3話
「わ、わからない……」
気まずい雰囲気が流れる。
そこまで広くない空間に七人もの人間がいることもこの場の空気を重くしている原因の一つと言えよう。
「どうしてわからないのかが、わからない……」
「…………」
沈黙を保っていた内の一人がその場で立ち上がり、扉の方へと歩き出す。
「どこへ行くんだ」
「もう、無理です」
俺の問いかけに答えたのは斎藤。
「何が無理なんだよ」
「だって先輩の説明分からない!」
「俺のせいかよ!?」
俺たちは今、追試へ向けての勉強をしていた。
絶望していた四人の内、菊川だけは辛うじて赤点を免れていた。しかし、残る三人。言っていた通りの結果になり、追試を乗り越えるべく勉強会を開いていたところだ。
しかし……
「分からないのはこっちだよ!お前なんであの説明で理解できないの!?」
「それは先輩の説明が分かりにくいですよ!」
この通り、俺の担当となった斎藤絵馬は俺の説明を何一つ理解することなく二時間が経過する。
他の面々もその進捗は芳しくないようで、誰もが暗い表情をしていた。
「よし!休憩しようぜ!」
「は?」
「あなたは脳天的でいいですね」
「そもそもなんでいるの?」
「みんなひどくない!?」
一人追試を免れた菊川は裏切り者の烙印をつけられ、今となってはただのストレッサーでしかない。
「腹立たしいが菊川の言っていることにも一理ある。一旦休もう。てか俺が休みたいわ」
「腹立たしい……」
勉強を教える側からも批判を受けた菊川は傷ついた様子。
にしても、このままだと本当にこいつら追試落ちてしまいそうだ。一体どうすればいいんだ。
「お疲れ様です。どうです?先輩」
この場で唯一の癒しである前花は、ツッコミという概念を忘れて必死に野薔薇ちゃんに勉強を教えていた。
「どうもこうも何一つ進んでねぇよ」
「うーん……先輩が頭良すぎるんじゃないですか?」
「褒めんなよ」
「今そういうのいりませんから」
ピシャリと言われてしまった。
実際、今はそんな無駄なやりとりをしている場合ではない。
「できる人ってできない人がどうして分からないのか理解できないことがありますからね。もうちょっと絵馬の気持ちに寄り添ってあげたらどうですか?」
なるほど、寄り添う……か。
「ありがとな」
「全然ですよ」
休憩もほどほどにして勉強会は再開する。あいも変わらず難しい顔をしたままの斎藤。
まずこいつがどこが分からないのかを理解する必要がある。そのためには一度こいつに知能を落とす必要があるんだ。
俺はバカ。何も理解することができない。この問題も、この問題も……あれも、これも……。何も分からない……。
「アァァぁぁぁぁ!!!!!」
「ど、どうしたんですか!?」
「分からない!何も分からないゾォォォ!!!」
「この人急にどうしたの!?」
「あぁ、ダメだ!こんなもの見たくない!なんでこんなものがここにあるんだ!!!」
忌々しい。
「ちょ、それ私の教科書!!」
こんなもの、こうしてしまえ!
「あぁ!なんてことするんですか!」
俺の出せる最大限の速さでその冊子のページを一枚一枚ぐちゃぐちゃにしていく。
「ぁぁぁぁ!!!どうにでもなれぇぇ!」
そして、斎藤も俺に対抗して別の教科の教科書を一枚一枚破り捨てていく。
「そうだ!その調子だ!全部この本が悪いんだ!」
「はい!今日初めて先輩の言っていることが理解できました!」
そこまできて漸く他で勉強していた奴らが動き出す。
「先輩!?何してるんですか!?」
「絵馬さん!ダメですよ!一緒に追試合格するって言ったじゃないですか!」
「一体何があったらこうなるのよ……」
どうしてこいつらは俺たちを止めようとするんだ。俺はやっと分かったんだ。勉強を強いるこの学校こそが間違っていると。
「放せ!俺は諸悪の根源を滅ぼそうとしているだけだ!俺は前花のアドバイスに従っただけだぞ!」
「何を訳の分からない事を言っているんですか!私はそんなこと言った覚えありませんよ!」
それから暫く俺たちの攻防は続く。
そして数分が経ち。
「俺は一体何を……?」
「いや、こっちのセリフなんですけど」
さっきまでの記憶がまるでない。気がついたらそこにはゴミと化した教科書とビリビリに破られた紙切れがそこら中に落ちていた。
どうやら俺は何かがきっかけで発狂して暴走してしまっていたらしい。
今日はもう勉強をすることはかなわないだろう。
「よし!終わっちまったことはどうしようもない!また次に生かそうぜ!」
「絶対に先輩が言う台詞ではないですよね」
「私の教科書……」
今日も平和な一日だったな。




