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22 エピロゥグ


 40時間後、霧香は第1軌道都市群に還った。たった一週間まえ、幼稚園児相手に異星人のレクチャーをした場所だ。

 今回は警備部一個分隊に迎えられ、厳重警備でハイフォールに降りた。大げさな処置のように思えたが、どうやらランガダム大佐は霧香がマフィア怒らせただけに留まらず、イグナト人を警戒する必要もあると考えているようだ。

 4時間後にはGPDタワーの大佐のオフィスに通され、ふたたび口頭で報告書の補完をした。

 「結局、奴隷市場を動かしている組織の全容は掴めませんでした。大佐殿、自分はただちに再調査するよう要請します」

 「もちろん調査は行う……しかしジェラルド・ガムナーの排斥が優先される。分かっているだろう?奴がいるかぎりわれわれはグラッドストーンで自由にできないのだ」

 「イエッサー」

 「それで、ほかになにか付け加えることはあるか?」

 「ジョン・テイラードについて、妹からなにか聞き出せる可能性がありますか?」

 「ウム、きみがグラッドストーンにいるあいだに地球から詳しい人物照会が届いたのだが……テイラード家にジョンという青年はいないそうだ……令嬢のエレクトラ・テイラードは3年前、旅行中に行方不明になっていた」

 「つまり、ジョン・テイラードなる人物は、存在しない……」

 「そうだ。電脳人格に移行したうえサイボーグを複数所持していた、となれば監視の眼を逃れるのは難しいはずだが、そいつはやってのけた。ジャックインザボックスの分析では、過去にいちども4.0にアクセスしたことがなく、しかも自前の量子サーバーを所持しているかもしれない、と言う話だが……」

 「裕福な男なんですね」

 「男なのか女なのかも分からん。手強い奴だ」

 霧香は頷いたが、なぜか男だという確信があった。

 大佐は報告書のデータシートに眼を落として、付け加えた。

 「それから……イグナト人に関して報告書に加えることはあるか?」

 「彼らはナマ鮭にバターと唐辛子をかけて食べます」

 ランガダム大佐は卓上の古めかしい文鎮をコツコツ指先で叩きながら霧香を見据えていたが、霧香はランガダムの頭の上のほうを無表情で見続けた。

 彼はやがて頷いた。

 「分かった。たいへんご苦労だった。二日間の特別休暇を与える。ゆっくりするがいい」

 「帰りの船内でじゅうぶん休息しました。体調は万全です」

 「とにかく、いちど帰って、休め」

 「イエッサー」

 


 大佐のオフィスを出た霧香は溜息を漏らし、あてもなく廊下をうろついた。食堂でコーヒーを汲んでテーブルの端に座った。

 ぼんやりしていると、フェイト・ハスラーが現れた。

 「マリオン!無事帰ってきたね!」

 「ハイ、フェイト」

 霧香が物憂げに持ち上げた掌にハイタッチすると、フェイトは向かい側に座った。

 「大佐に帰れって言われたんじゃないの?」

 「言われた」

 「じゃ、さっさと帰ってひと休みしなよ」

 「なんだかみんな、わたしを邪魔者みたいに扱ってない?」

 フェイトは困ったような微笑で霧香を見ていたが、やがてテーブルに身を乗り出して言った。

 「え~……じつは、あんたが出掛けてるあいだにあの幼稚園の一件、ちょっと問題になったんだよ。園児の親が何人かあの映像を観てブチ切れた。関わったGPD隊員に厳重な処罰を求めた……簡単に言うとあたしたちは訴えられてる。大佐が治めようとしているけど」

 霧香は頬杖をついて話を聞いていたが、終わりの頃にはテーブルに突っ伏していた。

 「そんな、マジで……」

 奴隷として売り飛ばされそうになり、ドラゴンに食い殺されそうになり、命からがら帰還した末にこれか!

