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18 奴隷市

 

 そのうちにエレクトラは携帯端末の着信に応答して、霧香にはひと言も言わず立ち去った。霧香は部屋にひとり残された。

金属の椅子は頑丈でびくともしなかった。

 どのみち脱出するつもりはない。まだなにも掴んでいないのだ。

 (とは言え、どのみち逃げるのは不可能だし、かと言っていますぐ逃げる努力をしないとわたしの余命に関わってくるし……)

 万事休す(オールイズロスト)か。

 (小一時間前には呑気にパーティーと洒落こんでいたのに、どうしてこうなっちゃうんだか)

 手足は鉄輪に固定されほとんど動かせず、不快極まりない。

 遅ればせながらパニックに近いものがじわりとこみ上げててきた。

 ハードワイヤーの言葉は信じているが、現実に身柄を拘束されてしまうと、いろいろ考え込まざるを得ない。

 (いったいどういう職業を選んだら大勢に憎まれ椅子にくくりつけられてしまうことになるのだ?

 ジョブカウンセラーの助言に従って学校の先生になっていればこんな目に会わなかったでしょ?)

 だがそれでヴィーナス・ヒアリードとの短い邂逅を思いだし、霧香は冷や水を浴びせられたように冷静に立ち戻った。焦りよりも腹立ちのほうが強かった。

 (「それ見たことか」なんて言わせない)


 

 エレクトラはしばらくして戻ってきた。

 ドアを開けるなり言った。「あの怪物は協力してくれるそうよ」

 「は?」

 エレクトラは得意げだった。

 「あなたとの契約を解消して、ヴァーテンバークさまか誰かと再契約しても良いって。可哀相にあなた、後ろ盾を失いそうね」

 霧香は少女を睨んだ。

 「……ハードワイヤーは無事なの?」

 「まだ具合悪そうだわ。オルブラン教授の話では毒を代謝しきるまで三日くらい苦しむだろうって。やっぱり役立たずよねえ」

 「それで、わたしはどうなるのよ」

 「さあね」エレクトラは大げさに肩をすくめた。「このまま城下町に放り出されるかも……運が良ければ」

 「そう願いたいわ。もううんざりなの」

 エレクトラは壁際のサイドテーブルを叩いてホロコンソールを浮かび上がらせた。いくつかコマンドを打ち込むと霧香の縛めが解けた。

 霧香はかすかに呻きつつ立ち上がった。凝り固まった筋肉をほぐしているあいだにエレクトラはドアを開けた。廊下にはマッチョな女護衛ふたりが、サブマシンガンを構えて控えていた。

 女護衛ひとりが霧香の腕を後ろに回して手錠をかけた。

 「ついてきて」

 「今度はどこに行くのよ」

 エレクトラは答えず、霧香は銃口に小突かれて歩き始めた。

 中央階段を使って一階に下りると、まだパーティーはたけなわだった。

 客の数はやや減っているが、それでも100人以上残っていた。女護衛とエレクトラに従って歩く霧香を、たくさんの仮面が追う。改まった様子はなく、ここではよくある光景らしい。余興の一部なのだ。

 『みなさま……パーティーをお楽しみ頂いていらっしゃるでしょうか』誰かがアナウンスしていた。『これより恒例のオークションが始まりますので、会員のみなさまは階下に移動願います』

 どこかでガタン、という音がして床が震えた。壁の一部がせり上がって、幅の広い階段が現れた。

 エレクトラがその階段に向かい、霧香と女護衛が続く。そのあとを客が追った。

 今夜のクライマックスに差しかかり、背後の客たちは言葉も少なくなり、一種異様な期待と緊張感が漂っていた。まるで葬列のようだ。

 どこからか古典的なワルツが控えめな音量で流されていて、ヴァイオリンの音色が非現実的だった。

 白い花崗岩の階段はローマ式の柱のあいだをまっすぐ、闇に向かって落ち込んでいた。途中の踊り場には黒い頭巾を被ったタキシードの従僕が松明を掲げていた。

 ジョン・テイラードは地面の下は中空だと言っていたが、本当に何もないがらんどうが広がっていた。100ヤードほど離れた石造りの城壁らしき壁が松明に照らされ、ぼんやりと浮かび上がっていた。

