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▲3話


「いや~、アンちゃん! 本当に美人さんだよね~!」

「え~? そんな事ないですよ~。私なんて、まだまだですし~」

「いやいや、アンちゃんはなんていうのかな? こう、健康的な美人って感じがするもん!」

「あれ? 貶されてます? じゃじゃ馬って事ですかぁ?」

「違う違う! 褒めてるって! それに……なんだろう? どっかで逢った事あったかな? なんか初対面の気がしないし!」

「なんですか、それぇー。アレ? もしかして私、ナンパされてます?」

「いやいやいや! そりゃ、おじさんがもうちょっと若ければね~。でもまあ、年喰っても独身のヤツも居るしね? ええっと、話が逸れたね? 何処まで話したっけ?」

「えっと……ロッテと出逢った所までです!」

「そっかそっか! まあ、それが俺とロッテとの出逢いってわけだよ! まあ、こいつも今でこそこんな『仙人』みたいな顔してるけどよ? わけー頃はそりゃ凄かったんだからな、アンちゃん!」

「えー! そうなんですか? なんか意外……ロッテって昔は結構『やんちゃ』だったんですね?」

「そうなんだよ! 王府には『ロッテ・バウムガルデン親衛隊』みたいなのがあってね? 近衛騎士団よりも強いって評判だったんだから!」

「そんなにモテてたんですか、ロッテ?」

「何処でもかしこでも告白されてたな、ロッテ。今でこそ、昔ほどではないけど……でも、こないだも告白されてたし」

「………………へー」

「あ、あれ? アンちゃん、ちょっと怖いよ? ま、まあ、そんな女絡みより、コイツは仕事の方が無茶苦茶してるけどな? むかっしから、敵ばっかり作るんだよ、コイツ。ああ、それは今でもか。ホレ、コイツは王府の次長だろう? つうことは上司に王府総長が居る訳なんだが……まあ、この総長ってのがえらく出来の悪い奴でな? だから――」



「……おい」



 いつも通りの裏通り、いつも通りの定食屋、いつも通りの時間、そして、いつも通りのメニュー。今日も今日とて、ロッテに取っての楽しい昼食タイム――の筈が。

「……なんで貴様が此処にいる」

「……ロッテ、俺への呼称が『お前』じゃなくて『貴様』になってるぞ? そんなに怒んなよ。ホレ、此処は天下のラルキアじゃねーか。俺が何処で何をしようが、そんなもん、幾らお前が王府の次長だって言っても許されねーぞ。むしろ、誰が許してもこの俺が許さねー!」

 そう言って視線に殺気すら混ぜるロッテの前で机をバンっと叩き、ロッテの眼前――アンの隣に座っていた席を立った男が右手の親指で自身を指しながら。



「――この、『遊び人のカーさん』がな!」



「何が遊び人のカーさんだ! このドアホがっ!」

 ……まあ、カールである。午前の仕事を終え、いつも通り定食屋に――まあ、心持ウキウキして出掛けたロッテの眼前に旧友と想い人が隣に座って談笑している姿があった。プラスで自身の過去話付きで。ロッテの額に青筋が浮かんでもまあ、仕方ないだろう。

 ちなみにロッテの服のポケットには、アンにプレゼントする為に購入したバレッタが入っている。自身の想いを自覚したロッテはカールを部屋に残したまま、足早にロート商会に向かいフロアで接客中のアントニオを捕まえて、一言。


『金に糸目は付けん。どんな女でも、必ず素敵と言うバレッタを明日までに作れ』


 明日までなんて無理! と言うアントニオを宥め、賺し、煽て……そして脅し、銀細工で造り上げた繊細で、何処となく気品のあるバレッタを先程受け取ったばかりだったから、ロッテ的には出鼻を挫かれた感すらある。

