迷子?
自信があり過ぎるとこんなことになります。
声優フェスティバルは、演劇部を経験した私から見ると演出に物申したい感じの緩いステージだった。
しかし途中で舞台袖から出演予定がなかった山田康雄が登場すると、会場は湧きに湧いた。
青二プロの声優さん中心の舞台だったが、テアトルエコーの山田康雄が出て来るということは、第一回めのフェスティバルということで、声優仲間でも話題になっていたのだろう。
ささきいさおが「宇宙戦艦ヤマト」を熱唱すると、会場が一体となったのを感じた。もちろん、私も小声で一緒に歌った。
心も体も火照ったふらふらした気持ちで有楽町の駅まで戻って来た時、どの駅まで戻ろうかと路線図を見て初めて、帰り道の事を考えていなかったことに気がついた。
がぁーん。
あれ?東京のおじちゃん家まで帰れるかしらん?
春の夜風が、夜も更けた有楽町の駅をピューと吹いていた。
路線図とにらめっこをしている時に、昨日、おじちゃんが池袋からの帰りに使った都電の駅名を見つけた。
やった。これであそこまで帰ればなんとかなる。私は小さい頃から道に迷ったことがない。道に迷いたくてわざわざ細い路地に入ったりして冒険をするのが趣味だったのだが、大抵目算通りの辺りに出て来るのでなかなか迷子になれないのだ。
私は路線を三本程乗り継いで、目標としていた都電の最寄り駅までやって来た。
いつものことで、ここから簡単に帰り道がわかると思っていたが、ここに来て困った。夜が遅い時間なので人通りがあまりない。昼間だと太陽の位置でだいたいの東西南北の方向がわかるのだが、夜なのでそれも当てにならない。ここで左右どちらに進むのか間違えたら大変なことになりそうだ。
右と左を見てみたが、どちらも同じような商店街で昨日どっちに行ったのかわからなくなってきた。
公衆電話から電話をしようと思って、愕然とした。
東京のおじちゃんって、なんていう名前だっけ?
中田は、わかる。東京のおじちゃんは、おじいちゃんのすぐ上のお兄さんだから苗字は一緒だ。しかし小さい頃から父親たちが「東京のおじさん」と言っていたので名前がわからない。
金作? 金治?
なんか名前に「金」がついていたことしか覚えがない。
これは、電話で迎えに来てもらう線は消えたな。なんとか自力で辿り着くしかないか。
私は意を決して、自分の勘が告げる方へと一歩踏み出した。
しばらく歩いて行くと釣り堀が見えて来た。この時の安ど感と言ったらなかった。
やった。おじちゃんが昨日横を通る時に話してくれた釣り堀だ。ここに孫と一緒によく来ると言っていた。
釣り堀から歩いてこのくらいの距離だと思ってたけどなー。
「右に行けば、サザエさんを作ってるアニメスタジオがあるよ。」と、昨日おじちゃんが教えてくれたことを思い出す。
しかし下町の十字路はよく似た通りが多くて、それらしい二つの十字路のどっちだったかわからずに、その二つの十字路を行ったり来たりしていた。
すると、私がウロウロするのを見ていた隣のおばさんが「帰ってきたよー。琴美ちゃんが帰って来た来た!」とおじちゃんちの玄関に向かって叫んでいるのが聞こえた。
・・・やっぱりこっちの道だったか。
隣近所を巻き込んで私の帰りを心配してくれていたらしい。結婚式の当日に迷惑な話である。
やっと帰り着いた私を親族中、近所の人も交えて大騒ぎで迎えてくれた。冒険から帰って来た凱旋歓迎会の様相である。
「電話ぐらいしろっ。」と怒られたが「おじちゃんの下の名前がわからなくて電話がかけられなかった。」と言うとみんなポカンとして呆れかえられた。
その日の夜、チャルメラの音が聞こえて来たので「おいっ、ラーメンを食おうっ。」とおじちゃんが言い出した。真夜中近い時間に、近所にやって来たチャルメラの屋台でラーメンを食べる。
東京って、都会だなぁ~。
私はそんな感慨を胸に抱いて、美味しいラーメンをすすったのだった。
よかったね、琴美ちゃん。