▲2話
急に――と言っても、何時だって急なのではあるが、急に始まった隣国ウェストリアとの戦争により延びに延びていたフレイム王国王太子、ゲオルグ・オーレンフェルト・フレイムと、ラルキア王女アンジェリカの婚儀が行われたのはロッテとアンが出逢ってから二年の月日が経ってからだった。時を同じくして、こちらも待たせていたリーゼロッテの側室としての王城入りが王府から発表された。
国内の世論は当然、割れた。
殆ど毎年の風物詩と言っても良いぐらいに頻繁に行われるウェストリアとの小さな小競り合いは、終了したとはいえ何時再開するか分からない。今回のアンジェリカの輿入れがラルキア王国との友好の証であり、それは同時にウェストリアに対する牽制の意味合いを込めているのはフレイム王国民だって当然分かっている。そんな中で、リーゼロッテの輿入れはラルキア王国を刺激する事になるのではないか。そんな世論が噴出し、それは国内の世論の大勢を占めていた。当然、リーゼロッテへの風当たりは強かった。
そんなリーゼロッテを、アンジェリカは常に気に掛け続けた。生来の彼女の気質――と言うより、建国から続くラルキア国民の『優しさ』の気性そのまま、アンジェリカはリーゼロッテに接し続ける。リーゼロッテもそんなアンジェリカの気持ちを素直に受け付けた。王城内では、いつしか二人で楽しそうに談笑する姿が見て取れる様になった。やがて、その輪の中にゲオルグの姿が加わった辺りで、フレイム内の世論も徐々に沈静化していく。ラルキア王国から表立っての抗議が無かった事も影響した。何時しか、フレイム王国に住まう民は世継ぎの誕生を心待ちにする様になった。
だが、中々子宝に恵まれる事のないまま十年の月日が立つ。
暗いニュースの多い時代だった。先王は崩御し、即位したゲオルグの最初の戦争で、フレイム王国はウェストリア王国に敗戦した。景気は低空飛行を続け、一向に暮らし向きは楽にならない。少しでも生活に活力が与えられるニュースを国民は欲し、その期待に――リーゼロッテが応えた。アンジェリカでは、なく。
リーゼロッテ妃、ご懐妊。
国民は狂喜した。親愛なる国王陛下の初めての御子。妾腹である事など関係ない、喜びに満ちたニュースは城下のみならず王国中を駆け回り、誰もが生まれて来る子供の健康と、これからのフレイム王国の未来に祈り――そして、それと同時にアンジェリカの評価は地に落ちる。
側室が『仕事』を果たしたのに、正室は何をしているのか。
子の望めない体では無いのか。
ラルキアは石女を寄越したのではないか。
もしや、フレイム王家の血を絶やそうとしているのではないか。
政略結婚が血の『結びつき』を重視している以上、アンジェリカは『欠陥品』であり続けた。悪意は悪意を呼び、更なる悪意を呼ぶ。表立ってではないも、王城内では実しやかに離縁の話が出てくるほどに。
王城内で『逆風』が吹き荒れる中、それでもアンジェリカはいつも通りにリーゼロッテに接した。妬まず、僻まず、羨まず。リーゼロッテのお腹が大きくなる事に、つわりで苦しむリーゼロッテに、それぞれ一喜一憂した。
リーゼロッテもアンジェリカに今まで通りに接した。自身が先に孕んだ事に幾ばくか抱えていた罪悪感をアンジェリカが笑い飛ばした事も一因にある。リーゼロッテはアンジェリカを信じ、陣痛が始まった時にリーゼロッテはいの一番にアンジェリカを呼んだ。十時間に及ぶ出産の際、リーゼロッテの手を握り続けたのはアンジェリカだった。やがて、リーゼロッテは珠の様な女児を産む。
『う……うわー! か、可愛い! リーゼロッテ! 抱っこ! 私にも抱っこさせて!』
