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プロローグ


 ―—まるで長い夢を見ていた様だ、と薄っすらと視界から入るぼやけたままの光景を見つめる。


 随分と、長い時を生きた。いつしか彼が仕えた王は逝き、彼が愛した少女も逝き、盟友の様な立場だった淑女も逝った。同じ時代を生きた仲間達が逝く中で、生き汚く生き残った自分の老いさらばえた身に少しの憐れみと、そしてようやく来たその『迎え』に幾らかの安堵を覚える。若い頃ならともかく、既に七十を超えた老体だ。背中の傷――暴漢に刺され、傷つけられたこの臓腑が生命力の乏しい今の自分の力で回復する事など叶わず、此処が自身の最後の場所かと考え――そして思う。


 ――いい人生だった、と掛け値なしに。


「――ッテ! ――けなさい!」

 三代の王に仕えた。

「――く命です――ッテ! ――ぬなんて、許しません!」

 少しでも良い国にしようと、そう思ったのだ。その為の努力は惜しんだつもりもない。

「――ヤ! いやぁーーーー!」

 その『褒美』は、自身の前で、その美しい顔を涙で濡らした小女王の姿を見る事で分かる。


 ――否。


 既に、その姿は見えない。ただ、感じるのは『そうであろう』という空気のみだ。だが、それで良い。

 この少女は泣かせてしまった、という申し訳なさと。

 この少女に泣いて貰える、という嬉しさ。

 そんな相反する二つの感情を思いながら、逝ける。


 ……無論、欲がないとは言わない。


 この小女王が何時の日か自らの力だけでこの国を切り盛りしていく、そんな頼りがいのある姿を見て見たかった。

 この小女王の伴侶となるべき人間を、この目で見て見たかった。

 そんな人間を連れて来たら、『貴方は果たして、リズ様と釣り合いが取れますかな?』なんて、彼女の亡き父の、或いは亡き母の代わりに因縁の一つも付けてやろうと思った事だってある。


 ――それでも最後は、二人の仲を認めてやろうと、そう思っていたのだ。


 純白のウェディングドレスを着た美しいこの少女に『馬子にも衣装ですな』と言って、そして、嬉しさと寂しさを込めて力いっぱい泣こうと決めていたのだ。父の、母の代わりとして支えて来た自負のある者の義務と、そして権利として。その夢も、もはや叶う事は無いだろう。



 ――だが、それはそれで良い。



 これからも困難はこの少女の前に立ち塞がり、そしてこの少女の上に降りかかるのだろう。だが、この少女には支えてくれる姉がいる。助けてくれる師がいる。きっと、共に笑い、共に泣いてくれる仲間もいる。


 ならば、この老骨の出る幕はもうないのだろう。


「……」

 だから、彼は神に――元々無神論者であったが――神に感謝する。既に自身と世界の境界が曖昧な意識、その意識を手放しかけながら、神に感謝する。後悔のない、本当に、本当に、掛け値なしで素晴らしい人生を――――――







 ――――――――本当に?







「………………」

 既に手の中から零れ落ちそうな意識を掌で掬い、そして救うように、彼は自身のその内なる声に耳を傾ける。


 ――――本当に、幸せだったか?


 幸せだった。幸せだったと言える人生だ、と彼はその『声』に返答を。




 ――――『皆が笑える国にしてねっ!』




「……………っ」



 ――そして、気付く。


 彼の夢を。

 彼の理想を。

 彼の願いとなった、そんな想いを託してくれた少女は。



 ――――愛する、少女は。



「…………」



 きっと、『笑えて』いなかったことに。



「………………」


 手放しかけた意識を、必死にかき集め、そして願う。


 自分の本当の想いに気付いた彼は願う。





 もう一度、逢いたい。ただ、ただただ……逢いたい。





 曇る事のない、笑顔を。


 彼女の綺麗な、綺麗な笑顔を。


 その笑顔を、見たい、と。



 ――そんなものは妄想だと。


 ――そんな事は出来る訳は無いんだと。


 ――きっと、御伽話だと自分でも思いながら、それでも願う。強く、強く、強く、願う。


 薄れ行く意識の中、それでも彼は願い、願い続けて。




「――っ! め、目が覚めたっ! あ、あの! 本当に申し訳ございませんでした!」




 ――神の御業が、悪魔の意思か。




 彼の願いは、叶う。



 幾つもの世界を、幾つもの時代を、幾つもの歴史を越えて。





「…………アン?」




 ――これは、異世界フレイム王国から現代日本に転生して来た男が一人の少女を全力で支え、守り、その少女の最愛の人になろうと手段を選ばず奮闘する物語である。



◆◇◆◇


「……アン……なのか?」

 自身でも呆れるほどの間抜けな声。だが、今はそんな事すらどうでも良い。

「…………へ? え、ええっと……そ、そうですけど……あ、あれ? その……な、なんで私の名前、知ってるんです?」


 髪の色は違う。


 目の色も違う。


 最後に逢った――別れた時よりも、随分幼い。


「……アン」


 でも。

「……アン……」


 でも。それでも。

「……アンっ!」



 ――無性に、愛しい。



「…………は? っ! ちょ、ちょっと! 動いちゃダメです!」

 目の前で慌てた様に両手をワタワタとさせる少女。そんな少女が可愛くて、そして愛しくて、自身の腕に刺さった針がもどかしく、それを勢いよく引き抜く。ベッドの上から飛び降り、その衝撃に少しだけふらつくも、そんな事は意に返さず彼は歩みを進める。

