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12/22

12 豪遊してみた

 今回から3日間隔くらいで不定期連載となります。あしからず。

 霧香は新調のドレスに着替えてリムジンローバーに乗り込み、あえて注目を浴びるため地上走行させ、複合カジノの正面玄関に乗り付けた。

 ボーイが歩み寄ってきた。しかしガルウイング式のドアから車体を揺らせて大柄のイグナト人がのっそり現れると、ボーイはたじろいで足を止めた。

 続いてきらびやかなスパンコールのドレスに身を包んだ霧香が、イグナト人の手を借りながらローバーから降り立った。霧香は対応に困り果てている様子のボーイを振り返ってたずねた。

 「ここは異星人同伴でもいいのかしら?」

 「え~……」

 「ああ、あなたに伺っても分からないわね。いいわ」霧香は20ドル紙幣を渡した。「勝手に入るからローバーをお願い」

 「はっハイお嬢様!」いそいそとローバーの誘導にまわるボーイを尻目に、霧香は煌びやかな正面玄関のアーチをくぐった。

 

 広大なカジノは金のかかった服装の男女で賑わっていた。

 男たちは糊のきいたスラックスにスポーツジャケット姿で、磨かれた革靴、金色の腕時計その他、コロニアルスタイルで正装していた。

 みんな若い女性をひとり、もしくは複数同伴させている。きちんと背広を着た強面の護衛を引き連れている者、チンピラを何人も従えている者がいた。

 (おお、思ったよりずっと退行してるんだ……)

 基本的に威張っているのは男性で、女たちをアクセサリーのようにはべらせている。逆はない。

 大昔の映画か4.0のヒストリカルRPGの世界に迷い込んだ気がした。

 円形ラウンジに沿ってアーケードスタイルの店やドリンクスタンドが建ち並んでいた。

 カジノじたいはラウンジに囲まれた円筒状のフォースフィールドで、漆黒に浮かんでゆっくり回転する下品なメリーゴーラウンドのように見えた。

 メリーゴーラウンドに乗り移るときはは蛍光ブルーの階段を昇ってゆく。慣れない人間は慣性が切り替わる瞬間によろめくが、霧香もハードワイヤーもつんのめったりしなかった。

 霧香は古典的なルーレットで千ドルを赤にかけて勝ち、それを黒にかけてまた勝ち、三度目で全額をすった。聴衆から唸るような溜息がもれた。

 霧香は笑ってシャンパンを干した。

 無愛想なイグナト人を引き連れたセイラ・ブルースは注目を集めていた。

 何人か、霧香の肢体にギラギラした視線を送っている者がいた。余計な2.5ポンドが気になるというものはいないようだ。だがありがたいことにハードワイヤーが周りじゅうに睨みをきかせているので、霧香に言い寄ってくる人間はいまのところいない。

 異星人の闖入に対するいわく言い難い感情の波が、さざ波のようにフロアを満たしてゆく。苛立ち、顰蹙、迷い……しかし誰もが面と向かって抗議するようでなく、カジノ支配人あたりの判断を待っているところ、だろうか。

 霧香は少しガードを下げてみることにした。大きな3Dホロタンクを囲む真鍮の手すりに両肘を乗せてゆったりもたれかかり、ドッグレースの中継を眺めながら呟いた。

 「ハードワイヤー」

 「なんだ?」

 「ちょっと距離を開けて様子見してみましょうか」

 ハードワイヤーは頷いた。

 「よし、それではおれは奴らが異星人になにか売るつもりがあるか、試してみよう」

 ハードワイヤーはのんびりとバーラウンジの方に歩いて行った。行く手にいた人間たちは精一杯さりげなさを装いつつ道を空けてゆく。

 異星人が去ると、霧香はスロットマシーンにもたれかかって、先程からこちらを値踏みしている若い男に視線を送った。その優男が肩に乗せていた珍しい生物に目を留めていたのだ。