アンジェリカはリーゼロッテの子、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムを愛した。元来、子供好きと云うのもある。時に優しく、時に厳しく、愛を持ってアンジェリカはエリカに接した。『まるで、母が二人居る様だ』と言われる程に、仲の良い家族の群像がそこにあった。
それから一年程して、ロッテは宰相に就任した。
過去、貴族階級、それも飛びっきり上位の公爵や侯爵クラスの貴族でしか就任する事が出来ない『宰相』という、この国のトップの地位にまで登り詰めたロッテは、今までよりも精力的に政務に取り組んだ。自身の身を大事にする事、その事すら厭う様な働きぶりと矢継ぎ早やに放たれる政策の数々。正に鬼気迫るその働きぶりに、王府の人間は畏怖と尊敬を込めた視線を向けた。最初こそ、『平民風情が』とあからさまにロッテを馬鹿にしていた貴族たちも、ロッテの的を射た政策の数々に徐々にその態度を改めていき――そして、いつしかロッテの事をこう呼ぶようになっていた。
――ロッテ・バウムガルデンは『王府』であり、『国家』である、と。
◆◇◆◇
「……いつも苦労を掛けるな、ロッテ」
フレイム王国国王に即位したゲオルグ・オーレンフェルト・フレイムの私室。召喚命令を受けたロッテは片膝を突いた臣下の礼を取ったまま、下げていた頭を上げる。
「勿体ないお言葉に御座います」
「何が勿体ないものか。お前のお陰でこの国は良くなった。正に忠臣の鑑と、そう思っている。これからも励んでくれ、ロッテ」
「はい。陛下の御心のままに」
そう言って一礼するロッテ。忙しい中、わざわざ私室に呼び出したのだ。まさかお褒めの言葉を賜うだけでは無かろうと思い次の言葉を待つロッテの頭上から、躊躇った様な溜息が聞こえて来た。
「……お前に、何か褒美を与えなければいけないと考えている」
「……褒美、ですか?」
「お前の為した施策の数々は、十分報奨に値する物だと私は考えている。だが、私はお前が為してくれた功績に対して何も返していない」
「平民の私を、宰相位に就けて下さったではありませんか。それだけで十分です」
「単純な適材適所に過ぎん。お前の能力を最大限に生かせる『場所』が宰相であっただけで、それ以上でもそれ以下でも無い」
「……有り難きお言葉に御座います」
「それは私の方が言う言葉だ。お前には頭が下がる」
「失礼ながら陛下。国家元首たるもの、臣下の働きにわざわざ『礼』など不要に御座います。ただ一言、『大儀であった』と言って頂ければそれで構いません」
「お前で無ければ私もそうする。だがな、ロッテ。お前は『特別』だ。私の師匠だからな」
そう言って、ゲオルグは屈託なく笑う。
「……だから、私はお前に報いたい。どうだ、ロッテ。何か欲しいモノは無いか?」
今の俺なら、殆どの物は与えられるぞと笑うゲオルグ。そんなゲオルグに、小さく微笑を返してロッテは口を開いた。
「では、陛下。お言葉に甘えて私の望みを申しても宜しいでしょうか?」
「おう、言え言え! なんだ? 爵位か? 金か? 領地か? なんでも構わないぞ!」
嬉しそうにそういうゲオルグに、小さくロッテは首を振って。
「いえ。その様なモノでは御座いません。私が欲しいのは――」
言葉にするのに、少しの勇気が必要だった。
「――陛下と……アンジェリカ様の、『御子』に御座います」
「――っ!」
その言葉に、思わずゲオルグは玉座を蹴倒して立ち上がりロッテを睨む。そんな視線を意に介さず、ロッテは言葉を続けた。
「ご成婚為ってから、陛下はアンジェリカ様の寝室には頑なに足を運ばれようとは致しません。ご承知で御座いましょうが、陛下。アンジェリカ様と陛下の御子はフレイム王家とラルキア王家の血を引き継ぐ御子に御座います。その御子の存在が、フレイム王国の次の千年の発展の礎になるものと愚考します」
「……」
「……」
「……本気で……」
「……」