 ……まあぶっちゃけ、やっている事はどこぞの成金の様で随分と感じの悪い話ではあるが……それほど、ロッテも真剣だという事でお目溢し願えれば幸いである。

「おーい、なんだよ~ロッテ、ドアホって。カンジ悪いぞ~」

「そうだーそうだー! カンジ悪ぅ~」

 しかもこの二人、なんだかんだで仲が良い。初対面の筈なのに、自分よりも親し気に話す二人になんだか嫉妬とも憧憬とも付かないもやもやとした感情を抱えたまま、ロッテは渋い顔でコップの水を口に含んだ。眉間に皺を寄せたままのそんなロッテの姿に、二人は顔を見合わせると恐る恐る口を開く。

「……あ、あれ? マジでロッテ、怒ってんの? あれ? 俺、ちょっとふざけ過ぎた?」

「……え? え、ええ? そ、そうなの? その……か、勝手にロッテの昔話なんか聞いたから?」

 無言のままジト目で睨むロッテに、慌てた様に二人の声が並ぶ。しばしジト目を向けたままのカールであったが、諦めた様に小さく溜息を吐いた。

「……別に、怒ってなどいないさ」

「……ホント?」

「嘘を言ってどうする」

 良かった~と心底ほっとした様な表情を浮かべるアンに、表情を緩ませ。

「だ、だよな? 別にロッテ、怒ってなんか――」

「お前は別だ。覚えておけ」

「――いないって、おい! なんで俺だけ!?」

 後、カールに冷たい視線を送る。ちなみに、差別ではない。これは立派な区別である。

「当たり前だ! そもそもなんだ、さっきから。人の評判を落とすような事はするな」

「評判を落とすって……でも、事実だろうが。お前は昔っから、無茶ばっかりしてただろう?」

 ロッテの言い分に、反論を返すカール。そんなカールにしばし言葉に詰まり――そして、ロッテは小さく肩を竦めて見せた。

「……なんだよ、その態度は?」

「言うか言わまいか悩んだだけだ。ただ、そうだな。確かに私のやって来た事全てが褒められる事だ、とは言い切れないし言うつもりもまた、ない。無茶も、それに無理もして来たからな。それについては認めよう」

「だろ?」

「まあ、だからと言ってお前がそれをアンに話しても良い論法にはならんがな?」

 お前、後で覚えていろよ? と言わんばかりのロッテの視線。普段なら『ちょ、ロッテ!』ぐらいに慌てて見せる筈のカールだが、今日は少しばかり余裕の態度だ。そんな何時にないカールにロッテが訝し気な表情を浮かべて。


「えー? だって、しょーがねえだろ? アンちゃんが『是非!』って言うんだからさ~。『私、昔のロッテが知りたいんです!』だって? いやー、普通は興味の無い人の事なんて聞かないよね~、アンちゃん? アレ? あれあれ? モテモテだね~、ロッテ? ひゅーひゅー!」


