第三十一話
天英館女子学園学園長、六手理瀬。
齢わずか二十六歳にして、学校法人天英館学園の一校を任せられた彼女の仕事は多岐に渡る。元々、祖父が天英館学園の理事長であるがために任せられた、言わば『お飾り』の地位であり、本来であればそこまで努力など必要は無いのだが――まあ、彼女の性格上、ただのお飾りなどは満足できず今に至る、というのが正直な所である。言ってみれば、自分で自分を忙しく追い込んでいるだけ、と言えば追い込んでいるだけである。
「……はぁ。女捨ててるな、私」
徹夜続きで目の下には隈がある自身のスッピン姿を姿見で見ながら小さく溜息を吐く。ボサボサになった髪を一本に結び、天英館女子指定のジャージ姿な自身の姿は『二十六歳の女性としてどうよ?』と言える姿だ。
「……学生の時の方が輝いてたわよね、私?」
ま、言ってもリーゼはお嬢様だ。裕福な家庭に生まれた、容姿の整った女性。自身を着飾る事もしたし、パーティーなんかにも参加していたのだ。
「……はあ」
もう一度、自身の姿を姿見に映して盛大に溜息。と、同時、ピリリとキッチンタイマーの音が鳴り響く。
「あ! 出来た出来た!」
先程までの深刻そうな表情から一転、リーゼは瞳を輝かせて自身の机に向かう。机の上、ご丁寧に蓋の上に箸をおいてある『1.5倍』と書かれたカップ麺を愛しそうに見つめいそいそと席に付くと箸を加えて蓋を開ける。室内にとんこつの良い香りが漂い、濃厚なその香りを思う存分胸に吸い込むとリーゼはパチンと手を合わせて深々と頭を下げる。
「ひははひまふ」
何をしゃべっているか分からないそんな言葉を喋りながら、はふはふとカップラーメンを美味しそうに頬張るリーゼ。結構いいとこのお嬢様の、なんだか哀愁漂うその姿はちょっともの悲しいモノがある。
「……ずるずる……あー……美味しい……幸せ……」
とろんとした目でそんな事を言うリーゼ。心底幸せそうなその姿は本当に哀愁が漂う。大事な事なので二回言ったのだ。
「――邪魔するぞ」
と、そんなリーゼの幸せな時間を邪魔する様、理事長室のドアがバーンと音を立てて開けられる。普通はノック、プラスして返事があるまで入室は控えるという常識なんて知るか!とばかりの勢いで開けられたドアに最初こそきょとんとした視線を向けていたリーゼだったが、入って来た人物が自分の部下に当たる六手誠、通称ロッテだった事に気付いた辺りで我を忘れた様に声を荒げた。
「ちょ、え!? な、なに勝手に入って来てるのよ! ノック! ノックは!?」
「ああ、済まない。少し急いでいたからな。ノックを忘れた」
「の、ノックを忘れたって! な、なに考えてるのよ! どーするのよ、私が着替え中とかだったら!」
「なに、問題ない」
「も、問題ない? ないワケ無いでしょ!」
「私は君の裸体や下着姿に一切興味など無いからな」
「そういう問題じゃないでしょ! つうか、どーいう意味だ、それぇ!」
これでも学生時代は『美人大学生』として雑誌にも取り上げられた事があるリーゼだ。お前に興味なんかねーから、と言われれば流石に『むっ』ともする。
「まあ、それはどうでも良い」
「良くないわよ! いい? これでも読モになりませんか、って街で声を掛けられるくらいには容姿が整ってるのよ、私! 告白だって一杯されたし! そんな私の裸や下着に興味が無いっての、貴方!?」
「では、興味があります。ぜひ、鑑賞させて欲しい、とでも言えば良いのか?」
「良い訳ないでしょ! バッカじゃないの!?」
「……どうしろというのだ、君は」
そう言って小さく溜息を吐くロッテ。そんな姿に再びむっとして――
「……そう言えば何なのよ? なんか急ぎの用事だったんでしょ?」
ノックもせずに入室し、加えて余りにも無礼な事を言いやがったこの部下に胡乱な瞳を向ける。そんな視線を受け、ロッテは何事も無かったかのようにリーゼの前の椅子に勧められてもいないのに腰を下ろす。
「前にリーゼ、君が言ってただろ?」
「私?」
「そうだ。進学実績を作りたい、と」
「えっと……あ、うん。言ってたけど……」
「今度、アンが模擬試験を受ける。高遠社模試を知っているか?」
「高遠社模試? 知ってるわよ。っていうかその模試、試験会場ウチなんだけど」
「……なに?」
「模試会場で貸して欲しいって言われたのよ。まあ、この辺りではウチの学校、そこそこおっきいし、生徒の利便性も考えてなんだけど……」
ウチの生徒、殆ど受けないんだけどと肩を落とすリーゼ。
「……ま、それは良いわ。それで? そのテスト、受けるの? 杏ちゃん」
「ああ。当然『参加する事に意味がある』なんて、どこぞのアマチュアスポーツ大会の様な生っちょろい事を言うつもりは毛頭ない。やるからには全国上位を目指す」
「……いや、全国上位はちょっと厳しいんじゃない? 松代さんならまだいけるかも知れないけど……」
リーゼはアンの成績を知らない。知らないが、まあそれでも自身の高校に来る『程度』の生徒が、流石に全国上位に入るとは思って無い。別に卑下をしている訳ではなく、事実の確認である。そんな、どちらかと言えば後ろ向きなリーゼの発言に、ロッテはニヤリと笑みを浮かべて見せる。
「まあ、全国上位は少し難しいだろう。来年はともかく、今の時点ではな。だがな? 折が丘の生徒に勝ったとなれば……どうだ?」
「……」
「アンは折が丘受ける予定だったらしい。まあ、色々と不手際が重なって無理だったらしいが……それでも、松代の言を借りるならば勝ち目は十分ある、とな」
そう言って視線をリーゼに向ける。
「勉学は環境も大事だが、モチベーションが何よりだ。名門折が丘の生徒に勝った、と成ればアンのモチベーションにもなるだろうし、それは周りに良い影響を与えるだろう。どうだ?」
「……ま、否定はしないわ。それで? 私にどうしろと?」
「試験は今から一か月後だ。だから――」
一息。
「――今から一か月、特別クラスを編成して欲しい」