「……本気で言っているのか、ロッテ?」
チクリと、胸が痛む。
「……無論に御座います、陛下。陛下がアンジェリカ様を『蔑ろ』にされれば、フレイムとラルキアの間に亀裂が入ります。事実、ラルキア王国からもアンジェリカ様の御子様を望む声が強くなっております」
そんな胸の痛みを飲み干し、ロッテは胸を張ってそう答える。
「……」
「陛下」
「……はっ」
立ち上がった椅子に、深く深く腰を降ろして溜息を吐き、ゲオルグは額に手を当てて二度、三度と頭を振って見せる。後、疲れた様に顔を上げた。
「……下賜しろ、と言って貰った方がまだマシだ」
「失礼ながら陛下。アンジェリカ様は『モノ』では御座いません」
「……そうだな。すまん、ロッテ。失言だ。許せ」
「はい」
もう一度、深く深く頭を下げるロッテ。その姿に、戸惑った様な瞳のままロッテを見つめるゲオルグ。が、それも一瞬、もう一度溜息を吐いて言葉を絞り出した。
「……分かった」
「……」
「……お前の望む通り、アンジェリカの部屋に『通う』事にする」
「……はい」
「……実は、リーゼロッテにも言われた」
「リーゼロッテ様に、ですか?」
「……『アンジェリカ様への風当たりが強くなっております。今はロッテ様が抑えて下さっておりますが、それが何時まで続くかは分かりません。どうか、陛下。フレイム王家の正統なお世継ぎを』とな」
「……」
「……俺の周りの人間は、人が好過ぎる」
少しだけ、呆れた様な――それでいて、悲しい笑顔を浮かべて。
「……国王陛下と傅かれても、所詮はこんなものだ。愛する人と、信頼する臣下、その二人にこれ程気を使わせる。なんとも情けない話だな」
「恐れながら陛下。それは陛下の御人徳に御座います。なにも情けない事など御座いません」
「……そうか」
「……」
「……」
「……不敬を」
「ん?」
「……不敬を承知で、敢えて申し上げれば」
「……なんだ」
「陛下の『愛する人』が、リーゼロッテ様だけではなく――」
願わくば、アンジェリカ様も、と。
「……分かった。下がって良い」
「……はい」
もう一度、ロッテは深々と頭を下げ、ゲオルグの私室を後にした。
◆◇◆◇
「……良い月ですね?」
ゲオルグの私室を後にし、見るとは無しに王城内の中庭で月を見ていたロッテは後ろから掛かる声に振り返り、そして臣下の礼を取る。
「……リーゼロッテ様」
「頭を上げてください、ロッテ様。私にその様な礼は不要ですよ?」
ニコニコと微笑みそう言って見せる女性――リーゼロッテの言葉に、ロッテも臣下の礼を解く。
「では、失礼して」
「ええ。側室の身である私に、宰相であるロッテ様が頭を下げる必要などありません」
返答に困る様な事を言うリーゼロッテに、思わずロッテも言葉に詰まる。が、それも一瞬、コホンと咳払いをしてロッテは言葉を続けた。
「恐れながらリーゼロッテ様? リーゼロッテ様は国母様に御座います。リーゼロッテ様の御子様、エリカ様は王位継承権第一位の――」
喋るロッテをリーゼロッテは手で制し。
「何を仰っているのですか、ロッテ様? 王位を継ぐのは陛下とアンジェリカ様の御子様ですよ?」
「……」
「陛下の下に、足をお運びになったのでしょう?」
「……はい」
「では……陛下からお聞きになられましたか?」
「…………はい。私も同じように陛下に進言申し上げました」
小さく息を吐き、ロッテは言葉を続ける。
「……私を恨んでいますか、リーゼロッテ様?」
「恨む? まさか」
「そうですか」
「そうです」
「……」
「……」
「……勿論」
「……はい」
「勿論、私は陛下を愛しております。陛下がアンジェリカ様の――」
一息。
「――いえ、私以外の誰かに、その笑顔を向けるという事実が、堪らなく悔しいのは事実です。狂おしいほどの嫉妬と、狂おしい程の劣情で、この身が焦がれそうです」
