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14 マスカレード

 15~7世紀くらいのヨーロッパ王室ふうの広間にはすでに数百人がひしめいていた。ざわめきに混じってヴァイオリンの音色が流れている。人間の室内管弦楽団が演奏していた。ホストとホステスがシャンパンを載せた盆を片手に歩き回っていた。

 異星人はやはりハードワイヤーだけだ。

 マスクを着用しているためか、霧香たちはより露骨に注目されていた。それでも話題の中心には程遠い。パーティー参加者には肉体改造者も混じっていたからだ。全身がピンク色の毛皮に覆われ尻尾まで生やした女、あるいはサイバーポップ調の歩く広告塔みたいな人間(もはや性別も分からない)もいた。それで、良くも悪くもハードワイヤーは目立ちにくくなっている。

 時間は八時を過ぎたばかり。デルローより一時間遅れだ。

 フロアの真ん中あたりでは何組かが踊っている。本当に何世紀も前の舞踏会に紛れ込んでしまったようだった。そしてやや退廃的な雰囲気も漂っていた。

 霧香は壁際のバーに寄ってカクテルを注文した。

 「ハードワイヤー、あなたはなにか頂く?」

 「パンサースウェットとギムレットを半々、たっぷりの氷で、オリーブは入れるな。でかいグラスでな」

 霧香が注文を伝えると、バーテンダーはやや釈然としないながらも従った。

 そのまま壁際でパーティーを眺めていると、巻き毛たっぷりの大きなかつらとヴィクトリア調衣装の女性数名が近づいてきた。しゃなりしゃなりと体じゅうを揺らして賑やかそうだ。

 厳密にはヴィクトリア風コルセットとセパレートのストッキング、腕まで覆うレースの手袋すがたで、肝心のドレスは着忘れたように見えた。クジャクの扇で品良く微笑を隠しつつ霧香に声をかけてきた。

 「ハァイ、楽しんでいらっしゃる?」

 「ええ、お招き頂いて嬉しいわ……ところでこのパーティーの主催者にお礼を述べたいのだけど、残念ながら知らないの。どなたか存じ上げません?」

 女たちはお互いに顔を見合って共謀者的な目配せを交わした。楽しそうだ。

 「もちろん、フランツ・ヴァーテンバーク様だわ……ご存じないの?」

 霧香は首を振った。

 「私はグラッドストーンに着いたばかりなの」

 「他からいらしたのね?ひょっとして地球のお客様?」

 「いいえ、クエルトベル31よ」

 「あら、そう……」どうやらご存じないようだ。

 「あなたのエスコート、すごいわね」別の女性がハードワイヤーをしげしげ眺め回していた。「これ、着ぐるみではないのでしょう?」

 「異星人よ。イグナトの戦士」

 女性たちは「あらまあ!」というように相好を崩して見せた。

 「やっぱりそうなのね……この」女性はハードワイヤーの二の腕を指先で撫でた。「逞しくて、筋肉の塊……太くて、冷た~い……」

 ハードワイヤーは「これ」呼ばわりも無遠慮なお触りにも耐えた。

 やがて女性の一団は別の標的を見つけたらしく、揃って立ち去った。

 霧香は声を潜めてハードワイヤーに言った。

 「いまの聞いた?」

 「おれを称賛する言葉か?」

 「そうじゃなくて、フランツ・ヴァーテンバーク」

 「知らん名前だ」

 「地球からの高所得/著名人移住者リストに含まれていたと思うわ。要注意人物とは目されていなかったけど」

 「地球から来た罪のない金持ち?」

 「少なくとも犯罪歴はなかった……いまのところは」

 「なるほど」ハードワイヤーの声にはいくらか失望が滲んでいた。カクテルをひと息で干して氷をバリバリ噛み砕くと、空のグラスをどんとテーブルに置いた。

 ハードワイヤーが懸念するように、霧香たちは単なるヒマな金持ちの道楽に紛れ込んだだけなのかもしれない。霧香は途方に暮れ、溜息を漏らしつつあたりを見回した。仮面を付けられたら人相も分からない……仮にここに指名手配半がいても分からないのだ。

 

 30分あまりが過ぎて、数百人が果てしない社交辞令を交わしおえた頃を見計らったように、パーティー主催者が姿を現した。演奏が止まり注意を促すパン、パン、という音が響いて、ざわめきがなりを潜めると、かしこまったドア係が恭しく両開きの扉を開けて一歩退いた。家来はそのまま頭を垂れ、客たちは注目してまばらな拍手も上がった。

 霧香は人混みをかき分けてヴァーテンバークに接近した。顔をハッキリ拝むためだ。


 フランツ・ヴァーテンバークは身長六フィートほど、細身のタキシード姿で、仮面は付けていない。歳はいっけん20代後半くらいに見えた。浅黒いハンサムなアングロサクソン系、髪はブルネット。リストの個人情報によれば50歳前半のはずだったから、高価な若返り処置を施しているようだ。

 颯爽とした足取りで会場に進むと、手前に待ち受けていた知り合いと握手しながら言葉を交わしていた。

 驚いたことにヴァーテンバークは霧香の姿を目に留めると、人垣をかき分けて声をかけてきた。

 「あなたは、セイラ・ブルース嬢とお見受けしたが」

 「フランツ・ヴァーテンバーク様」霧香は会釈した。「今夜はお招き頂き、ありがとうございます」

 「なに、きみときみの……」背後のハードワイヤーに目を移した。「お連れがデルローで話題になってね。みな興味津々なのだ。彼はイグナト人だったな」

 「はい。ハードワイヤーと申します」

 「戦争末期の伝説的逸話を思いだすよ。人類に与した傭兵種族……優秀な戦士。さぞ強いのだろうね」

 「そう聞いていますわ……腕っ節のほうは直接見たためしはないんです」

 「わたしも知りたいものだ……」ヴァーテンバークは謎めいた目つきで薄笑みを浮かべた。若々しいのに眼は老獪さを滲ませていた。佇まいも本来の年齢を隠すようでもなく、軽薄さもなく堂々としたものだった。

 タウ・ケティマイナーであれば露骨な回春処置は眉をひそめられる。しかしここの住人は気にしていないようだ。

 この男は犯罪歴もないのに、何故グラッドストーンに流れてきたのか?

 「楽しんでくれ、ブルース嬢」

 それだけ言い残してヴァーテンバークは他の客に移っていった。


 霧香は壁際に戻りかけたが、パーティー主催者の御声掛けによってある種の承認を得たらしく、話しかけてくる人間が急増した。たちまち人垣に囲まれてしまった。

 なんども同じ質問に答え、果てしない「尋問」が済んで客の好奇心を満たしてやると、ようやく解放された。主催者の姿はすでに無く、会場上手では余興のパフォーマンスがたけなわだった。

 「ハードワイヤー、わたし化粧を直してくる」

 「直すほどか?」

 「いまのは慣用表現の一種」

 「なにか知らんが早く戻れよ。おれがご婦人方に囲まれる前に」

 霧香は微笑してレストルームに向かった。


 高級ホテル並のレストルームは予想に反して混み合っていなかった。たいへん優雅だ。

 用を足して鏡の前でひと息ついた。念のためアルコール中和ピルを一錠飲んだ。バッグを閉じると、背後から声をかけられた。

 「ホワイトラブ少尉」


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