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▲1話


「……イヤ」

 ゲオルグ、リーゼロッテの説得も虚しく、断固拒否の構えを見せるアンジェリカの説得にロッテに白羽の矢が立ったのは当然と言えば当然。少しだけ足取りも重く、それでもアンジェリカの部屋に向かったロッテに、開口一番アンジェリカは『イヤ』と言って見せた。ソファに寝そべる様に座り、顔だけをロッテに向けた体勢で。はっきり言って、結構だらしない。

「……アンジェリカ様」

「イヤって言ったらイヤ! ぜぇぇったい、イヤ! なんでエリカが国王になれないのよ! だってエリカ、長子なのよ? お姉ちゃんなのよ!」

「……アンジェリカ様とリーゼロッテ様では御身分が違います」

「……だから?」

「アンジェリカ様、貴方はラルキア王国の王族であり、このフレイム王国の正妃です」

「……だから、なによ?」

「爾来、側室の御子よりも正室の御子が、その継承権が上である事は珍しい事では御座いません。それは、生まれの後先に優先される事実です。ですので――」


「そんなの関係ないっ!」


 ロッテの言葉を遮り、アンジェリカはソファから立ち上がるとロッテを睨む。

「リーゼの身分が低いから? 私が、ラルキアの王女だったから? そんな事、なんの関係があるのよ! そんな事が、王族である事が、貴族である事が、それがどれ程貴い事なの? そんな事が、あの愛しくて、可愛くて――哀れなあの子に、なんの関係があるのよっ!」

「……そういうモノに御座います」

「知ってるの? あの子は、『自分が側室の子だ』って、どれ程周りに気を使っているか! 実の父にも、実の母にも甘えられないあの子が、どれ程可哀想か、貴方に分かるの、ロッテ! そんなあの子に、煌めく王冠を授けてあげたいのよっ!」

「……アンジェリカ様」

「だから! だから私は認めない! このフレイム王国の次期国王はリズじゃない! エリカ――エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムが成るべきなのよっ!」

 肩で息をしながら、『きっ』とした視線をロッテに向けるアンジェリカ。そんな視線を受けながら、ロッテは平静を装ってアンジェリカに相対する。


「……分かってる」


 一体、どれ程そうやって見つめ合っていたか。

「……分かってるのよ、そんな事」

 すとん、とアンジェリカが椅子に腰を降ろす。

「……そんなの、我儘だって。私と陛下の間の子であるリズには、フレイムとラルキア、その両王家の血が流れている。それが、どれ程『重要』な事かぐらい、分かっているのよ」

「……そうに御座います」

「でも……それでも……エリカが可哀想なのよ。あの子の為に……私は、何かをしてあげたいのよ……」

 まるで、搾り出す様なアンジェリカの言葉。その言葉に、ロッテも大きく頷いて見せた。

「はい。それは、私もそう思います。エリカ様には然るべき爵位と領地を陛下より下賜して頂くのが妥当でしょう」

「然るべき爵位と領地って……ローラ? それともチタンとか?」

「ローラ、或いはチタンは国政の要所に御座います。王族とはいえ、軽々しく下賜は出来ません。フレイム王国が傾きますので」

「……じゃあ、何処よ?」

「――テラ。ロンド・デ・テラが妥当かと」

「テラ?」

 悩む様に、顎に指をあてるアンジェリカ。しばしそうやって悩んだ後、諦めた様に頭を振った。

「……聞いた事ないんだけど」

「海沿いの、小さな寒村にございます。有史以来、一度も栄える事の無かった領地です。潮風が強く、ために農作物もまともに育たぬ領地です」

 ロッテの言葉に、驚いたの一瞬。

「そんな所にエリカを!? 貴方、エリカを邪魔者扱いする気!」

 やがて、ロッテを怒鳴りつけるアンジェリカ。そんなアンジェリカに、ロッテは指を三本立てて見せた。

「そんな所をエリカ様に下賜する理由は三つです。お聞きになられますか?」

「……なによ?」

「一つ。そもそも、あの領地は不毛の大地に御座います。論功行賞にも使えない、その様な大地は王族に名誉と共に与えるのが妥当かと」

「だから、邪魔者にするつもりかって言ってるのっ!」

「二つ。その様な領地を下賜されたエリカ様に、権力欲に目が眩んだ、魑魅魍魎の類の様なバカな貴族共が群がる事があるでしょうか?」

「……あ」

「エリカ様には陛下の血が流れております。どう言い繕っても、これは純然たる事実で、そしてその『血』はフレイム王国の貴族に取って、喉から手が出る程に欲しい『権力』でもあります。ですが、テラをエリカ様に下賜すれば? 有史以来、一度も栄えた事のない不毛な大地に降った王族を、さて、世の貴族たちはどう見るでしょうか?」

