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4 任務

物語はようやく本題に!

オールドケリー大陸でいちばん大きく古い都市ハイフォールは、初期植民地らしく北海沿岸の大きく弧を描く湾に面している。

 後の植民地都市部は海が関係する天変地異……津波やタイフーンや、もっと恐ろしいもの……を恐れて内陸に作られるようになった。

 沖には第一軌道エレベーター発着場、すなわちハイフォール宇宙港をのぞむ。赤道上に位置しているにもかかわらず、気候は温暖だった。冬には雪も降る。二酸化炭素排出量の増大ともともと弱い主星の陽光が相まって、タウ・ケティ・マイナーの1/3は凍り付いている。

 霧香はローバータクシーで発着場から直接、GPD本部タワーに飛んだ。

 地上千フィートの超高層ビル群が果てしなく林立していた。ビルのあいだは森林に囲まれ、地上走行車両用の道路は見あたらない。

 田舎のノイタニスを旅立ち二年前初めて訪れた際、霧香はどうやって街中を移動すればよいのか分からず、まごついたものだった。

 建設途中のビルも多い。中には恒星間連絡船内でお目にかかるような珍妙な建物も見受けられた。敗戦後の土地借款により激増した、異星人用の施設だった。


 ローバータクシーは旋回しながらGPDタワーの屋上に着陸した。

 一五〇階建て、古風なタワー型ビルである。まわりの高層建築に比べて目立たず、人類領域全体をカバーする組織の本部としてはみすぼらしい。

 GPDはわずか17年前に慌てて設けられた組織だったので、本部も築百五十年の中古ビルをとりあえずあてがわれ、という調子だ。正式な新庁舎を作るつもりはあると聞いているがいつのことなのか……。

 屋上発着ポートはシールドでビル風が遮られているため、徒歩で難なく移動できる。フィールドシャフトで目的の階に移動した。


 ランガダム大佐のオフィスは捜査課の隅、窓際の角部屋をひとつ占領していた。

 霧香は開け放されたドアの脇をおずおずとノックした。

 執務机の向こうに収まった上司が目玉だけ動かし霧香を見据えた。

 「入れ」グイと首を倒しながら言った。「ドアを閉めろ」

 「イエッサー」

 「座ってくれ」

 霧香は赤い来客用ソファーに腰を下ろした。

 人類が遠隔コミュニケーションシステムをいろいろ開発して千年以上経過しているが、打ち合わせには対面が最適と考える人間は多い。

 (ヘマした部下を罵倒したいときは特に……)

 霧香の上司であるマルコ・ランガダム大佐はバーナード出身のギリシア人。非常に大柄で、四十五歳とまだ若いが、浅黒くいかつい顔には絶え間ない心労を物語る皺が刻まれ、老けて見える。頭は剃っているのか、つるつるに禿げ上がっている。

 人類が第一次恒星間大戦で敗北した直後にGPDが生まれた。元地球防衛軍の兵士で敗戦と同時に職を失ったランガダムはその第一期生で、組織の権限拡大に大きく貢献した立役者だ。

 あまり世間話に興じるタイプではない。

 立ち上がり、データシートを何枚か掴んで霧香の向かいにドスンと腰を下ろすと、さっそく用件に入った。

 「今回は近い……このタウ・ケティ星系内の仕事だ。グラッドストーンに出向いてもらう」

 大佐はデータシートの一枚を差し出した。

 (こってり絞られるんじゃなくて仕事の打ち合わせだった!!)

 「あー、ハイ」安堵のあまり震えそうな手を抑えてシートを受け取った。

 大佐は霧香をちらっと見て続けた。

 「知っての通り、ここタウ・ケティ・マイナーと違ってグラッドストーンは未開地だ。行ったことはあるな?」

 霧香は頷いた。

 「でも、補給のため立ち寄っただけで、宇宙港区画からは出ていません」

 グラッドストーンはタウ・ケティマイナーと同じ軌道を公転する双子星だ。

 タウ・ケティ星系にふたつめの地球を造ろうとしたのだが、経済的理由によりテラフォーム事業は90%あまりで頓挫してしまった。人口増加率がふたつめの地球を必要としない程度に落ち着きつつある、という経済シミュレーションが算出され、そのまま恒星間戦争が始まったため放置状態が続いたのだ。

 とはいえ空気も水もあるから、1世紀ほどまえから勝手に人が住みだしていた。

 「それはいいんだ。きみの顔を覚えているやつが多くては困るんでな」

 「ということは、潜入捜査ですか?」

 「ウム」

 霧香はデータシートを指先でなぞった。紙面からテキストが何項も浮かび上がり、当該地域の予備調査資料だと分かった。

 「今回きみに当たってもらう案件は、実のところたらい回しされてきたのだ。警察も外交筋も、まだまだ異星人相手となると人見知りが激しくてな」

 「異星人?」

 「そうだ、いまのところ非公式ルートだが、ハイフォールのイグナト領事館より抗議書簡が送られてきた」

 「イ、イグナト人……?」

 大佐は重々しく頷いた。

 「そう、手始めにきみはこれより、イグナト領事館に赴いて要望なりなんなり聞いてくるんだ」

 (わたしなにか悪いことした……?)

