1話
いつもと同じだ。まるで変わらない日常が始まる。1年生には愉快な部活を作ったものがいるらしい。隣のクラスではボッチが美少女に話しかけられているらしい。もう新学期が始まって2ヶ月だ。中間テストも終わり梅雨に入りかけている時期。他の奴らの物語はすでに始まっているのに、俺の物語は止まったまま。おそらくこの後も動き出すことはないだろう。
だからこれでいいのだ。
「このモブの塊のような奴らに囲まれる毎日も悪くない」
「……お前何いってんの?」
おっと、口に出てしまったようだ。
今話しかけてきたのは猿だ。なぜ猿なのかは俺にもわからない。周りの人が皆、猿と呼んでいたから俺もそう呼んでいるだけだ。それ以外の呼び名を俺は知らない。おそらく、家族からもそう呼ばれているのだろう。
「さるー、早く起きなさい」
「さるー、ご飯よー」
「さるー」「さるー」「さるー」
あいつは家で動物扱いでもされているのかっ!なんと哀れなんだ……!
俺はそっと猿の肩に手をのせた。
「ん?なんだよこの手は」
「お前はよく頑張っているよ」
「え、なにが!?ちょ、なんだよその目は!お前の中で一体何があったんだよ!」
黒髪の短髪、身長は170cmと平均的。本当に特徴と言えるものがないモブ代表といった見た目だ。
こいつとは高一の時から同じクラスで同じバスケ部でもあったことから話すようになった。特筆するようなことは何もない。つまりモブだ。
「猿、落ち着け」
今、野太くイケメン風に言葉を発したのは毒島。
身長は180cmとガタイはいい。しかし、ブスだ。声だけ聞くとカッコいいと思うかもしれない。しかしブスだ。通称ブッスーだ。
ブスであることをこいつは自覚している。それこそ小学生の時から。
それは小学一年生の頃に遡る。
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「今日は皆さんに将来の夢を聞きたいと思いまーす。じゃあ、毒島くん」
「はい、僕のしょーらいの夢はバスマットです」
その瞬間クラスが、そして担任の顔が固まった。
数秒して担任はもう一度聞き返す。
「私の聞き間違いかな?もう一度言ってくれる?」
「バスマットです」
「聞き間違いじゃ、なかった」
担任は今にも泣きそうな顔で問いただす。
「どうして?どうしてバスマットなの?ほら、もっとあるでしょ?野球選手とかサッカー選手とか、いっぱいね?」
「僕はぶさいくです。この前テレビでみました。ぶさいくにはじんけんがないそうです。この世にはわるいえいきょーしかあたえないって」
「どんな番組見てんの!?今すぐそれ見るのやめなさい!」
「だからぼくはぶさいくだとばれずに、だれにもきづかれないように、そしてひとのやくにたてるようになものになりたかったからです」
「うっ、うっ……。ひっくっ」
その言葉を聞いて担任は泣き出した。そして、それにつられてか意味をよく分かっていなかったクラスのみんなも泣き出してしまった。
だが、俺はその時空気を読まずに言ってしまったんだ。
「バスマットって物じゃん。なれるわけないじゃん。それに、バスマット自体が汚かったら俺使いたくないんだけど」
それを聞いて今まで無表情だったブッスーは泣き出してしまった。
その後俺は担任にめちゃくちゃ怒られた。
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あの時は本当に悪いことをしたな。
俺はブッスーの方を向き謝罪の言葉を述べる。
「ブッスー、ごめんな」
「なぜ俺は今謝られたんだ?」
「いや、俺が謝りたかっただけだから気にしないでくれ」
「おいその目をやめろ。それは俺が小二の頃将来の夢を語った時の担任を彷彿とさせるじゃないか」
よくわかっていらっしゃる。鋭い目でこちらを睨んでくるが、ブサイクであるせいか全く怖くない。
「あれって小一の時じゃなかったっけ?」
「いや、小二だ」
しかし、あの時の先生は怒りすぎだと思う。いかん、なぜか怒りがこみ上げてきた。
「ブッスー、一発ぶん殴っていい?」
「なぜだ!?」
ブッスーとは小一の時からの仲だ。こいつは甲子園常連校の野球部で次期エースと言われるくらいには強い。野球部であるため坊主だが、高身長に次期エース。かなりハイスペックと言えるだろう。しかしブスだ。全てを相殺するくらいには顔がイカれてる。
……こいつキャラ濃くね?全然モブ感ないんだけど。
と、一通りキャラ紹介が終わったところで猿が話しかけてくる。
「ところでさ、お前部活に戻る気はねえのかよ。どうせ放課後暇なんだろ?」
「……ねえよ」
俺の主人公っぽいところはこれくらいだろう。高一の秋のことだ。俺は家の階段から落ちて足を骨折した。それから練習できないのに行く意味もないと思い、部活へは行かなかった。しばらくして足は完治したが、長い間休んでいたため戻るのも気まずかった。ただそれだけだ。……いかん、理由が普通すぎて全然主人公っぽくなかったわ。
「それに今更戻っても試合には出れないだろ?」
「そりゃ、多分な」
猿は少し残念そうだが、俺の返事は分かっていたのか特に気にしているわけでもないようだ。
「それに俺は放課後暇じゃないんだよ」
「ん?なんか始めたのか?」
「お前に教えるかアホ」
別に何かしているわけでもないが、これ以上何か言われるのを避けるためだ。
ちなみに、ブッスーが先程から何も喋っていないのは、別に俺たちの会話に参加できないからではなくて、必要な時しか話さない超クールな男だからだ。
「アホはねえだろ。殺すぞ」
物騒なことを言うお猿はおいといて、今ってなんの時間だっけ?
「そいやさ、今ってなんの時間?」
「化学の実験だろうが!授業を忘れるくらい話に没頭していたのか?集中しろ!!このドアホが!殺すぞ」
「「「サーセン」」」
猿のがうつってますよ。薄くなってきたのは髪だけじゃなくて脳みそもですか?先生。
「ていうかな、お前ら席離れてんのにデカイ声で喋ってんじゃねぇ!!」
そう、実は俺たちは席が離れまくっている。俺は教室の左後方、ブッスーはど真ん中、猿は教室の右側の列1番前だ。
「そう、これがまさに!猿ブス俺包囲網!逃げられると思うなよ!?」
そこに本物のモブのツッコミが炸裂する。
「全然包囲できてねぇよ!一直線だよ!!」
いや、お前誰だよ。