「……」
「足元に縋りついて、『行かないで』と泣きたい。その身を離さないように、きつく抱きしめたい。私だけのモノだと、貴方だけのモノだと証明して貰う様に、この身がバラバラになる程力強く、きつく、きつく抱きしめて貰いたいっ!」
とても、とても小さく、囁く様で。
「……そう、思います」
それでいて、まるで叫ぶ様に、力強く。
「……では」
「はい?」
「では、なぜ? そこまで陛下をお慕いなのであれば、アンジェリカ様の下に向かわせる必要も無いでしょう? 貴方が独占して置けば宜しい。なぜ、そうされないのですか?」
まるで、詰問するかの様なロッテの口調。王府の部下であれば震えあがる様な、そんな低い声音に、それでも動じる姿を見せずにリーゼロッテは口を開いた。
「フレイム王国の為です」
「……」
「陛下とアンジェリカ様の婚儀は、ただの婚姻ではありません。ここ百年程無かった、ラルキア王国の姫を迎えた婚儀です」
「……そうですな」
「陛下とアンジェリカ様の御子が、このフレイム王国の正統な後継者であり、その後継者こそが、この国とラルキア王国との架け橋となる御子に成る筈です」
「……その為に……貴方は、自ら身を引かれると? アンジェリカ様に――『敵』に塩を送るのですか?」
「……え? て、敵?」
その言葉に、少しだけ驚いた様な気配と声が伝わってくる。予想とは幾分違ったその反応に、ロッテも視線をリーゼロッテに向けて。
「……ふふふ」
驚いた顔を、楽しそうな笑顔に変えたリーゼロッテの姿を見た。
「……おかしな事を言いましたかな?」
「いえ……ええ、そうですね。確かに私はアンジェリカ様と陛下を奪い合う敵なのでしょう。そう考えれば、ロッテ様の仰る通り私のしている事は敵に塩を送る行為なのでしょうね」
「……そう仰られるという事は、そうではないと?」
「ええ。そうではなく――」
そう言って、飛びっきりの素敵な笑顔を見せて。
「――きっと、私は大好きなんですよ。アンジェリカ様の事が」
「……大好き、ですか」
「アンジェリカ様はとてもお優しい方ですし、とても可愛らしいお方です。私はあの方が大好きで……そして、あの方にも幸せになって頂きたい」
「……それが、陛下の寵愛を受けるという事ですか?」
「……」
「……リーゼロッテ様?」
「その辺りは私の口からは言いかねます。私が感じる幸せと、アンジェリカ様が感じる幸せはきっと、違いますから。ですが、ただ一つだけ。一つだけ言える事は……陛下との間に御子を成さなければ、きっとアンジェリカ様は不幸になられます。そうは思いませんか、ロッテ様?」
「……そうですな。きっと、アンジェリカ様は『不幸』になられる」
「そして、それはフレイム王国に取っての不幸でもあり……そこに住む民、全ての不幸でもあります。ならば私は、それを是としません」
「……自身の幸福と引き換えでも?」
「エリカがおりますので。私には可愛い子がいる。愛する人の間に出来た、可愛い子が。それだけで、十分に幸せで御座いますよ」
そう言って、笑って見せる。そんなリーゼロッテの笑顔をポカンとしたまま見つめていたロッテだが、やがて諦めた様に小さく溜息を吐いた。
「……母は強し、に御座いますか?」
「どうなのでしょうか? ただ……そうですね、単純に私はこの国が大好きなだけなのでしょう」
「……」
「……ですが、それはロッテ様もでしょう?」
「私ですか?」
「良く仰ってますわよ? アンジェリカ様が」
「……なんと?」
「『皆が笑って暮らせる国。きっと、ロッテが叶えてくれる』と」
「……」
「素敵だと、そう思いますわ」
リーゼロッテの言葉に、ロッテが小さく肩を竦めて見せる。
