32話
動物園に着いた俺たちは、真っ先にこの動物園の目玉であるイケメンゴリラのもとへ向かっていた。
「先輩、見てください!ショボーニ君ですよ!」
イケメンゴリラとは言うが、所詮ゴリラだろ?
大した期待もせずに俺は前花の指をさした方を向く。
「めっちゃイケメンじゃねぇか!なんだあれ!?」
「ですよね!めちゃくちゃイケメンですよね!ショボーニ君!」
そのゴリラは俺たちの方を振りか向きもせずにただ座っているだけだ。それなのに、なぜかイケメンであることを瞬時に理解させられた。
「すげぇ、おれがイケメンゴリラのショボーニ君か」
なまえからしてショボいと思っていたぜ。
「先輩知ってますか?」
「何を?」
「ゴリラ全体の学名はゴリラゴリラゴリラだと思っている人が多いんですけど、実はゴリラゴリラなんですよ」
「え、そうなの?」
それは知らなかった。けどどうでもいいわ。
「はい。ちなみにゴリラゴリラゴリラはニシローランドゴリラっていう名前のゴリラの学名で、ショボーニ君はニシローランドゴリラなのでゴリラゴリラゴリラです」
「お、おう」
今、こいつゴリラって何回言ったんだよ。なんでそんなに詳しいんだよ。ちょっと引いたわ。
「……ごめんなさい」
「え?」
俺が若干引いていると、急に謝りだした前花。少しだけ元気がなさそうだ。
「いえ、私動物園に来るとテンション上がっちゃって、テンションの上がりように周りからちょっと引かれちゃうことがよくあったので、今回も」
多分それはテンションじゃなくて知識量によるものだと思うぞ。
「だから最近は人とは来ないようにしていて、私も成長したし大丈夫だと思ったんですけど」
「そんなに気にするよなことじゃないだろ。好きではしゃいでんだから、別に誰かに迷惑かけてるわけでもないんだ。それくらい許されるだろ。ここは動物園なんだぜ?楽しまなきゃ損だって」
ちょっとだけそれっぽいことを言ってやると、彼女は目を丸くしてこちらを見ていた。
ちょっといいこと言い過ぎたか。
「あからさまに慰めてくる人は不倫する男だって真奈ちゃんが」
「え、また真奈ちゃん?こんなところでも真奈ちゃんに邪魔されなきゃいけないの?」
それでも、少しは元気が出たのかまたゴリラについて語りだす。
「ゴリラはフンを投げる印象があると思いますけど、あれって実は求愛行動なんですよ」
「マジで!?」
もうゴリラはいいわ!とツッコもうとしたにもかかわらず、その情報につい反応してしまった。
「はい、時には威嚇で投げることもあるそうですけど。女の子の気を引きたくてフンを投げるゴリラもいるらしいです。なんだかかわいいですよね」
おっと、これはどう捉えたらいいんだ?私の気を引きたかったらテメェのうんこ投げてきやがれってことなのか?
「先輩?」
「…………」
でも、それって引かれない?うんこ投げる男ってそれこそDV男なんじゃないの?
「先輩!」
「うぇっ!」
「うぇっ!とはなんですか!失礼ですね」
いや、そんなの急に前花の顔が近くに来たらびっくりするでしょうが。
「ワオキツネザル見に行きましょうよ」
「なんかよく分からんが、そうしよう」
動物について全く詳しくない俺は、動物大好きな前花についていくことにした。
それからも前花の動物雑学は続いていき、気が付けばもう夕方になっていた。
「今日は楽しかったです!ありがとうございました!」
「俺も楽しかった。プレーリードッグかわいかったな!」
最初はあまりの博識さに少し引いてしまっていたが、途中からはその知識を聞くことによって動物の知らなかった一面を知り楽しむことができていた。
そしてなにより、前花が楽しんでくれたのなら何よりだ。
「ですよね!」
そうして笑っている彼女を見ていると、本当に来てよかったと思う。
ふと、こちらを見てこんなことを言ってきた。
「先輩はどうして今日誘ってくれたんですか?」
「どうしてって言われてもなぁ」
好きだからなんて言えないだろ。
「私にしてほしいことは特になかったってことですかね」
「確かに、前花にできることなんて俺なら大抵できちゃうしな」
とりあえず今ははぐらかしておこう。まだ、今日は違う気がする。告白はもっと面白いタイミングでしないといけないんだ。……あってるのかな。
「ですよね」
「ん?」
その表情が一瞬だけ寂しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃない!なぜなら俺がそう思いたいからだ!
意を決して次のデートに誘おうとしたその時。
「やっと見つけたぜ……」
「やばい、囲まれた……」
「こんなところに助けなんてこねぇ。観念しろや!」
路地裏から争うような声が聞こえてきた。
そしてその声はどこかで聞いたことのあるようなもの。
「まあ、いっか」
「え、いいんですか?」
俺には関係ないとばかり、その場を通り過ぎる。今の雰囲気を誰かに邪魔されるわけにはいかない。
しかし、当事者たちはそういうわけにはいかなかったのか。俺のことを全力で止めにかかってくる。
「先輩助けてください!」
それは菊川と愉快な仲間たちだった。