35話
『起きろおおおおおおおおおおおお!』
「うるせぇ!」
あまりの不快さに全力でスマホを壁に投げつけてしまった。
あいつ、またやりやがった!先週ので懲りてなかったのかよ。
壁に当たった衝撃でスマホは壊れしまったのか、一切の音が止まる。
「え、嘘だろ……?」
近づいてみると、画面はバキバキに割れ、何度電源ボタンを押してもスマホに明かりが点くことはなかった。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
「お前マジでうるさい」
扉を開けて心底不機嫌そうに俺に文句を言ってきたのは俺の兄、晃だった。
「スマホが壊れた」
「スマホが壊れたからなに」
「誰とも連絡取れないじゃないか!」
「誰かと連絡するなんて半年に一回とかじゃないの」
「……ごめん」
「俺は今なんで謝られてるの?」
いたたまれなくなった俺は急いで学校へ行くべく準備を進めるのだった。
学校に着くと、とりあえず猿を殴りに行く。
「テメェ、またやりやがったな!」
しかし、それを見事に避けた猿は俺に対して悪びれもなく言ってきた。
「悪いのはお前の方だろ。この嘘つき!」
まだそんなこと言ってやがるのか。この猿は。
「種田、猿。お前たち大丈夫なのか?」
話しかけてきたのは委員長。珍しいかと思えばクラスのほかのみんなもどこか心配げにこちらのことを見ている。
俺たちそんなに頭おかしいように見えたのか?いつものことだと思うんだけど。
「大丈夫って何のこと?」
聞き返すと、我慢できなかったのかすぐそばにいた女子が答えを示してくれる。
「ほら、スポーツ科の交流会に行ってきたんでしょ?例年通りなら笑顔で登校してくるはずなのに二人はその様子がないから……」
なるほど、そういうことか。
「俺たちは笑顔で登校してくるようなことをしていないからな。それは他の奴らが担当してくれた」
というより押し付けられたのは俺たちの方なんだけどな。
「じ、じゃあ。ブッスー君も……」
「安心しろ。あいつも俺たちと同じことしかしてない。だからあいつが満面の笑みで学校に来ることはないはずだ」
俺が答えた瞬間、教室が歓喜と安堵に包まれた。
「これで犠牲者が出なくて済むな!」
「よ、よかったー。私変える準備してたもん」
「俺も」
「大丈夫そうだって、お母さんに伝えないと!」
家族にまで知れ渡ってんのかあいつの顔は。
しかし、この時間も長くは続かなかった。
「そんなことどうだっていい!」
猿の一喝で教室中が静まり返る。
「そんなことより!種田がボクシングをやっていないことの方が問題だ!」
いや、それはそこまで重要じゃないだろ。
しかし、そんな俺の考えとは裏腹にクラスメイト達は驚愕に顔を染める。
「おい、種田。それは本当なのか?」
「……本当だ。そもそもが猿の勘違いなんだよ。俺は初めからボクシングなんてやってない」
これでよかったのだ。みんなに嘘を吐いたまま過ごし続けるよりも、こうして本当のことを打ち明けたほうがいい。みんなも納得してくれるだろう。猿の妄言だったと言えば。
「ふ、ふざけるなよ!」
「え?」
「お前が世界チャンピオンになるって期待して他のクラスの奴に言っちまったじゃないか!」
原因お前かよ!誰かと思ったら委員長じゃないか!
「俺たちに嘘ついてたって言うのか」
「私、信じてたのに……」
「お前がそんな奴だったなんてな」
みんなにとって、俺がボクサーだったのはそんなに重大なことだったのか。
「種田、お前がしたことが分かったか?」
猿の一言で、俺は決めた。
「お前らのことなんか知るかよ!そもそもサルの言葉を信じたお前らだって悪いんだよ!」
「こいつ、開き直りやがった!?」
「いや、でも。確かに猿の言葉なんて信じた俺もバカだったのか?」
「それなら否定すればいいだけだろ!」
こうなったら徹底抗戦だ。俺は何も悪いことなんてしてないんだよ!
俺の一言により、クラスの中で混乱が生まれる。猿の言ったことを信じた自分を悪いと思い始める奴らや、それでも俺が悪いと言い張るやつ。そして……
「そもそもサルが変なこと言うのが悪いんだろ」
「いつもいつも俺たちのこと振り回しやがって」
「ゼッテェ許さねぇ!」
猿が悪いと言い始める奴。
「ちょ、俺は悪くないって!俺が何をしたっていうんんだよ!」
それからしばらく口論が続いた。
教室の扉が開く音が聞こえ、一人がそちらを向く。
「ぎ、ぎゃあああああああああああ!!!」
「なんだ、今日はやけに騒がしいな」
俺たちを止めるのはいつだってこの男だ。
一人の悲鳴により、口論は一時中断される。悲鳴を上げた女生徒と同様に、入ってきた人物を見た奴らは皆一様に悲鳴を上げる。
何人かは卒倒してしまっている。
「クソ、今日のあいつのブス度は一体いくつなんだ」
こんなことができるのはブッスーしかいない。だが、少しづつ慣れてきたクラスメイトでさえこの状況。一体どんな顔をしているというのだ。
そんな中、無事な奴の一人がつぶやいた。
「なん、で、笑顔なんだよ」
笑顔?そんなまさか。あいつは俺たちと同様に、劇しかしていないはずだぞ。
「おい、どうしてこんなにも騒がしいんだ」
「っ!」
考えを巡らしていると、いつの間にか俺の後ろに来ていたようだ。
今は完全にお前のせいだぞ。全員が顔を伏せたり、トイレへ行ったり、ブッスーのことを見ない努力をしている。
先程までの俺たちの喧嘩などまるでなかったかのようになってしまった。
「なあ、ブッスー。おまえなんでそんなに笑っているんだ?」
「俺の顔も見ていないのに分かるのか」
一瞬不思議そうにしたブッスーだったが、心底嬉しそうにこういった。
「まあいい、金曜日の劇は面白かったなぁ!」
こいつ、マジかよ……!?
演劇が楽しくてまだその余韻があるってのか……!
信じられねぇ。
「そんなことどうでもいい。とりあえず俺から離れろ」
「どうしてそんなことを言うんだ」
「いいから!」
「っ!」
俺の怒声に流石のブッスーもただ事ではないと思ったのか、押し黙る。
「そんなこと言うな」
「悪い、でも今はお前の顔なんて見たくないんだ」
「そうか」
納得してくれたらしい。こういう所は長年の付き合いである俺だからこそなんだろうな。
「そんなこと言われると意地でも見せたくなるな」
「やめろ止めろ止めろって!首が痛い!」
一週間前と同じように無理やりにでも俺の顔を自分へ向けようとする。
「ふん!」
「…………ぎゃあああああああああああ!!!」
「今の間は何なんだ」
まさに阿鼻叫喚。ブッスーは顔を背けているクラスメイトのところへ出向いて一人ずつ顔を見せに行く。
この地獄はゴリラが来るまで続いた。
この日から誰もブッスーに逆らわなくなり、それと同時に笑わせるようなことはしなくなったという。