 今日という日はイグナト人に呪われたのかと、本気で考えはじめた。

 「聞いてこい、といわれましても……」

 大佐は二枚目のデータシートを差し出した。

 霧香が二枚のデータシートを重ねると、それぞれに記録されていた情報から関連づけられたホログラムアイコンが浮かび上がった。

 「イグナト総領事の訴えによれば、ここ数年、彼らが手配した輸入品が宇宙海賊に狙われ続けているのだという。千光年以遠の銀河連合領域からはるばる取り寄せた貴重品ばかり狙われている。当初は彼ら自身で対処しようとしたらしいが、相手が偽装民間輸送船なので手出ししかねたらしい……所轄の警察組織に訴えても埒があかず、ようやくこちらに話が回ってきた……」ランガダム大佐は瞑想的な口調で言った。異星人相手に対応がもたついた人類組織に憤っているのだ。

 「それで我々は調査を開始した。ボーダーランド、マッドボール星系その他、異星人領域と接する宙域の海賊被害について調べてみると、30件あまりの被害報告が寄せられた……詳細はデータシートをあらためてくれ」

 「意外と少ない件数ですね」

 「しかし稼ぎはでかい。エイリアンテクノロジーや稀少物質を入手できれば途方もない儲けが出る」

 「なるほど」霧香は首を傾げた。「すると……ジェラルド・ガムナーのキングパイレーツではなく、辺境宇宙海賊連合の案件なんですか……?」

 「縄張りからするとそれが妥当な推測だ」

 (たいへんだ!)霧香は背筋を緊張させた。

 「だが、ここが難題だ。我々は略奪された物資の一部がよりによってここ、タウ・ケティに流入していると知った」

 「グラッドストーンですか!」

 「そうだ、つまりキングパイレーツの牙城に辺境宇宙海賊連合の一味が潜伏していることになる……」

 「奴らは手を組んだんですか!?」

 「分からん」ランガダム大佐は立ち上がり、窓の外を眺めた。「辺境宇宙海賊の構成員は地球人半分に残りは異星人なのだ。だから人類領域内でも異星人の割合が高い場所では潜伏しやすくなる……グラッドストーンは基本的に異星人立ち入り禁止、という態度だがおおっぴらに喧伝しているわけではない……流入していると考えるべきだ」

 最後のひと言に大佐は屈辱感を覚えているようだった。

 霧香も気持ちは同様だ。GPD本部からたった1億マイル離れたところでふたつの海賊連合が結託している(かもしれない)のだ。

 「でもおかしくないですか?グラッドストーンは保守的な地球人の巣窟で、住民のほとんどは異星人嫌いなのでは……」

 「ああ、それについては地球の例で説明できる。いまから十一世紀以前、あらゆる人種差別がまかり通っていた時代だ。ところが、巨額の利益が見込める経済活動や不法取引の場面において、人種的な諍いはつねに脇に追いやられている。暇があれば二十世紀ごろの北米における黒人やユダヤ人について調べてみろ。人間は金儲けのためならどんな妥協でもするのだ」

 「はあ」

 「だがそれを見極めるのはきみの仕事ではない」

 「それでは……」

 「あくまで略奪された貨物の行方の調査だ。さいわい容疑者がひとり浮かんだ」ランガダムがデータシートを指さした。霧香がホログラムアイコンに触れると、人間の立体画像が浮かんだ。

 30代、金髪を長めにした細身の男性の映像が回転していた。

 「ジョン・テイラード。三二地球歳、タウ・ケティ、ロングマウンテン在住。20代続く名家で資産家。恒星間物流事業数社の役員に就いている。……惑星グラッドストーン、ニューコロナド大陸に大規模な牧場を経営。乳牛と馬を牧畜。両親は死別。親戚縁者は地球にいる」

 「この男が海賊の一味なんですか?」

 大佐は頷いた。

 「被害の性質上、輸送業者と海賊が癒着している可能性が高かった。その男は30件の被害のうち半分に関わりがあった。自社取り扱い貨物の情報を海賊に流しているかもしれん。立件には程遠いが、直接調べに行く頃合いではある。しかしやつは3年以上グラッドストーンから帰っていないんだ」

 「自分の牧場にいると……?」

 「直近の動向までは掴んでおらん。グラッドストーンではな、GPDもおおっぴらに捜査できんのだ」

 もちろんその通りだ。

 ジェラルド・ガムナーはGPDを憎んでいる。彼らも軽々しく警察にちょっかいを出したら大騒ぎになると承知しているだろうが、GPDの看板を背負って街に出たりしたら、いざこざは避けられないだろう。

 「それでは、身分を偽って本格的な潜入捜査というわけですね……でも、エー、具体的にはなにを捜せばいいんでしょう?」

 「それを確かめるためにイグナト領事館に行くんだ」ランガダム大佐は時計を見た。「いますぐ」


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