26話
『昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました』
まじか、ナレーター乱ちゃんかよ。大丈夫かなこれ。
『おじいさんは山へ芝刈りに。おばあさんは川へ洗濯をしに行きました』
おじいさん役は菊川。お婆さん役は斎藤か。
配役の書いてある紙を見て確認する。
そして、俺はしなければよかったと思った。
ーーなお、この公演は一時間を予定しておりますーー
……え、長くね?
そんな俺の思いは関係なしに、物語は進んでいく。
『おばあさんは川を見て、水浴びをしたくなりました』
水浴びしたくなるよな年齢じゃねぇだろ。
とことん恥をかかせる魂胆か。そう上手くいくと思うなよ?
「あー、わたし、水浴びしたいー」
そう言うと、川や山の書かれた後ろのパネルにダイブした。
厚紙で出来たそれに穴をあけるには十分な威力。
なかなかアクティブなババアだな。
『ちょ、壊さないで!』
ナレーターが素で喋んな。
それは本人も思ったのか、ナレーターの仕事を続ける。
『川から上がると、その手には小さな桃が一つ、二つ、三つ……ってどんだけ持ってるのよ!』
「あ、この桃美味しそう」
『一齧り。え、本物の桃なんてあったっけ?』
「これプラスチックだぁ」
ベーと舌を出してマズそうにしている。
プラスチック噛み千切るってどんな顎してんだアイツ。
『すると川上からどんぶらこ~どんぶらこ~と、』
「あ!おじいさんだ!」
『おじいさんが~え?なんで流れてくるの?』
恐らく台本がないのは、ナレーターとして指示を出しその通りに演技させるためだったのだろう。
しかし、それが裏目に出たな。俺たちはお前の思い通りにはいかないぜ!
「お、おばあさん。たすけて」
『溺れかけてるぅぅぅ!!』
菊川の奴何やってんだ。
なんか本気で辛そうにしてない?溺れてるっていうよりはリンチされた後みたいな……
まあ、いいか!
「おじいさん、その怪我どうしたの?」
「桃が、桃が……」
「桃にやられたんだね。わたしが退治してやる!」
『退治しないで!それ主人公だから!』
これだけは乱ちゃんに同意しよう。俺の登場シーンがなくなってしまう。
「ち、違うんだ。おばあさん。桃を採ろうとしたら蜂に刺されてね」
急いで菊川が方向修正する。が、それはどうなんだ。桃太郎の桃は山にあった上に、おじいさん蜂に刺されてボコボコになってるぞ。
「そう、なんだ。じゃあ鉢退治に行かないと!」
「いや、まずは桃を持ち替えろ?ね、おばあさん」
自由過ぎるおばあさんに翻弄されるナレーターとおじいさん。俺も早く出たいから進んでほしい。
『こうして、おじいさんとおばあさんは桃を家に持ち帰りました!』
無理やり終わらせやがった。
証明が暗くなり、場面が切り替わるシーンへと移る。
おじいさんとおばあさんはこちら側に捌けてきて、両方とも不満げな顔をしている。
「もうちょっとやりたかったのになぁ」
「無茶苦茶だ」
そしてもう一人。
「私も早く出たいですー。絵馬さん尺取りすぎですよ」
後半まで出番のない天堂も暇そうにしている。
いよいよ、次からは俺だな。
暗いうちに舞台へと上がり準備をする。
『おじいさんとおばあさんは、持ち帰った桃を、包丁でサクッと切りました。すると中からは』
「俺だ!桃太郎だ!」
『そう、桃太郎が……いやいやまだ早い!なんで?人形用意してたじゃん!最初から大人のまま出てきたらおかしいでしょ!』
違う、おかしいのはそこじゃない。
「違う!桃太郎は俺だろ!ブスは引っ込んでろ!」
「ん?俺は主役じゃないのか?」
おいおい、更衣室でのあれガチで言ってたのかよ。
俺が背景の後ろで出るタイミングをうかがっていたら、舞台袖から出てきたブッスー。
急いでスタッフの人がブスを連れて帰る。
あいつ、自分の格好を見て気づかなかったのか。
「おや、桃から生まれてきたこの子は桃太郎と名付けようじゃないか」
無理やり進めようとすんな。名づける前から名乗ってたぞさっきの桃太郎は。
「そうだ、俺が桃太郎だ。もう旅出るから早くきびだんご寄越せや」
ブスのせいで俺の登場シーンは無茶苦茶になっちまったが、もうここはこのまま行くしかねぇ。
「まあ!親に向かってなんて言う口の利き方なの!?おじいさん言ってやって!」
「え、俺?えっと、コラ桃太郎!おばあさんにもっと優しくせんか!」
「ジジィは黙ってろ」
「そうよ!あなたは黙ってて!」
「今俺に言えって言ったのおばあさんだよね!?」
『喧嘩しないでー!』
ナレーターに言われてしまったら仕方ない。よく考えたらまだ鬼の悪いうわさも出ていないのだ。まだ旅に行くことはできないか。
「一時休戦だお婆さん」
「そうね。ここで暮らしなさい」
「なんでこんなところで戦っているんだ……」
『……おじいさんとおばあさんは桃から生まれてきたことから、その男の子を桃太郎と名付けました』
それさっき言った。
証明が落ちないせいでずっと静止したままなんだけど。
『そして三人は仲良く暮らし、男の子はすくすくと育っていきました。そんなある日のことです』
『村で鬼が暴れているという噂が流れてきました』