17 虜囚
「楽しそう」
「楽しいわ」
霧香はエレクトラに促されてふたたび階上に向かっていた。こんどは偽ホワイトハウスの二階に昇った。革の拘束具で両手はうしろに縛られ、両脇は黒服の護衛に挟まれていた。
「このまえ会ったときは、親切だと思ったけど……」
エレクトラは振りかえっていぶかしげな顔で霧香を見た。
「たった一度会ったきりでしょ。いずれにせよわたしは暇を紛らわしたかっただけなの」
「……そう」霧香は口調を変えた。「それはともかく、わたしあなたたちがなにをしているのか、いまだによく分からないの。ハッキリ言ってあなたたちは犯罪集団なの?」
「あら、犯罪なんて」エレクトラは霧香に向き直って弾むような足取りで歩き続けながら、悪びれた笑みで言った。「ここには法律なんて無いのよ。わたしたちは身を守ってるだけ」
「わたしを拘束したり銃を向けたりするのが、身を守る?」
「だってしょうがないでしょう?あなたはスパイかもしれない……」どこか期待するような笑みで続けた。「たとえばGPD、とか」
「警察を警戒してるならやっぱり犯罪組織なんじゃないの?ここには宇宙海賊の親玉がいるって、わたし知ってるんだから。あなたたちはその一味じゃないの?」
「ジェラルド・ガムナー?キングパイレーツのお爺ちゃまのことならわたし知らないわ。会ったこともない。興味もないわ。もうすぐ死ぬってみんな噂してるしね」
「そうなんだ……それでそのガムナーが死んだら、あなたのお兄様か、ヴァーテンバーク卿が後釜に座る?」
「ああもうやめてよ面倒くさい!それよりあなた身体検査よ」
ホテル形式に並んだ部屋のひとつに案内された。というより小突かれて押し込められた。
部屋は窓のない差し渡し6メートルほどの円形で、ふたりの女が控えていた。
「エレクトラ様」
「先ほど言った女を連れてきたわ。やるべき事を済ませたら別のドレスに着替えさせて」
「分かりました、エレクトラ様」
男の護衛は立ち去ったがエレクトラは残った。だがあとふたりの女も男の護衛よりましとは思えなかった。大柄で筋肉質な体をぴっちりした強化スキンスーツに身を包んでいる。機動歩兵用のインナー装備だ。
「裸になって。それとも無理矢理脱がされたい?」
霧香はしぶしぶ従った。
「その右手の派手な装飾も外して」
「これは取れないの。試してみる?」
マッチョ女たちは試した。それでかなり痛い思いをすることになったが、とりあえず納得したようだ。
「ただの携帯端末だってば……!」霧香は医療用の硬いベッドに突っ伏して右肩をさすりながら言った。「お母様しか外せないのよ」
「エレクトラ様。とくに怪しい点はないようです」
エレクトラはややがっかりしたようだ。
「まあいいわ……」エレクトラはホロコンソールを眺めながら言った。「変な電波は出てないようだから許してあげる。でも場合によってはあなたの腕ごと引っこ抜いて外すことはあるかもしれないわよ?」
霧香は内心ホッとした。右手のクィベリアメタルを外すのにレーザーまで持ち出されたら、不都合では済まなくなる。
「服は焼いて。なにか別のドレスを……そうね、チャイナドレスなんて似合うのではない?」
「はい、エレクトラ様」
下着も含めて服を着替えさせられた霧香は、RMSブリタニア船内のモールで買った派手な下着を着けてて良かった、と妙な安堵を覚えていた。地味だったら疑われていたかもしれない。
着替え終えると金属製のバーチェアに手足を拘束されて座らされた。頑丈で床に固定されている。
「あなたたちは外に控えて」
「はい、エレクトラ様」
ふたりの女護衛は部屋から出ていった。里香が暴れる心配は露ほどもしていないようだが、残念ながらその通りだ。
ふたりきりになるとエレクトラは手すり……ということは霧香の腕の上に腰掛け、垂直な背当てに保たれて霧香の眼を覗き込んだ。
「あとは身元照会を待つだけね……」
「いつ自由にしてくれるの?」
「あなた次第じゃない?お供の怪物はともかく」