「……アン」

 逢いたかった。

「……アン」

 逢いたかった。

「アン、アン、アン!!」

 ただただ、無性に――逢いたかったのだ。

「ちょ、あ、貴方ね! 何してるのよっ! ちゃんと寝てなきゃ――うきゃぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「――逢いたかった」

 動かない足がもどかしく、それでもそのもどかしすらが彼我の時間を埋めて行く様で、愛しくて、愛しくて、愛しくて、彼はようやっと辿り着いた勢いそのままに少女を抱きしめる。何度も夢に見て、何度も焦がれて、何度も、何度も、何度もこうしたいと願い、そして叶わなかった彼の『夢』は、ようやく叶い――



「――っ! なにすんのよ、この変態っ!!」



 ――叶うと、同時。強烈な『アッパー』が彼の顎を捉え、そして取り戻した意識を再び手放した。


◆◇◆◇


「あ、あの……ほ、本当に申し訳ございませんでしたっ! で、でも! あ、貴方も急に抱き着いて来たりするから……そ、それは貴方が悪いと思います!」

 天に還るときが来たバリに大の字に寝転がった後。

「……すまん。少し、興奮した」

『だ、大丈夫ですか!』なんて、概ね加害者が被害者に掛けるべき言葉でない言葉を掛ける少女に『問題ない』と返し、彼は自身が寝転がるベッドから身を起こして視線を少女に向ける。困惑した様な、それでも『私だけが悪い訳じゃない』と主張する様な意思の強い瞳に。

「……久しぶりだな、アン」

 胸の奥から込み上げる、愛しさ。

 その感情そのまま、およそ人生で彼が浮かべた事の無いであろう、まるで父の様な、或いは祖父の様な、そして愛しい恋人の様な優しい、この上なく優しい笑みを浮かべ。



「………………ええっと…………どこかで、お逢いしましたか?」



 その笑顔が、ピシッと音を立てて固まった。

「……なん……だと……?」

 そんな彼の表情の変化に、少女は慌てた様に両手をワタワタと振って見せる。

「い、いえ! その……す、済みません、私が覚えてないだけですかね? で、でも、多分、お、お逢いした事は無いような……べ、別に、きょうび、昭和のナンパでももうちょっとマトモな口説きかたするな~とか、そ、そんな事は――」

「……待て」

「――思ってませ……は、はい?」

 フォローに必死な彼女。そんな彼女を優しく押し留め、彼はまるで生徒に答え合わせをする教師の様に、微笑を浮かべて問いかけた。

「その……確認するぞ? 君の名前はアン。アンジェリカ・オーレンフェルト・ラルキアで……あっているな?」

「……違いますけど?」

 いきなり、躓いた。

「な、なに? だ、だが、先程君は『アン』と呼ばれて『はい』と答えたではないか!」

「あ……え、えっと……確かに私の名前は『アン』ですけど……その、アンジェ……なんでしったけ?」

「……アンジェリカ・オーレンフェルト・ラルキア」

「その人では無いです。私の名前は杏、結城杏です」

「……ゆうき……あん……?」

 まさかのアン違い。その事実に愕然とした後、彼は慌てて言葉を継いだ。

「で、では、君は私の事を知らない、と?」

「い、いえ! 知ってますよ! むしろ知らないでか! まであります!」

 その言葉に幾分ほっとした顔を浮かべる男。愛した少女が自分の事を知らないなんて、そんなのは悲しすぎる。

「そうか……では、改めて自己紹介をする必要は無いな?」

「は、はい! 本当に済みませんでした、ロクテさん!」

「さっきから謝罪ばかりだな、アン。一体君は――」

 そこで、言葉が止まる。同時、ギギギと、まるで油の切れたブリキ細工の人形の様に視線をアンに戻した。


「…………ロクテさん?」


「は、はい!」

「その……ロクテさん、とは私の事か? 『ロッテ』ではなく?」

「ええっと……ロクテさんって、ロッテって渾名だったんですか? その……済みません、ロクテさんの渾名までは把握してなくて……」

「いや、渾名ではなく、本名なのだが」

「……え?」

「……は?」

 微妙な時間の空白。なんだか気まずく、だが聞かなければいけない雰囲気の中、男――『ロッテ』は言葉を継いだ。

「……私の名前はロッテ、ロッテ・バウムガルデンであっているな? 王都ラルキア生まれで、バウムガルデン家の三男、フレイム王国の宰相を務めていた。あっている……よな?」

「……貴方の名前は六手誠。広島県出身で……家族構成までは知らないんですけど……この三日前から、私の通う天英館女子高校で教鞭を執る予定だった国語教師……です」

「……」

「……」

「……予定『だった』?」

「……つ、付け加えると……出勤初日、ブレーキの壊れた私の自転車に轢かれて頭を強く打って此処、海津中央病院に入院しました。なので……着任は一週間後になっていますです、はい」

「……」

「……」

「…………本当か?」

「…………正直、私も冗談か何かだったら良かったのですが……その、事実です」

「……」

「……あ、あの……って、ろ、ロクテさん! ちょ、看護婦さん! 看護婦さーん!!」

 目の前で慌てるアンの姿を最後に、ロクテマコトこと『ロッテ』は意識を手放した。


▲7話からお読みいただいた方、ありがとうございます。これからがスタートです! シリアスとか知らねな感じでロッテの気持ち悪さ―—じゃなかった、愛の深さを書ければと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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