 彼はすぐさま行動に移った。颯爽とした足取りで近づいて、霧香の肩に触れ合わんばかりの距離で留まった。

 「ハイ」

 「ハイ」霧香は気のない素振りで応じた。

 「あの恐竜はなんだい?」

 「わたしのお目付役よ……悪い虫がたからないようにって、パパが雇ったの」

 「ほぉ……。でもあっちに行っちゃったぜ」彼は筋金入りのナンパ君だ。「悪い虫」という言葉にたじろぐ様子もない。

 霧香は手すりから身を起こすと、男に向き直った。「なにかご用?」

 「そうかもしれんね。俺はジモン・ヘフナー。あんたここらじゃ見かけないな。他所から来たのかな?」

 「セイラ・ブルースよ。あなた地元の人?」

 「ヘフナーってのは、ここらじゃ名が通ってるんだぜ」

少し残念そうな口調だった。

 「ここら」というのが街を指しているのか、惑星全体をさしているのか定かではなかったが、しかしGPDの要注意リストでもお目にかかったことはない……本人が思っているほど大物ではないのかもしれない。

 「わたしは辺境から来たばかりなの。ねえ、あなたの肩に留まっているふわふわちゃんはなになの?」

 「え?これか」ジモンは肩の緑色の毛皮の塊を撫でた。二本の長い舌がサッと伸びて彼の指を舐めた。

 「まあ可愛い」霧香は恐る恐る指先を近づけた。「噛んだりしない?」

 「どうかな、気をつけな」

  ペットをダシにして女の気を引くのは常套手段のようだ。お決まりの「ワッ」という脅しにおっかなびっくり楽しそうにはしゃいで見せ、彼に調子を合わせ続けた。実際にはアルタイル星系第四惑星から密輸されたソーピーだと分かっていた。

