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13 夜会への招待

          

夜更けに帰還してベッドに倒れ込むとそのまま寝てしまった。

 おかげで二日酔いでガンガンする頭を抱えて眼を覚ました。ひどい悪夢を見ていた気がするが、思い出せない。

 枕にうつ伏せたままぼんやりしていると徐々に記憶がハッキリして、悪夢の一部が本当のことだったと思い出した。リキュール何杯かのあとひどく陽気な気分になってハードワイヤーと大声でお喋りして、その後店の外で5~6人のチンピラに絡まれ……ハードワイヤーがちょっとした憂さ晴らしするのをニコニコ眺めていた……と思う。

 そんなことがあったようだが、それが2~3回起こったような、一回だけであとは夢だったのか記憶が曖昧だった。

 (たいへんだ……!)

 サッと頭を持ち上げて時間をあらため、溜息を漏らした。8時間も寝ていた。

 (ま、いいか……)霧香の考えでは甘やかされた金持令嬢は早起きではない。

 ハードワイヤーはどこかに出掛けたらしく、姿はなかった。

 アルコール中和ピルを飲んでホテルのジムで一時間過ごし、サウナで汗を搾り出したあとでようやく自分に飲食を許した。しかしいつものたっぷりした朝食は避け、キュウリのサンドイッチとサラダで我慢した。

 アスパラが美味しかった。

 ヴィデオに登場する上流階級のお嬢さんたちがどうやってプロポーションを維持しているのか霧香は知らないが、毎日五マイル走ったり本格的なワークアウトで汗水垂らしているとは想像しがたい。

 セイラ・ブルースを演じ続けるのも楽じゃない。


 近くの百貨店までリムジンを飛ばして(今回は人間の運転手も雇った)買い物を楽しんだ。少なくとも金持ちの娘ならそうするはずだ。

 高い天井の豪華な店内には、金持ち用に地球から取り寄せた贅沢品が揃っていた。

 無法者が集う町にしては豊かな生活だ。タウ・ケティマイナー政府が無関心でいるのを良いことに、勝手気ままに発展した結果がこれだ。一次産業の不足を贅沢な輸入品で補填している。

 緩やかな管理体制に背を向け、富めるもの貧しきものという昔ながらの格差社会に逆戻りしている。大昔からの人間の大好物、七つの大罪を好き放題満喫するための世界だ。

 だがあいにく霧香の気を引くような品物は置いていなかった。

 きままに歩き回ってアンティークや特産物を眺め、時折店員に「これちょうだい。ホテルに届けて」と伝えた。

 支払いはナショナルフォアナインバンクのロイヤルクレジットで決済した。どんな場所でも通用するといわれている信用買いシステムなので一度試したかったのだ。

 霧香も、いつの間にか霧香にくっついてフロアを回っている身なりの良い年配の店員も、値段についてはいっさい口にしなかった。セイラ・ブルース用に作った無制限クレジットである。大英帝国王室御用達だということだが、ほんとうだとしたら、セイラ・ブルースはお買い物プリンセスとして明日までにそこそこ勇名を馳せていることだろう。

 カフェで優雅に紅茶を味わってからホテルに戻ると、リビングに積まれた買い物の山をハードワイヤーが眺めていた。

 「これも偽装のためなのか?」

 霧香は溜息を漏らした。「まあね」

 改めて見てみると、なんで買ったのかさっぱり思い出せない……もっとも、あれこれ考えていたらひとつも買っていなかっただろう。それでは金持ちのあばずれセイラのプロファイルに合致しない。

 「経費扱いで構わんよ」

 「なに、気にしないで、あとで使うから」

 とは言ってみたものの、大半は後々の偽装工作用に必要になるまで仕舞い込むことになりそうだった。要らないからといって返品したり放っていたら偽装が見破られてしまう危険があり、厄介なところだ。

 大半はドレスや帽子や靴などだろう……だろう、というのはいずれも立派な化粧箱に収まっていて開ける気にもならないからだが。紙バックの中身を引っ張り出して両手で拡げ、霧香は顔をしかめた。

 お下品なカットの揚羽蝶パンティー。

 (こんなの買ったっけ……?)

 しかもサナギから孵化したり羽ばたいたりギミック付き。

 (潜在意識下に抑圧されたなにやらの表れかな?)

 霧香が首を傾げていると、ハードワイヤーが黒大理石のアルコーヴから盆を取り上げ、霧香に手渡した。

 「伝言が届いている」

 「へえ?何かしらね」

 パルプ製の招待状が銀の盆に置かれていた。この惑星はなにもかもとことん古風で優雅だ。備え付けのレターオープナーで開封した。

 金箔押しの文面に目を通すと、晩餐会のお招きのようだ。

 最新ゴシップのネタを提供せよと要請されているようなものだろう。「異星人はお断り」とは書いていなかった。

 「ハードワイヤー、ここの上流階級のみなさんはあなたに興味津々かも」

 「そうならもくろみ通りだな。差出人は誰なんだ?」

 「書いてないわ。場所も書いてない。どうすべきかしら?」

 「ほかになにか思いつかないなら調子を合わせるべきだろう」


 それで翌日の夜になると、霧香はまた盛装してリムジンに乗った。向かいに腰掛けたハードワイヤーもどこから取りだしたのか、彫刻が刻まれた儀礼的な斧みたいなものを携えている。