 ――ニヤニヤと笑いながらそんな事を言うカールを、正直ぶん殴ってやろうかとロッテは思った。

「ちょ、かー、カーさん! な、内緒って言ったじゃないですか! なんで言うんですか!」

 そんなロッテとは対称的、耳まで真っ赤に染めたアンがワタワタと両手を振って見せる。そんな姿に現金なモノ、先程までの怒りは何処へやら、少しだけロッテの表情が緩む。

「いやいや~、アンちゃん? でもさ、言っておかなくちゃいけないでしょ、こういうのは! なあ、ロッテ?」

「……何故私に振る」

「いや、だってこーんな可愛い子が『ロッテに興味がある』って言ってるんだぞ? ねえ、どんな気持ち? いまロッテ、どんなきもちー?」

「……取り敢えず、お前をブッ飛ばしたいな」

 ガチで。

「おー、こわっ! んじゃ、俺はそろそろ行くわ。ホレ、馬に蹴られたく無いし? ねー、アンちゃん?」

「か、カーさん!」

「はいはい。んじゃアンちゃん、機会があったらまたお茶でもしようぜ~」

「お、おい!」

「ちょ、ちょっと、カーさん!」

 ヒラヒラと手を振って席を立つカール。まるでこそ泥の様、素早い動きで店内をすり抜けると、カールはそのままその身を店外に押し出す。

「……」

「……」

「……あ、あはは~」

 後に残されたのは、何とも気まずい表情で互いを見つめ合うロッテとアンであった。


◆◇◆◇


「……ねえ」

「なんだ?」

 カールが帰った後、なんだか微妙に気まずいながらも食事を済ませ、その後はいつも通りの談笑をしていた二人だが、不意にアンが口を開いた。

「ロッテはさ? 結構、無茶をしたって言ってたじゃん?」

「……蒸し返すか、それを?」

 心持、イヤそうな顔を浮かべるロッテにアンが慌てて手を振って見せる。

「あ、ち、違うよ! その……ロッテ親衛隊の話じゃ無くて!」

「……一応言っておくけど、非公認だからな?」

「公認だったらドン引くよ。じゃなくて……その、仕事の事。カーさん、言ってたじゃん? 無駄に敵を作るって」

「……まあな」

「それって……なんで?」

「……なんでが、なんでだ?」

「いや……だってさ? ロッテって王府の人間じゃん? 勝手なイメージだけど、王府の人って、あんまり……こう……働いていない様な……」

「……まあな。貴族が出仕している事もあるし、確かにそれ程一生懸命働く必要も無いと言えばない」

 商会の人間や、農業や漁業をしている人間とは違う。皆が皆そういうマインドで仕事をしている訳ではないが、基本は決まった時間に出仕すれば給料は出るのだ。必死に――例えば政策案を幾つも出したところで、大して給料に反映する訳ではない。ならば、時間内に決まった仕事をするだけで良い、と考える人間もまあ、一定数は居るのである。

「こう……どう言ったら良いのかな? そんなに一生懸命働く必要が……ううん、そうじゃなくて……」

 そう言って、うんうんと唸るアン。その姿をじっと見つめ、ロッテは促す事をせずにアンの言葉を待つ。

「……『どう』なりたかったのかな、って」

「……どう、とは?」

「ロッテって今、王府の次長な訳でしょ? 上から三番目に偉い訳じゃん」

「……まあな」

「それってさ? そこまで登り詰めたかったのかなって。それで、そこまで登り詰めて、それで、そこまで登り詰めたロッテのしたかった事ってなんなのかな~って」

「……ふむ」

 しばし、悩む。

「……なぜ、そんな事を聞く?」

「だってさ? ロッテ、カーさんの話だったらいっぱい無茶して来た訳じゃん? それって、別に作る必要のない……『敵』? 敵を作って来た訳でしょ?」

「……まあ、のんべんだらりと暮らしていれば別段作る必要の無かった敵ではあるな」

「でしょ? だったら……どう言ったら良いのかな? そこまで敵を作ってまで求めた『モノ』って、なんなのかな~って……その、純粋な興味」

 敵なんて、いなければいない方がいいじゃんと言うアンに、瞑目したまま考え込む。

「……前も言ったと思うが、私は元々左遷させられていた。途中、何時でも王府を辞めてやろうと思った事もある。そんな境遇を、殿下に助けて貰った」

「……じゃあ、殿下の為に頑張っているって事?」

「……」

「……ロッテ?」

「……改めて考えて見ると、そうでもない」

「……いいの、それ?」

「いや、この言い方は語弊があるが……だが、そうだな。確かに殿下に恩も義理もある。殿下の為になにかをしたい、という気持ちもある。だが……果たして殿下の為『だけ』に何かをして来たか、と言うとそうでは無い気もするな」

「それじゃ……もしかして、出世欲?」

「私だって人の子だからな。その感情が無いとは言わない。無いとは言わないが……そうであれば、もう少し巧くやる」

「あー……そうね。ロッテはその辺り、なんか巧そう」

「貶しているのか?」

「失礼ね、褒めてるの。でも……それじゃ、なんで? なんでロッテはそんなに敵を作ってまで、一生懸命仕事をしているの?」

「……無いな」

「ない?」

「別段、理由はない。そこに仕事があり、その仕事をこなし、その上で邪魔になる意見を排除して来ただけだ」

「なんで?」

「……純粋に、楽しかったのだろうな」

 左遷させられ、閑職について毎日無駄な時間を過ごしていたロッテ。ゲオルグにより引き上げられ、自身の意見が、想いが、ダイレクトに反映する仕事が無性に楽しかった。

「ただ、それが楽しかったのだろう。私の考えた政策により、この国が良くなっていく姿が、その姿を見るのが……とても、とても楽しかったのだろうな。だから遮二無二仕事をこなし、気付いたら今の地位に登り詰めていた。ただ、それだけだ」

