はがたりと席を立ちかけた。彼女がそんな風に必死になるようなことじゃないのに――。高校に通っていた頃は、それを聞くたびに嬉しくて仕方なかったものだが、今は真逆の感情しか出てこない。昨日も一昨日も、私のごたごたに巻き込まれたばっかりに、実際、彼女は何度も死にかけている。元の世界に帰れるのならば、すぐにでもそうした方が、彼女にとって良いに決まっているのだ。


「なんともはや、友達思いなことだ。そうなると、ぜひトワ君には話をしてもらわないと困ってしまうね。そちらだって、親友の望みを叶えてやりたいだろう?」

「私は帰りたいなんて一言も――!」


 あたかも私への交渉材料の一つのように、自分の帰還を扱われたことに、ミハネは声を荒げて否定しようとするが、それをウロボロスは「おっと」、と腕を掲げて制した。


「本音を隠してやり取りするのは時間の無駄さ。ただでさえ事態は込み入っていて、ややこしいんだから。本当に僕は疑問で仕方がないんだよ。あの女神――タマモが人間を一か月以上も連れているなんてのは、ここ数億年の中では最長の記録なんだ。前例は一応、存在してはいるが、あれは単に究極の武具を作ってみたいとかっていう人騒がせな暇つぶしだったからな。それも一週間ほどで終わったが」


 ぺらぺらと語るウロボロスの口から、私でも知らなかった新事実が次々に跳び出てくる。確かに、アマモは人間を好まないとは聞いていたが……数億年ときたか。


 人類の歴史を鑑みれば、その単位でもおかしくはない。しかし、彼女はいわゆる平行世界を移動する能力も持っていた。それを使えば、私の元いた世界でなくても、人間が既に誕生している世界へは訪れられたはず。つまり、いつだって彼女には人間と接触する機会があった――それなのに、たかだか半年にも満たない私との生活が最も長いとは……。どれほど彼女が人を避けてきた、あるいは単に興味が無かったか、分かろうというものだ。

 だが、なにより気になるのは――名前。


 ウロボロスは今、彼女をなんて呼んだ? アマモが本名だとは、名乗られた時の彼女の言い方からして私も思ってはいなかった……。

なぜなら――『名前? 私の? ああ、そうね……。アマモ。あなたはそう呼べば良い』

 ときたものだ。女神にしてはやけに簡素な呼び名、いつか本名を明かしてくれるのを楽しみにしていたけれど、まさか今、聞こえたのがそれだったのか?


 話の脈絡を完全に無視して、ウロボロスを問い詰めたくなるが、それでは私が彼女と浅からぬ関係にあると、自分から教えるようなものだ。どうにか自制して、彼を睨みつけるだけに留める。

 先ほどから完全に沈黙している私に、いい加減呆れたのか、彼は両腕を上げると「やれやれ」、と冗談めかして呟いた。


「これじゃ埒が明かないな。君の世界には人の質問には答えなくて良いなんて常識があるのかい? まぁいい。時間はいくらでもあるんだ。とりあえず、そろそろ食事を用意しようか」


 彼が言い終えると同時に、私達が座っているテーブルの皿の上に、突如、色とりどりの料理が出現した。事前に置かれていたフォークやナイフが想起させるような、西洋風のコース――赤身のヒレ肉を焼いたもの、透き通ったオニオンスープ、綺麗に切りそろえられた四色のサラダなどなど。材料もそうだが、料理としての完成度も、並みのシェフがやったのではこうはいかないと直観するほどの出来栄えだ。

おそらくレストランで注文しようと思ったら、普通の女子高生には到底、支払い不可能な金額が要求される類の数々に面食らった私は、思わずウロボロスに「あなたが?」と尋ねてしまった。

「まさか。誰が作ったとか、その辺は好きに想像してくれ。ただ、あらためて毒やその他はもちろん入っていないと誓おう」


 実際、私達を直接に害する意図があるのなら、毒なんて回りくどい真似をしなくても、神である彼ならば、一瞬で終わらせる能力があるだろう。そう考えて、今朝や昨晩も彼の出した料理に口をつけることには躊躇していなかった。

 それにしても、こんなフルコースっぽいものを出せるのなら、昨日のうちから頼めば良かったな……と私は少々後悔した。さっきまでいた狭い一室での食事に際しては、ウロボロスは私の注文した通りのものしか持ってこなかったのだ。

 恩義を背負わされないように警戒していたとはいえ、お粥はちょっと言い過ぎたかもな……と心のうちでぼやきつつ、私はとりあえずサラダに手を付けた。

 ミハネも同じくフォークを手に取って、しばらく二人して目の前の皿に集中する。ウロボロスはその私達を特に何をするでもなく、平板な表情で見やっていた。


「あなたは食べないんですか?」

「必要無いからね。骨が折れるってわけじゃないが、本来要らないものまでを用意するのはさすがに面倒なんだ。僕は気にせず食べてくれ」

 ミハネの質問にさらりと答えると、彼は足を組み替えた。人間ではないのだから、当然の回答だと納得はできる。

 でも――。

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