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16 罠

  霧香たちはパーティー会場を横切り、上手のカーテンで目隠しされたドアを抜けた。

 短い通路には黒服の護衛がふたり。突き当たりのエレベータードアの両脇に控えていた。

 「テイラード様」

 「地下へ行く」

 護衛が手首の携帯端末を操作するとドアがスライドした。

 「さあ」

 ジョン・テイラードに促されて霧香はエレベーターに足を踏み入れた。古めかしい機械式のゴンドラで、かすかに床が震えて体が沈む感じを覚えた。

 エレベーターが下降するあいだ、霧香もテイラードも無言だった。

 10秒ほどでエレベーターが停止した。

 ドアが開くと、石造りの地下通路が現れた。

 「なんと……」霧香は驚きかつ呆れた。

 テイラードが笑った。声が壁に反響する。「ヴァーテンバーク卿は地球、北欧から来た貴族でね……自らのルーツに強いこだわりがあるらしい」

 「それで、こんなドラキュラ城を作ったの……?」

 「まあ暗黒時代を耐え抜いてそんな血筋がどれほど存続したのか、定かではないが」

 壁に穿たれたキャンドルの明かりが唯一の光源だ。薄暗い通路で揺らめく蝋燭の明かりで陰影が変化していた。それで霧香は微風に気付いた。歩いて行くと、壁に銃眼のような四角く細い切り欠きがあった。そこから眺めると真っ暗闇だが空間の広がりが感じられた。 「地下のように思えないけど、本当にお城なの?」

 「ここはテーブル型の人工居留地だ。元は恒星間大戦に備えた都市型シェルターを参考にしている。コマのような形をしているが土の地面はない。中は中空なのだ」

 「こんな場所がいくつもあるの?」

 「何カ所かある。ひとつふたつはジェラルド・ガムナー氏が支配しているので立ち入りは厳しく管理されている……」

 「ガムナー?」

 「きみは辺境出身だから知らんか」

緩やかに弧を描く通路を進むと、螺旋階段が現れた。急角度で落ち込んでいた。

 さらに15メートルほど降りたろうか、霧香たちは鉄格子が並ぶ地下留置所、という赴きの場所に出た。

 「いったい、ここはなに?」

 「罪人や没落した貴族を幽閉する地下施設、ということだろう……しかし、肝心の罪人その他はなかなか入手難のようだ」気の利いたジョークでも言ったつもりなのか、テイラードはふっと笑った。

 ちっともおかしくはないが。

 たしかに多分に趣味的で、こんな場所に特有の汚れやすえた匂いは無い。テイラードの言うように単なる金持ちの道楽……奴隷ごっこをやりたがっているだけなのか……だとしたらとんだ見当違いとなる。

 「……興味深いわ」

 「奴隷を買うのが?」

 霧香はテイラードを見上げた。デスマスクの奥の眼は暗く影になっていて、表情は窺い知れない。

 「わたしがこういうのに興味を持つか、探っていらっしゃるのでは?」

 「きみは「買い物」をしたがっている金持ちだ。それでここの偉い人たちの注意を引いた。正直言って、いままでイグナト人ひとりと護衛契約を結んだ例は聞いたことがない。それで……」

 「わたしにいろいろ尋ねたいし、仲間として迎えられるか探っている?」

 「そんなところだな」

 「わたしをどこに連れて行こうとしてるの?」

 「もうすぐそこだ」


 鉄格子の房の前に10人ほどが集まっていた。気の置けない友人同士という調子でなにやらお喋りしていた。

 その中にエレクトラ・テイラードもいた。チューブトップでフリル付きのスカートで着飾っていた。兄の姿を認めると、スカートを翻してこちらに歩いてきた。

 「お兄様、それにあなた……」くるくる指を回して見せた。

 「このまえはどうも……セイラ・ブルースよ」

 「そう、ブルース。すごいじゃない、もうこんなところまでいらっしゃったの」

 「わたしの護衛が注目されたようなの」

 「ああ、あの……」エレクトラは肩越しに房を振りかえった。「大トカゲ」

 霧香はハッとして鉄格子に駆け寄った。冷たい鉄棒を掴んで房の中に目を凝らした。薄暗い石畳の上にうずくまるハードワイヤーの姿を認めた。

 「ハードワイヤー!」

 イグナト人は身じろぎしない。

 霧香はその場に膝を付き、振りかえって居並ぶ男たちを睨んだ。

 「わたしの護衛になにをしたの!?」

 「なに、ちょっと試してみたのですよ」白髪交じりの痩せた男が言った。霧香が見据えると、その男は自己紹介した。「わたしはモーリス・フォード……トゥポール大学で生化学を教えている。最近は防衛問題視点から異星人の生態学を研究していてね……イグナト人にも弱点があると聞いた。フグ毒に含まれるテトロドトキシンが効くというのだ……それで、われわれはその真偽を確かめることにした」

 「毒を盛ったですって!?」

 「もちろんそう簡単に死にはしないだろう……しかし効果はあった。この通りたいへん調子が悪いようだ。ここまで運ぶのがひと苦労だったよ」

 「なにを勝手に……ひとの――」

 「これは、きみのためでもあるのだよ?この異星人が無敵だからと護衛に雇ったのだろう?ところがこのていたらくだ。不良品を掴まされたと思わんかね?」

 「そうかもしれないけど……」霧香は房に向き直った。

 「ハードワイヤー、体調はどうなの?答えなさい!」

 ハードワイヤーは物憂げに尻尾を振り、弱々しく唸った。

 霧香はうなだれたままその声に聞き入った。

 「さてミス・セイラ・ブルース、立ち上がってくれ」

 霧香はゆっくりと立ち上がった。いつの間にかヴァーテンバークが現れていた。エレクトラが彼の腕にしがみついて、醒めた微笑を浮かべて霧香を見ていた。ジョン・テイラードは姿を消していた。

 「抵抗されることはないと思うが、しばらくわれわれに従って頂きたい」

 「どうする気?」

 「きみの身元が完全に証明されるまで、軟禁させて頂く。クエルトベル31という話が本当であれば、ひと月もかからんだろう。そのあとは自由になるか、あなたの家から身代金を搾り取るまで軟禁されるか、奴隷になるかだ。ここには法執行機関はないから、騒いでも無駄だよ」

 「手でも上げるべき?」

 「まあまあ、そんなに気張らなくて良いよ……われわれは文明人なのだ。もっと楽しんでもらいたい」

 「そうよ、セイラ・ブルース!」

 「わたしは、エー……」霧香はあいまいに手を振った。「あなたがたほど、洗練されていないので……これからどう振る舞えばいいのか途方に暮れちゃうんだけど……」

 「たいへんなのは最初だけよ」

 そう言ってエレクトラ・テイラードは小さな銃を構えた。

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