「……そうなんだ」

「そうだな。フレイム王国に生まれ、フレイム王国に育った人間だからな、私も。愛着だって無い訳ではないし、可能であればこの国が良くなる方が良い」

「……うん。そうだね。私も、この国が良くなる方がいいよ」

 そう言って、にっこり笑うアン。その姿を見つめ、そしてロッテは言葉を継ぐ。

「……アンは、何を望む?」

「私?」

「ああ。アンだったら、どうして欲しい? どういう国が良い?」

「……なに? 叶えてくれるの?」

「出来る事と出来ない事があるが、な。定食屋のメニューを無料にしろ、とかは無理だぞ?」

「分かってるよ! っていうか私、そんなに食い意地張ってないし!」

 べーっと舌を出し、その後顎に指を置いてうーんと考え込むアン。そうする事しばし、何かを思いついた様に、それでいて躊躇するようにチラチラとロッテの顔色を窺って見せた。

「……どうした?」

「えっと……あの……笑わない?」

「笑うに決まってるだろう」

「笑うの!?」

「当たり前だ。敢えて『笑うな』というならば面白い話だろう? さあ、言ってみろ。遠慮なく大爆笑をしてやる」

「うー! なんでそんなイジワル言うのよ!」

 しばしのジト目の後、小さく溜息。少しだけ照れ臭そうな……でも、それでも、凛とした表情を浮かべて。



「…………『皆が笑える国』」



「……なに?」

「だ、だから! 皆が笑える国がイイって言ったの!」

「……」

「あ、呆れた顔した! で、でもね、ロッテ? だーれも悲しむ人が居なくて、だーれも辛い思いをする人が居ない国って、凄いと思わない?」

「いや……まあ、確かに凄いが……」

 誰も悲しむ人がおらず、誰も辛い思いをする人がいない、理想の国。それは確かに素晴らしい国だと、ロッテもそう思う。思うが……

「……子供の様だな」


 まるで、御伽噺。


 砂糖とハチミツでコーティングした様な甘い、甘い考えの、そんな国。

「あーもう! 何で笑うのよ!」

 そして、それをアンが言った事が、おかしくて――愛しくて。

「すまん、ついな」

 ついつい、ロッテの顔に微笑が零れる。

「ぶー! いい、ロッテ? 結局ね、国なんて人の集まりなんだから! 人が居ないと何にも出来ないの!」

「その通りだな」

「だったら、その国に住む人、皆が笑って暮らせる国を作るのが王府に勤める貴方の仕事でしょ!」

「……まあな。アン、お前の言う通りだ」

言うは易し、行うは難しの典型みたいなモノではあるが。そんなロッテに、アンは『にへら』と笑って見せる。

「だいじょーぶ! ロッテなら出来るって! 私、信じてるもん! だからロッテ、お願い! 良い国、作ってね!」

「……善処しよう」

「善処じゃダメ!」

そう言って、アンは小指を差し出し、蕩ける様な笑みを見せて。



「――約束よ!」



◆◇◆◇


 いつも通りの昼食を終え、自身の執務室に帰ったロッテ。溜まっている仕事を片付け終わり、うーんと背伸びをした所で自身のポケットに違和感を感じ、そして思い出す。

「……ああ」

 自身のポケットに入った、綺麗にラッピングされた箱の存在を。カール来訪により、すっかり渡す機会を失くした例のバレッタだ。

「……まあ、良い」

 別に今日でなくても良い。機会は何時だってあるし、アンとは明日の約束もしている。柄にもなく急いで行動をしたが、時間を掛けてゆっくりすれば良いとそう思い、ロッテは執務室の机に箱を入れて。