 招待状には会場が明記されておらず、代わりに電子署名の認識コードが仕込まれていて、リムジンは自動的に目的地を目指していた。デルロー郊外に向かっている。

 つまり普通の観光客お断りの領域に踏み入ることを許されたようだ。ただし行き先は不明。

 「どこまで行くのかしらね」

 霧香はグラスキャノピーに映る明るい夜を眺めながら言った。

 霧香には馴染みのない星座が広がっていたが、シリウスは分かる。それに第五惑星イジェラは小さめの月くらいの大きさで青白く浮かんでいた。

 レンタルローバーはチャーターするたびに乗り換えていたので「目」と「耳」の存在はあまり心配していなかったが、演技は続けた。

 デルローをあとにすると人工的な灯りは皆無になり、平坦な土地が黒々と広がっている。星座から判断するとテイラード邸の方向ではない。

 30分ほど飛行するとリムジンローバーは高度を下げはじめた。ハードワイヤーも首を巡らせて外を眺め続けている。

 「なにか見える?」

 「巨大なひび割れの走った岩場だな。かれこれ100マイル、水場もなくろくに植物も生えてない」

 つまり徒歩で逃げ出すような羽目になったら苦労するだろう、と言うことだ。

 ローバーは高度を下げ続け、ついに地面より下、幅一マイルほどもある峡谷に降下してゆく。速度は時速100マイルまで落ちていた。自動操縦は続いていたのでヘッドライトさえ灯していない。垂直な岩肌がかろうじて見える。

 やがて……

 前方、漆黒の闇にかすかな光が見え始めた。同時に岩肌が頭上に覆い被さってゆく。巨大な地下トンネルに突入したのだ。

 「あらら……これは……」

 ローバーがさらに200ヤードほど降下した。広大な地下世界だ。岩肌を回り込んでゆくと、徐々に明るさが増して、垂直都市が姿を現した。

 「わあ……!」

 直系3マイルほどありそうな円形テーブルに同心円状の階層都市が築かれていた。テーブルの中心には塔がそそり立っていて、補強された天井の岩盤まで届いていた。塔の中間では、月光くらいの淡く幻想的な明かりが灯っていた。

 テーブルのまわりを囲む垂直な壁も、マンション建造物で覆い尽くされている。

 「ここがグラッドストーンの住民の、本当の住処なのね……」

 「そのようだな。環境シールド処置が施されている……あの塔は廃熱処理と人工太陽を兼ねているのだろう。構造的には島宇宙コロニーと変わらん」

 「閉鎖構造で軌道上から探知しにくいのね……こんなのがいくつ作られてるのやら」

 テラフォームが途中で打ち切られたため、山脈を作るはずだった人工マグマがマントル深く後退してしまった。それで地中に多数の空洞が生じているのだ。そういう隠れ家が存在するとは聞いていたが、グラッドストーンの人口推移と地表生活者の規模はほぼ一致しているため、あまり調査されていなかった。

 (予想よりずっと人口が増大していた、ということは有り得るだろうが……どのみち青空監獄にわざわざ入りたがる人間のことなど誰も気にしなかったのだ……)


 地下空間をローバーや使役ロボットが無数に行き来していた。テーブルの縁は最下級の住民が暮らしているとおぼしきドヤ(スキツド・ロウ)……それは建物の佇まいで分かる。塔の根元から放射状に延びる道路もローバーがひしめいていた。高層ビルは見あたらないが、それは人工太陽からある程度距離を取るためだろう。

 ビル街の合間に広々とした庭付きの屋敷が点在していた。

 ローバーはさらに速度を落として、着陸前の旋回に移った。塔の根元近く……いわば最上級居住区画目指しているようだ。目的地は3階建ての立派な建物のようだ。建物全体がオレンジ色のライトに照らされ輝いていた。

 建物の広い敷地にローバーが何台も着陸していた。霧香たちのローバーもその一角に停まった。

 ネオシュールモダニズム様式のねじれた鉄とガラス彫刻が立ち並んだ悪趣味な庭園だ。霧香は招待客に混じって、天然水晶を敷き並べた段状噴水の脇を会場まで歩いた。客の多くは帽子を被っていたりコートのフードを引き上げていたりであまり顔は見えなかったが、足取りや佇まいから見た限り年配者は多くなかった。

 客たちは霧香の背後に従うハードワイヤーにコソコソと視線を向けている。

 パーティー会場は地球のホワイトハウス――有名なアメリカ合衆国大統領の住まいを模しているようだ。ただしギリシア・ローマ風円柱の正面張り出しは立派な玄関口で、一歩中に入ると天井ドームまで吹き抜け構造だった。

 来場者は金属探知でとがめられることも、ボディチェックもない。

 どうやら、仮装パーティーだったらしい。もっと優雅に言うなら仮面舞踏会(マスカレード)か。

 来場者はびろうど張りのテーブルからマスクやら帽子やらを選んでいた。上着を預けて吸血鬼じみたマントに着替えている者もいた。錫杖やサーベルさえ提供されていた。頭巾を脱ぐと、タウ・ケティマイナーではついぞお目にかかれなくなった獣人やポップチューン系肉体改造を施した客もいた。

 そんな調子だったから、ハードワイヤーの得物さえもノーチェックだった。

 (こんなことならもっと武装しておいても良かったかな……)ドレスに似合いそうなマスクを選びながら思った。

 しかし霧香は、ドレスの下にコスモストリングを着用するのは控えていた。フォースフィールドが探知されてしまうからだ。弾避けのフォースフィールドを纏っていると知られたら大騒ぎは避けられない。

 案内係はすべて人間だ。会場のドアを開けるだけの係さえ配置されていた。燕尾服に白い手袋のそれらに案内され、霧香たちは翼棟(ウイング)のパーティー会場に通された。


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