 「こんな子どこで手に入れるの?わたしも欲しいわ」

 「俺が買ってやろうか……?」

 「本当?嬉しい。でもわたし本当に異星の珍しいペットに目がないの。そういうの扱っているお店があるなら、教えてよ。ね?」

 「そこいらの店なんかじゃ扱ってないんだよ。検疫とかなんとかうるさいんだ。分かるだろ?」ヘフナーは少し声をひそめた。

 「なによもったいぶって」

 「そんなことよりさ、どっかに座って、一杯どうだ?」

 「ありがとう!だけど私のお目付役がうるさいの。また会いましょう。連絡してね、わたしのアドレス」

 霧香はブレスレットをはめた右手をヘフナーの上着の胸に這わせた。上着の内ポケットの携帯端末と霧香のブレスレット型携帯端末がアドレスを交換するチャイムが鳴った。

 ヘフナーはかなり大きな宝石をちりばめた純金のブレスレットを見て目を丸くしていた。

 「おっと、そんなの見せびらかしてると、手首ごと切り落とされかねないぜ――」

 言いかけたところでハードワイヤーが戻ってきた。

 「――もっとも、そんな心配ねえかもしれないけど」

 ハードワイヤーは胸が付きそうな距離まで近づくと、ヘフナーを上から下まで眺めて言った。

 「その靴は何の皮でできてるんだ?」

 可哀相なギャングの御曹司は、自分の鰐皮のブーツに目を落とした。

 「オッと、約束があったんだ、忘れてた。俺そろそろ行くよ」言いながら後ずさりし始めている。

 「連絡待ってるわ」

 彼はくるりと身を翻すと、なんとか威厳を失わない程度の早足で去っていった。

霧香は振りかえって相棒にウインクした。「ナイスタイミングよ」

 「会話は聞いていた。あの小僧を揺さぶって情報を吐かせるべきかな?」

 霧香は首を振った。

 「まだいいわ。彼のパパが本当にヤクザの大物なら厄介なことになりそうだし。……念のために聞くけど、トカゲ皮のブーツに腹を立てるなんて、冗談なんでしょ?」

 ハードワイヤーは二インチくらいあるギザギザの歯列を剥きだした。

 「あいにく、動物愛護精神など持ち合わせていない」イグナト人を知っている霧香でなければ、にやっと笑ったとは分からない恐ろしい顔だった。

 「俺がボルガン人の毛皮でこしらえたコートを着た姿は格好良いそ」

ますます冗談なのか分からない。霧香は話題を変えた。

 「カクテルは買えなかったの?」

 「あっち行けといわれた。シッシッというのはどういう意味か知らんが」

 意味が分からなかったのはバーテンにとってさいわいだった。

 「まあ想定内か……バーテンの胸ぐら掴んだりしなかったわよね?」

 「おまえに言われたとおり、黙って10秒間じっと見つめてみたが」

 「その結果がどう出るか……あ、さっそく……」

 大柄でスキンヘッド、立派なピンストライプスーツ姿のアフリカ系男性が物々しい警備員の一団を引き連れ、まっすぐこちらに向かってくる。

 彼は霧香の前に立ち止まると、丁寧な口調で切り出した。

 「お嬢さん」

 「なあに?」

 「申し訳ないが、ほかのお客様から苦情が寄せられましてね」堅苦しいが有無をいわさぬ口調だ。「どこかほかの店に移っていただきましょう」

 「あら、そ」霧香は気のないふうを装って答えた。「その前にもう一杯頂こうかしら……そのくらい宜しいでしょ?」

 「いや、ただちにご退出願う」

 「ただちに?」霧香はハードワイヤーを見上げて面白そうに繰り返した。「どういうこと?」

 「すぐ失せろって意味だろう」

 「お嬢さんどうか……大人しく従っていただきたい」スキンヘッドは霧香を見下ろしていたが、そのかたわらに立つ異星人にチラチラ視線を移していた。

 物々しい雰囲気に気付いたほかの客たちが霧香を遠巻きで眺めていた。何人かは撮影していた。

 スキンヘッドは退役軍人なのだろう。イグナト人を知っていて、店で暴れられたら困ると理解していた。

 膠着状態。

 「そろそろ暴れて良いのか?」ハードワイヤーが唸るような声で霧香に尋ねた。スキンヘッドと取り巻きはギョッとして身構えた。

 「お嬢さん、そのけだものをけしかけるつもりなら、ただでは済まないぞ……」身構え額に汗しながら凄むのはさぞたいへんだろうが、彼はとにかく試みた。

 「けだもの」という言葉にハードワイヤーはニッと歯列を剝きだして「笑った」。

 「エー……」霧香は下唇を舐めた。たちまち懐から銃を出される寸前になっていた。第1ラウンドはこのくらいでいいか……「それではそろそろ――」

 そのとき、良く通る声が霧香の偽名を呼んだ。

 「セイラ、セイラ・ブルース!」

 霧香とハードワイヤーはスキンヘッドの背後、声のかかったほうに首を巡らせた。カジノ警備員の団体もそうした。

 エレクトラ・テイラードが立っていた。

 スキンヘッドの態度が豹変した。「テイラードのお嬢様!」

 「エレクトラさん」

 エレクトラが自信満々の足取りで進み出ると、野次馬と警備員が左右に退いた。

 「ごきげんよう、セイラ」そしてスキンヘッドに言った。「ギャビーさん、彼女は遊覧船で着いたばかりで、この辺のことはよく分かってないの。どうか大目に見てくださらない?」

 「お知り合いなんで?」

 エレクトラは鷹揚な笑みで頷いた。

 「お嬢様がそう仰るなら……」

 「揉め事は起こさないわ。ね?」霧香に聞いた。

 霧香は頷いた。

 スキンヘッドは体面を保ったことに明らかにホッとした様子で、手下に手を振って奥に消えた。

 「ありがとう」霧香は素直に礼を言った。

 エレクトラは笑った。「あなた思ったよりユニークなのね。なかなか変わったお供を引き連れて」

 霧香は肩をすくめた。「パパが心配しすぎなの」

 エレクトラはハードワイヤーの巨躯のまわりを、うしろに手を組んで少女らしい足取りで巡り、興味深げに眺めまわした。

 「大きな異星人さん。イグナト人?」

 「そうだ」ハードワイヤーが唸った。

 「公用語もお上手……人間世界に順応しているのね」

 「なんだ?おれを値踏みしているのか?」

 エレクトラはふっふっと笑った。

 「正直、興味あるわ。だってあなた先ほどの警備員全員くらい、まとめてやっつけられるのでしょう?」

 「まあな」

 興味津々でいるのはエレクトラだけではなかった。高価に着飾った男たち何人かも思案顔で様子をうかがっている。

 エレクトラはくるりと身を翻して霧香に向き直った。

 「それではわたしは行くわ。退屈を紛らわせてくれて楽しかった。どうか私の顔を潰すようなことしないでね」

 「ええ、ごきげんよう、エレクトラ」

 「バイ」

 そうして少女は立ち去った。

 「あいつがテイラードの妹か?」ハードワイヤーがたずねた。

 「そうよ……ここにたまたま居合わせたのって、偶然だと思う?」

 「おれはそういう細かいことは分からんよ」

 「とにかく退散しましょう」

 「デモンストレーションはもういいのか?」

 「まさか。場所変えるだけよ」


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