「……そうですね。リーゼロッテ様の仰る通り、きっと私もこの国が大好きなのでしょう。そして、皆が笑える国を作りたいという思いに嘘はありません。誰も悲しむ事の無い国を作りたい」
「……なら、私達の想いは一緒です。恨む、恨まないという話にはなりませんわ」
そう言って、リーゼロッテはにっこりと微笑む。その笑顔につられる様に、ロッテも笑顔を見せた。
「……そうですね。恨む、恨まないと言う話にはなりませんな」
「そうですよ」
そう言って、リーゼロッテは小さく笑い。
「それに……貴方の方こそ、私を恨んでいませんか、ロッテ様?」
「……私が、ですか?」
「『敵』に塩を送ると仰られるのであれば、ロッテ様こそそうではないですか?」
「……なにを仰っているのです?」
「なぜ、陛下がアンジェリカ様の下へお通いになられないか、なぜ、ロッテ様はアンジェリカ様の風評を必死に抑えるか」
「……」
「そして、アンジェリカ様のロッテ様を見つめる視線を足せば、分かり過ぎるぐらいに分かる帰結ですよ、ロッテ様?」
相変わらずの、ニコニコとした笑顔。
「……リーゼロッテ様」
「無論、誰にも言うつもりはありません。王城内でも気付いている方は……カール様ぐらいでしょうか?」
「……」
「ああ、別に責めている訳ではないのです。無論、アンジェリカ様の事だって。ただ……ロッテ様と、同じ想いを共有していると、そう思っただけです。そして……済みません、『私だけでない』という事が、今の私には……その、ちょっと必要です。傷の舐め合いに過ぎないでしょうが」
「……」
「……」
「……この御恩は必ず返しましょう」
「お気に為されないで下さいませ。恩を売ったとは思いませんから」
「では、エリカ様にお返しさせて頂きましょう」
「エリカに、ですか?」
「いつか……そうですな。エリカ様のお立場が悪くなる事の無いよう、私は全力を尽くしてエリカ様をお守り致します。このロッテの名前に掛けて」
「……そうですか」
「……そうです」
「……分かりました。それではロッテ様、どうぞ宜しくお願いします。あの子を……エリカを、守ってやってくださいませ」
そう言って頭を下げるリーゼロッテに、ロッテも同様に頭を下げる。そんな二人を、玉響に輝く満月だけが静かに見守っていた。
◆◇◆◇
エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムの生誕から二年後、アンジェリカ懐妊の報がフレイム、ラルキア王国を駆け回った。二年前同様――否、それ以上にフレイム王国臣民はこの朗報に狂喜した。誰もが無事の出産を願い、やがて生まれた女児にフレイム王国の未来を願った。
エリザベート・オーレンフェルト・フレイム。
輝く栄冠をその頭に抱く事を約束されたその少女と、王位から滑り落ちたもう一人の少女――エリカとの関係は、国民の誰もが驚く程に良好な関係を築いていた。自身の妹であるエリザベート――リズに接する姉と、そんな姉に良く懐く妹。かつて、リーゼロッテとアンジェリカの二人のお茶会であった時間は、ゲオルグとエリカ、そしてリズを含めた五人による家族の団欒の時間となった。端から見ると歪な、おかしな家族関係であっても、フレイム王家は幸せな時間を過ごしていたのだ。まるで、何時までも何時までも続くようなそんな時間。
そんな時間を壊したのはアンジェリカだった。
『何言ってるのリーゼロッテ! 次期国王はお姉ちゃんであるエリカに決まってるでしょ!』
『いいえ、アンジェリカ様。幾らアンジェリカ様でもこれだけは譲れません! 次期国王陛下にはリズ様になって頂きます!』
『何でよ! エリカが可哀そうだと思わないの! 長子なのよ!』
『アンジェリカ様こそ、リズ様が可哀そうだと思わないのですか! 正室のお子様ですよ!』
――ゴネたのだ、アンジェリカは。王位をエリカに継がせろ、と。