「ハードワイヤーだってれっきとした銀河連合市民なんですからね」
「べつに殺そうなんて誰も思ってないわよ。素直に言うことを聞けば」
「どういうこと?」
「そうね、たとえばあなたが誰かにゆずるとか?もっとも毒が効くと分かってあの怪物の株は少し下がったと思うけど……あるいはあなたが主人のままでアリーナで賭試合させるという手もある」
「おカネを賭けて決闘させる!?」
「まさか、あなた自身が賭の対象よもちろん」
「そうやって追い込んでゆくわけね」
「そっ。わりと公平でしょ」
「どこが公平なんだか……」
「だって、わたしはあなたを奴隷にしたくても、あの怪物に勝てる駒は用意できそうもないもの」
「だったら仮に、わたしが勝てばあなた隷属してくれるっての?違うでしょ」
「うふ、どうかなぁ……」
エレクトラは霧香の顎の線を二本の指先で辿った。
「ちょっと!あなた軽いけどそろそろ腕から降りてくれない?」
エレクトラはなおも霧香の髪を指で梳いていた。霧香がうるさそうに首を振ると、ようやく立ち上がった。
「セイラ・ブルース、あなたって調教しがいありそう」
会話を続けたらなにかの拍子に大事なことを漏らすかもと期待していたが、この少女は単に暇をもてあました性悪な小娘に過ぎないようだ。そう思うとお喋りに興じるのも億劫になってきた。
だいたい、あのジョン・テイラードとエレクトラの関係はなんなのだ?
地球やタウ・ケティくらいになると人間の平均寿命は150歳近くになり(もっとも、3割は老人になりきる前に4.0のセカンドライフを選択するが)、若返り処置次第では妊娠適齢期が50年近く続く。ひと家族ふたりまでという出産制限は子供が15歳で成人になると解除されるため、歳の離れたきょうだいは珍しくもないという。
辺境出身の霧香には実感しがたい感覚だが。
霧香の見立て通りエレクトラが14歳くらいだとすると、ちょっと子供っぽ過ぎる。おそらく公共教育施設に通ってないためだろう。気ままな個人教育に任せきりでわがまま放題に育ったのだ。
(そういうのも地球ではよくあることだそうだけど……)
その結果、大勢が公共管理態勢に順応できなくて、〈自由〉を求めてこんなところに流れ着くのだとしたら、皮肉な話だ。
異星人との交流を強いられるようになってから、その傾向に拍車がかかっている。
人類こそ至高の存在――神に似せて創られこの世の楽園を約束された存在。
しかし異星人たちは「そうではない」ことを人類に知らしめた。
それが許せない。
地球圏の一部ではまだ根強い考え方だという。
先ほどのヒアリード少尉の話を実感した。
このグラッドストーンに集った人間がそんなのばかりだとしたら、単なる異種嫌悪では収まらない、根深い異星人憎悪が根底にあるはずだ。早々とイグナト人に効き目のある毒を用意した手際からして、優位に立ちたいという願望は強烈だ。
そんなことに熱心な連中が本当に辺境海賊連合と結託するだろうか?
(いやいや、歴史的には有り得るケースだ)
敵の敵は味方……つまりグラッドストーンのアウトローたちにとって目下の眼の敵は国際連盟による人類統治体制だ。銀河連合は強力すぎて手が出ない。それで憂さ晴らしの相手として比較的組しやすい相手を選んだ。
そのためには異星人犯罪組織と通じてテクノロジーでもなんでも手に入れようとする……。
「セイラ・ブルース?」
霧香は顔を上げてエレクトラを見た。
「……エレクトラ、あなた友達いないでしよう」
「いないわ」けろっとした口調で肯定した。「余計なお世話だわ」
「あなたには勝つか負けるかしかないのね」
エレクトラは口元で人差し指を振って言った。
「正確には勝つか、だけ。負けて生きるなんてまっぴらよ」
「わたしがあなたを負けさせてやる。おしりひっぱたいてやるからね」
エレクトラは小首を傾げて霧香の言葉を反芻していた。
やがてその眼に得体の知れない喜色の光が宿った。
「面白い」エレクトラは屈んで声を潜め、言った。「すごーく楽しみ」