「……ロッテ」



 不意に、ノックもなくドアが開く。

「ノックぐらいしろと、何度言えば分かる?」

いつも通り不満げな顔を浮かべてドア口に視線を向けて文句の一つでも言ってやろうと思ったロッテが――不意に、その口を閉じる。

「……なにかあったのか?」

 何時もなら騒がしいまでの騒音を立ててがなり上げるカールの、何時にない深刻な表情。文句を言い掛けた口を閉じると、ロッテはじっとカールを見やる。

「……ロッテ」

「……本当にどうした、カール? 元気がお前の取柄だろう? なぜその様な鎮痛な表情を浮かべている? ほれ、何時もの様にバカの一つでも言ってみろ」

 普段元気な人間に元気が無いと心配になる。そう思い、笑い飛ばそうとしたロッテの前に深刻な表情――否、沈痛な表情を浮かべたままカールは近付いてくる。まるでこの世の終わりの様なその表情に、ロッテの眉間の皺が深くなった。

「……カール?」

「……いいか、ロッテ。気を落とさずに良く聞け」

「……なんだ?」

「……お前は全然、悪くない。無論、俺も殿下もお前を責めるつもりも、追い詰めるつもりもない。むしろ、俺達が悪い。なにも考えず、なにも思わず、お前を煽った事を本心から謝罪する。すまん。本当に……本当に、すまん!」

「か、カール?」

「なーにが『どっかで逢ったことがあるかな?』だ。ああ、ああ! そうだよ! そりゃ、そうだよな! 逢った事、あるに決まっているよな! だって俺は近衛の団長だからな! そりゃ、逢った事があるに決まってるんだよ!」

「お、落ち着けカール! ど、どうした? 何をそんなに怒っているんだ? 取り敢えず、椅子にでも座れ」

 そう言って、応接セットの椅子を指差すロッテを手で制し、口を開いて。




「――お前が想いを寄せている、『アン』は――」




◆◇◆◇


 いつも通りの裏通り、いつも通りの定食屋、そして、いつもより少し、遅い時間。

「あー! おっそーい、ロッテ! 待ってたのよ!」

 いつもと同じように、窓際の席に座っていた少女は笑顔を浮かべる。両手を挙げ、まるで全身で『待っていた』と体現するようなその仕草にロッテの顔に苦笑が。

「……」

 浮かばない。昼食時が過ぎた為か、がらんとした食堂で一人待つ少女の下にその歩みを進めたロッテは。

「もう! 今日もこれぐらいの時間って聞いてたから食べずに待っていたのに! もうお腹ペコペコだよ! さあ、ロッテ? 早くたべ――」





「――――アンジェリカ様」





「――――よ……う……って………………え?」

 流れる様に、片膝を突いて臣下の礼を取る。

「数々の非礼、平にお許しくださいませ。ラルキア王国第一王女にして、次期フレイム王国正妃……」




 ――アンジェリカ・オーレンフェルト・ラルキア様、と。




「――あ」

「……知らぬ事とはいえ、身に余る無礼の数々、平にお許しくださいませ」


 呆気に取られ。


 悲しそうに表情を歪め。


「…………そっか。気付いちゃった、か」


 ――そして、諦めた様に、笑顔を浮かべる。


「……はい」

「……ごめん。騙すつもりは無かったの」

「……」

「……最初はただ、この国がどんな国か見たかっただけだったの。自らが輿入れをするこの国が、一体どんな国か、それを見たかっただけだったの」

「……はい」

「……貴方に出逢って、貴方が王府の高級官僚と分かって、本当はダメって分かって、もう止めなくちゃダメって思って、でも、貴方と居るのが楽しくて、楽しくて、楽しくて……楽しくて!」

「……お止めください、アンジェリカ様」

「…………楽しくて……」

「……有り難き幸せに存じます」

「……」

「……」

「……行く、ね?」

「……はい」

「……ねえ、ロッテ?」

「……はい」

「最後に……最後に、もう一度だけ、呼んでくれない?」



 ――『アン』、と。



「……それは」

「……」

「……それは……『ご命令』でしょうか?」

「…………ううん、お願い」

「……ご容赦下さい……『アンジェリカ』様」

「……」

「……」

「……そっか」

「……はい」

「……ごめん。本当に行くね」

 そう言って背を向けて歩くアンジェリカの背中を見送り。



 どうして、だろう?




 涙は、出なかった。




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