 ちょっと泣けてきた。

 「だからさ、揉め事が収まるまであんたは引っ込んでたほうがいいんだよ。園児の親にはクララが対処してる。あの子なら要領よくやってくれるよ」

 「りょーかい……」

 霧香は力なく立ち上がると「それじゃ帰るね……」と呟いて屋上に向かった。


 

 霧香の家はハイフォールから500マイル離れたノチカ湖畔の小さな街、ニューボストンにある。ローバーを飛ばしても30分かかる。そんな遠いところに家を買ってしまったことにいまさら後悔していた。

 ローバーを降下させると、霧香の家に明かりが灯っているのに気付いた。

 霧香は家の前を通り過ぎ、100ヤードほど離れたところにローバーを降ろすとハンドガンを装填して家にとって返した。

 何ヶ月か前、思いがけない副収入があったため、張り切って庭付き2階建ての一軒家を購入したのだ。しかしひとりで住むには大きすぎる家だ。まっ暗な家に帰るたびにちょっと哀しい気分になった。今回はとくに帰りたくなかった。

 ところがいま、誰も居ないはずの家に誰かがいた。しかしちっとも歓迎する気分にはならなかった。

 (いや、ある意味ウェルカムかな……)ひどくハードな気分になっていたので、襲撃者など返り討ちにしてやる、と思っていた。

 生け垣に潜んで庭を見渡した。一階全体の明かりが灯っていた。

 待ち伏せにしては大胆すぎる。

 霧香は生け垣の隙間から手を伸ばして庭に敷いた砂利を一握り拾って、小さな池に放り投げた。ボチャンと音が響いて、リビングで人影が動いた。

 人影の正体に思い当たった霧香はハンドガンをホルスターに戻して、玄関から家に踏み込んだ。インターホンまで鳴らして。

 リュートに出迎えられた。

 明るい照明の下であらためて見ると、まともな衣服を着て身繕いした天使属の少年は、思わず息を呑むほどの美しさだ。人種も特定不能……とても同じ人類とは思えない繊細な生き物……だがそれだけに多くの人間を惑わせ続けた。幼児性愛嗜好がいっさい無い霧香でさえ、いささか動揺させられた。

 「あー……お帰り、なさい……」

 「ただいま」霧香は少年に微笑みかけた。「それからようこそ。行政がずいぶん頑張ってくれたのね!こんなに早く来るとは思ってなかった」

 リュートは頷いた。

 タウ・ケティマイナーの行政システムは超合理的かつ単純な原理で動いている。「お役所仕事」(レツドテープ)という古い地球の言葉は、タウ・ケティやバーナード星では死語となって久しい。

 霧香は収入のある成人で、GPDの徹底したプロファイルであらゆる犯罪と無縁と保証されている。里親の条件はすべて満たしていた。そしてリュートを最初に保護して顔を見知っている。法的に身元を確立する手続きは後回しにしてとりあえず預け先として霧香が選ばれる確率は高かった。

 「なにか食べた?おなか減ってる?」

 リュートはまた頷いた。

 「保冷庫にあるもので適当に料理した……」

 リュートの言ったとおり、リビングのテーブルにパスタ料理が並んでいた。

 「すごい、料理できるんだ!」

 リュートは首を振った。

 「知らないけど検索したらやり方分かったから……」

 「なるほど」霧香は検索してもさっぱり料理ができないのだが。そういえば天使属は基本的に聡明なのだった。ただ反骨心を異常なレベルに低く押さえ込まされている。

 「わたしのぶんも?」

 「もうすぐ帰ってくるって、連絡があったから」

 「ありがとう……それじゃ、一緒に食べよっか」

 料理は美味しかった。食べながら相談した。

 「ここにあるものは自由に使って構わないからね。あとであなたの衣服を買いに行こう。それから部屋と……ベッドも用意しないと」

 「ベッドはふたつか三つあるみたいだけど……」

 霧香は思わず笑った。そういえば二階に客間があったのだ。ろくに上がらなかったので忘れていた。

 「それじゃ、二階の好きな部屋を使って」

 「……ずっとここにいていいの?」

 「あなたが望むだけ。手続きがすべてうまく進めば、あなたはリュート・ホワイトラブになる。わたしの義理の弟」

 「ふうん……」

 さして喜んでいるようにも見えなかったが、なにかに期待したり親切にされた経験がないのだ。それに12~3歳くらいの男の子となれば、素直な態度を取るほうが難しいだろう。

 さいわい二日間、じっくり対処する時間がある。

 ゆっくり、ゆっくり進めよう。  

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