2 GPD VS 怪獣 VS 宇宙恐竜
その頃には興味を引かれた旅行客も遠巻きに見物していた。子どもでなくとも、実際に異星人と人類が接する様子は、まだまだ珍しいのだ。
(調子出てきたわ)
霧香は上機嫌で続けた。
「さっそく宇宙人さんと会えました、良かったですね!ウーク人はわたしたちの星を訪れる代表的な宇宙のお友達ですけど、ほかにも10種類のお仲間がやってきます。それではなんで、天の川銀河アルファ渦状椀に属する200種類のうち、みんなの星にやってくるのは10種類くらいなのでしょう?」
「ハイハイハイ!」
「はいティルカさん!」
「くうきが吸えないから!」
「また正解!」霧香は指をクルッと回して言った。「残念だけど地球人の空気やお水が身体に合わない宇宙人もたくさんいるのね。もっと寒かったり暑い場所じゃないといやだ、っていう宇宙人も」霧香は声を潜めて続けた。「水瓶座のドスロイト星人なんて、おならが充満したサウナ風呂じゃないと住めません」
「やだあ~!」ちびっこたちはクスクス笑った。男の子が口をブーと鳴らした。
フェイトが霧香の背後でクララにたずねた。「ひょっとして霧香、ちびたちの名前全部覚えてんの?」
「当たり前でしょ。わたしも暗記してるよ、言っとくけど」
「オゥ……」フェイトは顔をしかめた。「なんであたしが成績4位なのか分かったぞ」
霧香が続けた。
「さあつぎは、みんな大好きな恐竜宇宙人の話をしましょう!」
「イグナトじんだ!」
「そうね!」霧香は嬉しそうに叫んだ男の子を指さして言った。携帯端末を操作して特大のホロキューブを投影した。身長7フィート……2メートル超のおそろしげな姿が映し出された。隣に立つフェイトより頭ひとつ大きいが、実際には大きな頭、太い首、太い腕、太い尾っぽでいっそう大きく見える。
「チョーォこえー!」「かっこいー!」
恐竜とか爬虫類型と言われるイグナト人だが、地球とは根本から異なる進化を経ているため、ティラノサウルスやワニに似たところはない。数少ない共通点は鱗の皮膚と背中のひれ状の畝、それに蛇みたいな眼だ。そのためヒューマノイド型形態にもかかわらずたいがいの人間は生理的に受けつけない姿形なのだが、こどもたちの反応はやや異なっていた。
そのときである。霧香の悪運……というか騒ぎを引き寄せる特殊な才能が発揮された。
本物のイグナト人の三にん組が現れたのだ。
「おれたちの話してるのか?」
姿に見合った銅鑼声に周囲の大人たちが飛び上がった。でかいくせに気配も体臭もなく、足音も響かない。もちろん霧香たちも気付かなかった。
ちびっこたちがびっくり仰天したのは言うまでもない。
「わぁー!」ちびっこたちは飛び上がって大半はGPD三人のうしろに逃げ込んだ。半べその子に大喜びで喧嘩腰の子まで反応はさまざまだ。
いちばん元気な子が何人か霧香の前に並んで「やるか!」というポーズを取った。
「これ仕込みよね?そうでしょ?ね?」隣に進み出たクララが、膝に張り付いて怯える子たちの頭を撫でながら霧香に尋ねた。
霧香は妙な笑みを浮かべて頭を掻いた。
「違うのよねえ……」
霧香はホロを消し、足元の喧嘩腰の男の子をそっと脇にのけて前に進み出た。
「こんにちわ!イグナトのみなさん。わたしはGPDの霧香=・マリオン・ホワイトラブ保安官です」
アカデミーで習った「戦う意思はない」ということを示す、両手を腰の高さでひろげるジェスチャーを示した。
「こんちわ、あんたおまわり?言っとくけどおれら何もしてねえんで」
怪物のくちから普通の公用語が飛び出したので、まわりの人間は少なからず驚愕していた。ウソみたいにざっくばらんなチンピラ口調なので拍子抜けした、というのが正しいか。