「……王家から放逐された、『邪魔者』に見える?」

「そうです。きっと、『邪魔者』に見えるでしょう。そして私の知る限り、王族の勘気を買うリスクを取ってまでエリカ様に近付こうとする気骨のある貴族は居りませんからな」

「……自由に生きて行けるって事?」

「王城内ではしがらみも多く御座いますので。窮屈な暮らしをするよりは幾分マシかと」

「……三つ目は?」

「テラは貧困な領地です。そして、貧困である以上、領地の経営にかかる経費だって高々知れています」

「……どういう事よ?」

「仮に地方債の引受をエリカ様が依頼されても、フレイム王国としては受けて差し上げる準備が容易に出来るという事ですよ」

「……」

「領地経営に失敗しても、我々の懐で賄う事が出来ます。元々、直轄領ですし、その為の予算は計上してありますので」

「……そう。そっか……」

「はい」

「……分かった。それと、ありがとう。貴方も色々考えてくれているのね」

「アンジェリカ様の為では御座いません」

「あら? エリカの為?」

「リーゼロッテ様とのお約束に御座います」

「……」

「……」

「……ちょっと」

「はい?」

「……ちょっと、妬ける」

「……」

「……まあ、いいわ。それじゃロッテ。エリカにロンド・デ・テラを下賜する様に陛下に進言をして下さい」

「御意」

「それと、もう一つ。これは私からの命令です」

 その言葉に、イヤそうにロッテは顔を顰める。

「……命令、に御座いますか?」

「……なによ、その顔?」

「いえ……アンジェリカ様のご命令は大体ロクな事がありませんので」

「し、失礼ね! そんな事ないでしょう!」

「……」

「……な、なによ?」

「いえ……ご自分の胸にお手を当てて考えて頂ければ」

「むきー! と、とにかく! これが守れない以上、私は延々とごね続けるわよっ!」

「……はあ」

「なによ、そのイヤそうな顔は!」

「……いえ、失礼しました。分かりました。それではお聞きします。お聞きしますが……ですが、アンジェリカ様? 出来る事と出来ない事があります。幾らご命令と言えども、出来ない事はありますので」

「分かってるわよ、そんな事。これは『出来る事』――ううん、ロッテにしか出来ない事ね!」

「……不安になってきたのですが」

「良いから黙って聞く! 私がリズの立太子を認める条件は二つ! 一つはエリカに領地と爵位を与え、王城から出す事! もう一つは――」

 そう言って、言葉を切り。




「――エリカには、本当にエリカが愛した人と結婚させてあげて」




 アンジェリカの言葉に、ロッテは息を呑む。

「……政略結婚なんかじゃなく、本当に愛した人と結婚出来る様にしてあげて。国の都合で、愛した人と引き裂かれる事のない、そんな国にして」

「……あ」

「これは、ロッテにしか出来ない事よ。フレイム王国の宰相である、ロッテ・バウムガルデンにしか」

出来る? と、問うアンジェリカに。



「……約束、しましょう」



 ロッテは、力強く、頷く。


「――この、ロッテ・バウムガルデンの名に掛けて、必ずお約束をします」


「……うん、うん」


「エリカ様を――否、エリカ様だけではなく、リズ様も、その他の誰も、政略結婚の道具になる事のない、しなければならない様な、そんな国ではない、『強い』国を作って見せましょう」


「……うん、うん、うん!」



「誰も悲しむ事のない、誰も辛い思いをする事のない、誰も泣く事のない、そんな国にして見せましょう。愛する人と結ばれる、その彩を、輝きを、喜びを、そのただ、当然の権利を奪う事の無い、そんな国にして見せましょう。誰もが――」




 ――誰もが、『笑顔』になれる国にして見せましょう、と。




「……うん」

「……」

「……貴方なら、出来る。お願い、ロッテ。誰も――誰も悲しまない国にして」

「……はい」

「愛した人と……本当に、愛した人と、笑い合える国にして」

「……はい、はい」

「……」

「……」

「……もし」

「……」

「もし、よ? もし、貴方の様な人が、あの時に居たなら……政略結婚なんかじゃなく、ただ、愛した人に嫁ぐ事の出来る未来を、そんな未来を選択しても良いと、そう言ってくれる人が居たなら」



 ――私の人生も、もう少し違ったものになったかしら、と。



「……戯言です」

「……アンジェリカ様」

「……下がりなさい、ロッテ・バウムガルデン」

「……はい」

 一礼し、頭を上げたロッテの視線の先に。

「……」



 ソッポを向き、瞳に涙を浮かべたアンジェリカの横顔が映っていた。


ここまでお読み頂きましてありがとうございました。次回はプロローグ、これから物語が始まります。

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