 長い階段を下りた先、霧香とオークション参加者20人あまりが円形の小広場に辿り着くと、やがて差し渡し10ヤードあまりの石畳の広場そのものが動き出した。フォースフィールドで包まれたゴンドラだったらしい。慣性は感じられない。

 フォースフィールドは強力で風も吹きつけてこないが、結構な速度で移動していた。飛び去る松明の明かりや建造物からして時速200マイルは出ている。あっという間にこの地下都市の範囲から飛び出してしまうだろう。

 事実前方にトンネルが見えてきた。

 トンネルと言ってもオレンジ色のライトに照らされた切り立った鍾乳洞だ。

 (なるほど、部外者が簡単に寄りつけないよう工夫を凝らしてるんだ……)

 徒歩で潜入するのは容易ではない。

 霧香は核心に迫っている、という手応えを感じていた。

 三文ドラマで描かれるような分かりやすい犯罪のしるしなんて実際は滅多にない。

 仕事に就いて実感したガッカリするような事実だが、「これは明らかな証拠だ!」なんてなにか指さして叫んだり、そんな都合の良い筋書はないのだ。一目で怪しい奴なんていないし、犯罪現場に血まみれの凶器が落ちてることさえ稀だ。

 あやふやな状況に踏み込んでひたすら聞き込みと検証、それでシナリオを組み立ててゆくのだが、たいがいは類推のかたまりに過ぎないのだ。だから自分が正しい方向に向かっているのか、まるっきり見当違いなことをしているのか、つねに不安に苛まれながらとにかく続けるしかない。

 いまは少なくとも犯罪現場そのものに連れ込まれている。それでのっぴきならない立場にもかかわらず霧香は知的満足感を覚えていた。

 ……ただし霧香が求めているそれなのかどうかは、まだ分からない。

 (とは言え奴隷売買は人類憲章に背く違法行為であり、たとえ無法地帯のグラッドストーンであっても看過され得ない。霧香が生還してランガダム大佐に報告すれば、ここもただでは済むまい)

 ただし霧香は「ここ」がどこなのかも見当がつかないのだ。リムジンの移動時間からしてデルローの北東1000㎞圏内のどこか、ということだけだ。しかもまた高速で移動している。

 地下の迷宮を5分ほど飛び続けると、目的地とおぼしき開けた場所に出た。巨大な断崖に囲まれた湖の上だ。

 もう地下ではなかった。

 頭上に星が見える。断崖はざっと二千フィートほども垂直にそびえ立っていて、差し渡し2マイルはありそうな穴だ。その底に水が溜まっていて、中央には島……砂州が見えた。

 霧香は息を呑んだ。

 砂州は差し渡し300ヤードほどで、本当に砂地と岩しかない。しかしその中央に巨大な十字架が立っていた。

 高さ千フィートはある、本当に巨大な十字架だ。なめらかな金属質の光沢を放つ表面には継ぎ目も突起もほとんど見あたらない。星の淡い明かりの下で青白く、巨大な漆黒の影を地面に投げかけるその姿は、控えめに言っても不気味だ。

 そして霧香はそれが十字架ではないことも即座に見抜いていた。

 ブロマイド人の宇宙船だった!

 (ついに尻尾を掴んだ!)

 霧香は内心喝采した。グラッドストーンに異星人が流入している証拠をついに見つけたのだ。

 霧香が息を呑む気配を感じ取ったのか、エレクトラが話しかけた。

 「驚いた?すごいでしょ?だけどアレ、ただのモニュメントじゃないのよね」

 エレクトラはまだ霧香をなにも知らない金持ち女だと思っている。今はそれが有り難かった。

 「そ、それじゃいったい何なの……?」

 「もうすぐ分かるわ」


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