見た目よりずっと知能が高く、人類語も仕草もたちどころに覚えてしまうのだ。順応性の高さも彼らの武器のひとつだ。
彼らも肩に担いだ大きな雑嚢から武器を取り出すことはなかった。もとより霧香たちが武装していないことには気付いているはず。むしろなぜ警官なのに武装していないのか、単純に不思議がっている。人類の大半が自衛火器さえろくに携帯していないのが、彼らにとっては大きな謎なのだ。
霧香はあえて言わなかったが、先ほどのウーク人も強力な自衛手段を備えていた。麻痺から致死性まで自在に効き目を変えられるアルカロイド――毒だ。
霧香は背後に手を振って答えた。「われわれはこどもたちに異星人について説明しているの。学校の授業で」
「ははあ、ガキどもに人生の厳しさを叩き込んでるのか」
「いえ、そこまで厳しくは……ちっちゃい子相手なので」
「そっか、人間てのは回りくどいんだな」
それで難なくイグナト人は立ち去りかけたのだが、だれもが安堵した瞬間、恐ろしいことが起きた。
男の子がひとり、止める間もなく駆けだしてイグナト人の足を蹴り上げたのだ。
まわりの人間全員がハッと息を呑んだ。
「ボクはガキじゃないやい!」
三にんのイグナト人は一斉に振りかえって男の子を見下ろした。
だれもが胸が悪くなるような展開を覚悟したそのとき、ひとりがしゃがみ込んで男の子の顔を覗き込んだ。イグナト人がしゃがむと腹が地面に付くほど低く、巨大イグアナそっくりになる。頭部も男の子の肩より低い。その状態で人間みたいに腕組みして尻尾をのんびりばたつかせている姿は、あえて言うならコミカルだった。
「おっかねえか?」
「お・おっかなく、ないもん!」強がりつつもおびえてしゃくり上げていた。しかしワーワー泣き出さずに済んだのはあきらかに、イグナト人がしゃがんだおかげだった。
(意外と、優しい……?)霧香は眼を丸くした。
「そうかあ、けどおっかねえ相手に怖がっても恥ずかしいこたあねえんだ。もうちょいでかくなったらまた相手してやるかんな、坊主」
イグナト人は大きな手で男の子の頭をポンと叩くと、立ち上がった。
「じゃあな」
三人組が立ち去った。
霧香が男の子に駆け寄り、しゃがんで抱きしめた。「もう!あんたちょっと元気良すぎだから」
「ゴメンなさい……」男の子は霧香の胸でぶすっと呟いた。腹を立て、恐がり、ふて腐れ、恥ずかしがりを同時に行っている。思ったより注目を浴びて混乱したのだ。
霧香は男の子の肩に手を置いてにっこり笑いかけ、頭をグリグリどやした。男の子もなんとか笑みを浮かべた。遅ればせながら、付き添いの先生がよろめくように男の子のそばに跪いて、無事を確認した。
金縛り状態の見物客もようやく立ち直り、いまの出来事をがやがやと話し合った。クララとフェイトはこどもたちに囲まれつつ、見物客たちに解散を求めた。
「大都市圏内のイグナト人はたいへん温厚ですから、どうかご心配なく!」
その言葉は嘘くさく響いた。鵜呑みにした人間は居まい。
よほどひどく怒らせて戦闘モードにしなければイグナト人が人間に危害を加えることはない。そのことはメディアでも伝えているのだが、現実的にはその程度だ。
こどもたちはどうだろう。
百聞は一見にしかずと言うが、こどもたちは今日、得難い経験をした。ちびっこの心は柔軟だ。なにか大事なことを考えはじめるきっかけになるかもしれない。
「本当にゴメンなさい!わたしたちだけじゃどうなってたか……」付き添いの先生にそう言われて霧香は大いに後ろめたい気持ちだった。
(わたしも本物のイグナト人に遭ったのは初めてでした、なんてとても言えないよな~……)