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21 捜し物は……


 サイくらいの大きさの胴体に巨大な頭、差し渡し20ヤードはありそうな黒い皮の翼。

 赤く巨大な双眸が霧香たちを見下ろしている。

 タキシードが「ワッ!」と短い取り乱した声を漏らすのと、恐竜が男の頭にかじりつくのがほぼ同時だった。

 恐竜は男の頭を咥えたままなんども激しく岩に叩きつけた。そのあいだに霧香は這ってその影から逃れ、地面に転がったライフルに飛びついた。

 (わたしのドジ!)勢い余ってすべての檻を解放してしまったのだ。

 ようやくライフルを構え直して振りかえると、すぐ目の前に恐竜の頭があった。

 「ひっ……!」

 霧香は身を縮めた。しかしまっすぐ覗き込んでくるこの恐竜……というよりドラゴンの真っ赤な目から視線が外せなかった。

 ドラゴンは荒い鼻息をひとつ吐き出すと、身を起こした。直立すると12フィートを超えた。巨大な翼をひと羽ばたきさせると、悠然と身を翻して別の犠牲者に向かっていった。

 (たっ……助かった……?)

 霧香はライフルを杖代わりにずるずると腰を落とした。

 辺りで銃撃と悲鳴が入り交じり……1分も経たずに静まった。

 

怒りに満ちた咆吼が上がって、岩のむこうでドラゴンが巨大な翼を広げた。血まみれになった可哀相なタキシードの胴体を咥えたまま翼を羽ばたかせた……どうやら飛べるらしい。

 信じられないほど素早くなんども翼を上下させて浮き上がると、ドラゴンはハードワイヤーが暴れている(はずの)アリーナのほうに向かって飛翔した。

 「ちょっと……まずいな」

 霧香の膝は笑っていたがなんとか岩に保たれて立ち上がった。溜息をひとつ漏らすと、アリーナに向かって駆け出した。

 

 バックヤードはすべての檻が空になっている。短い岩の階段を上がると、遺体がいくつも転がっていた。人間……タキシードと、オークションの客も混じっていた。

 ブロマイド人もなんにんかカードの身体を破壊されて地面に落ちていた。こんなふうに肉体を改造しているのに、彼らの脳幹は生身のままなので、カードを破壊されると死ぬ。

 人間のように電脳化の途は選択しなかったらしい。

 実際、彼らはほぼデジタルで意思疎通していて、言語と映像を使用するのはウーク人同様、他種属とコンタクトするときのみだ。そのカード状の身体をモニターとして使うことさえない……表には幾何学模様、裏面は金属地のままだ。

 ブロマイド人の歴史によると、銀河連合に加盟した時期と時を同じくして彼らは彼ら自前の電子ネットワークを捨てた。その前は彼らも4.0やテンポラリー・ネットに相当するものを保持していたのに、いまは単純な通信回線しか持っていないのだ。理由は判明していない。

 

 50ヤード向こうにアリーナを囲む環状列石が見えた。あのドラゴンがまっすぐ着陸しようとしていた。

 松明やぎらついたスポットライトに照らされたそこは妙に静まりかえっていた。人間は少なくとも100人くらいいたはずだが、ハードワイヤーに皆殺しにされたのか……。

 目の隅に動きを捕らえた霧香は、素早く屈み込んでライフルを構えた。

 「オッと……撃つな」

 左腕を肩から失ったジョン・テイラードが残った片手を挙げて、言った。

 「逃げられないわよ!」

 「意味の無い言葉だ」テイラードは平静な口調で言った。「このリモートボディーを破壊しても意味はない。分かってるだろう?」

 「……あなたの妹、彼女はどうしたの?」

 「子供は寝る時間だ。いまごろは屋敷に帰ってる」

 「どちらにせよあなたをこの惑星から逃がしはしない。4.0に潜ったって無駄よ……厳しく監視されてるんだから」

 「それは試してみないとな」テイラードは何歩か近づこうとしたが、霧香がライフルを構え直すと立ち止まった。

 「ま、とにかく、ちょうどいい引き際だった。ここの田舎者たちにはがまんならなくてね。くだらない商売を畳むつもりだった。あの怪物には感謝しなきゃな……」

 テイラードは笑みを広げた。

 「それに、きみには少し興味が沸いた……」

 「なに?」

 「いずれまた会おう……それまで元気でいてくれ」

 「ッ!」霧香は引き金を引いて頭と胴体に弾を撃ち込んだ。

 テイラードは薄笑いのまま仰向けに倒れた。 

霧香はかすかな虚脱感を覚えつつテイラードを見下ろした。

 それから踵を返してアリーナに向かった。

 いまや猛獣の咆吼が上がり、ドラゴンがなにかと争っているのが垣間見えた。

 相手はハードワイヤーに違いない。

 霧香は石柱のひとつに身を保たれてアリーナを見下ろした。

 階段状の観覧席は大量の血と肉片にまみれていた。

 10ヤードほど下の狭い闘技場ではイグナト人とドラゴンが取っ組み合っていた。

ハードワイヤーも獣じみた叫き声を上げ――なぜか素手で戦っている。

 霧香は息を呑み、支援すべくライフルを構えた。いくらなんでもあんな巨大なドラゴンとさしで勝負するなんて無謀も過ぎる!

 だが激しく身を捩るドラゴンに対してハードワイヤーは果敢に突進を繰り返し、その胴体に取りつき、なかなか射撃する隙がない……

 霧香はライフルの照星から顔を上げた。

 なにかがおかしい……

 そのうちに人類にもおなじみのある動作を見て、霧香は眼前で行われているのが何ごとなのか、思い至った。

 「あらっ……」

 ハードワイヤーが探していたもの……どうしても探さねばならず、同時に秘密にしたがっていたもの……。すべて合点がいった。

 霧香は立ち上がってライフルを降ろした。

 「えーと……わたしのバックアップは必要ない……みたいね」

 二体の猛獣は叫き合い、取っ組み合い続けている。

 「終わったら教えてね……」

 多少顔を赤らめ、石柱の影から身を引いた。

 

 


それから間もなくイグナト強襲揚陸艇が降下してきて、霧香たちは無事撤収を果たした。おもに人間側の事情で煩雑な手続きが続いたが、細かく列記してみても面白くはない。

 とにかく500マイルほど移動した荒野にいちど降下すると、霧香と解放された奴隷ほか種々雑多な一団はGPDのシャトルに移乗した。

 「悪いがここでお別れだ」

 ハードワイヤーは短く告げた。

 「分かっていると思うが、われわれの女王のことは口外するな」

 「重々承知してるわ……わたしは契りを交わしたのよ。絶対に言わない」

 「それでは気をつけて、タウ・ケティマイナーに帰れ」

 霧香は頷いて、それぞれの場所に戻った。

 少なくとも約束を破ったら殺す、とは言われなかった。

 霧香はハードワイヤーと深く結びついているから、彼がその点で葛藤しているのは分かっていた。イグナト人の生殖を目撃した霧香を殺してしまったほうが、彼らにとってはずっと安心なのだ。だがハードワイヤーは合理性より信義を重んじた。

 たいした秘密とは思えない……地球の研究者もイグナト人の生殖について探っていたが、彼らの家族単位である「ネスト」には複数の、身体が小さく知能の低い雌が囲われ、雄がそれを厳重警備しているものと予測されていた。

 だが彼らにはもうひとつの結びつきがある。「クラン」だ。

 それは街ひとつぶんの規模で、彼らにとっては「国」の概念に近い。それを作るのに必要なのが「女王」だったのだ。ハードワイヤーは女王を迎えることで千人隊長より高い地位となるのだろう。知識ではなく直感でそう確信できる。

 そんなことよりも霧香にとっては、女王とハードワイヤーがコトをいたしているときに感じた複雑な気分――嫉妬のほうが深刻だった。強烈な感情移入による結びつきから解放されるのは、いつのことやら。



 GPDは爆撃が始まるずっと前に匿名の通報を受けていて、パトロール艦を慌てて差し向けていた。グラッドストーンのような惑星でも宇宙艦が地表を爆撃したとなると、いささか問題になる。

 軌道上のパトロール艦〈ボルゴグラード〉に帰還すると、霧香は艦長に口頭報告した。

 ジョン・テイラード邸にいますぐ向かいたいという願いは却下された。

 「すでに警備部小隊が向かった。屋敷はもぬけの殻で、記憶を一部失った少女をひとり確保したそうだ」

 「そうですか……」

 「それよりも少尉、きみをただちに戻せと言われている。しばらく楽にしろ……たいへんだったんだろ?」

 それで、霧香はパトロール艦でお客扱いの二日間に、元奴隷の一団と接見して身元調査の手続きを進めた。助けられたのは12人。いずれも18歳以下の男女。異星生物2匹、ハスキー犬二頭。

 リュート……彼も無事だった。そして彼は身元調査どころか人類の一員としていっさい登録されていないことがすぐに判明した。

 公式には存在していない人間なのだ。

 この点についてはハイフォールの高等弁務機関と相談しなければなるまい。さいわい、このまえ似たようなケースの200人あまりと関わったので、献身的に協力してくれる組織を知っている。

 それからランガダム大佐用にイグナト人の生態に関する情報をすべて省いた歯切れの悪い報告書を仕上げ……さらにそのテキストを送信する、という憂鬱な仕事を済ませると、くたびれきって寝た。


次回でお終いです。

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