第二十八話
「あ……」
明らかに不機嫌オーラを醸し出すかのように、腕を組んで腕のあたりを人差し指でトントンと叩いて見せるコズエ。その姿に、一瞬怯んだ様子を見せていた中川だったが、無理やり笑顔を作って見せる。
「あ、あはは! 久しぶりだね~、梢ちゃん」
正に本当に久しぶりにあった様に、表情をくるりと変えて見せる中川。明らかに敵意を向けて来る相手に対して此処まで友好『的』な表情を作って見せる中川の胆力はある意味賞賛に値する行動。行動だが。
「貴方に『梢ちゃん』なんて呼ばれる筋合い、無いんだけど?」
そんな中川の行動を一刀両断。思わず表情の固まる中川に、返す刀でコズエは切りつける。
「そもそも、折が丘の進度は然程早くは無いわよ? 行ってる予備校に折が丘の子がいるけど、大して目新しい事をしているとは思えないし。知らない? 加山さんって子だけど?」
「か、加山さん? 加山さんって……加山美香子さん?」
「そうよ。彼女、『進み方はそこまで速くないかも。逆に放任過ぎてちょっと心配。宿題も量が多いだけで問題自体は簡単だし』って言ってたわ」
「も、問題が簡単!? あ、あれで!?」
「ええ、彼女はそう言ってたわよ? 私も、問題を見る限りそう思うし。ああ、そう言えば加山さん、こないだの試験がそこそこ良かったって嬉しそうにしていたわね。ええっと……確か、学年で二番とかだったかしら?」
「……」
「貴方は何番だったのかしら、中川さん?」
「り、凛の順位なんかどうでも良いでしょ!」
「ええ、別にどうでも良いわよ。毛ほども気にならないわ。だって私、貴方にこれっぽちも興味なんてないもの」
「っ!!」
「ただ、興味はないけど貴方の言動が少し勘に触っただけ。ええっと……なんだったかしら? ああ、そうそう。『勉強が出来ても別に偉くないけど、勉強も出来ない貴方は逆に何が出来るのかしら?』だったかしら? そっくりそのまま返してあげるわよ。貴方、加山さんよりもこないだの試験で順位低かったのよね? という事は、貴方は加山さんよりも『勉強』が出来ないって事で良いのよね?」
「そ、それがどうしたのよ!」
「ちなみに私、前回の全国模試は加山さんよりも成績良かったから。貴方は受けて無いのよね、全国模試?」
「……う、うけたわよ!」
「あら、そうなの? 全国順位百番以内に居なかったから、てっきり受けて無いのかと思ってたわ。ちなみに私は全国二十七位だったから」
「……」
「さて……それじゃ、中川さん? 私よりも『勉強』の出来ない貴方に一体何があるのかしら? そんな可愛くない制服まで無理やり着せられて。どうかしらね、中川さん?」
中川の顔、真っ赤である。唯一自分が誇りに思っていた『勉強』の分野で、見下していた天女の生徒に完膚なきまでに叩きのめされたのだ。絡んだのは中川から、と言えど流石に可哀想過ぎる。そんな中川に、救いの手が差し伸べられた。
「こ、梢! 言い過ぎだって!」
「……杏」
流石に可哀想になっての善意の行動を見せたのはアンだ。が、この行動が中川の怒りに火をつける。それでも別に声を荒げて怒り出したりしない程度には中川も大人、侮蔑と嘲笑を表情にありありと浮かべてアンを睨みつけた。
「……ふん。別に杏ちゃんに庇って欲しいなんて言って無いんですケド?」
「……え?」
「そもそも? こず――松代さんだって天英館女子なんて行く成績じゃないし? 東京の私立にでも行かないんだったら折が丘選んで当然じゃない。そもそも、松代さんだって折が丘受けたんでしょ? 松代さんの成績なら当然受かってるでしょうし? なのになんで天女なんか行ってるのかな~? 杏ちゃん、分かってるの?」
「……そ、それは」
「杏ちゃんがいるからでしょ? だから、松代さんはわざわざ天女なんて選んでるんじゃない。別に折が丘でも良いのに」
「……」
「ちょっと。別に私が何処の高校に行こうと、それは私の勝手でしょ? 貴方に一々言われる筋合いないわ」
「そうでしょうね。でもね? 松代さんだって折が丘受けてるって事は、折が丘に行っても良いって思った訳でしょ? それって杏ちゃんが居るからだよね? それだけの為に、松代さんは折が丘受けたんでしょ? でもさ? それって本当に折が丘に入りたい子に失礼だと思わない?」
「別に。さっきも言ったけど、私が何処に行くかは私が決める事よ。確かに、私は杏が行くから天英館女子を選んだわ。でもそれ、貴方に文句言われる筋合いある?」
「ううん、無いわよ? 無いから別に松代さんに言ってる訳じゃないし。私が言っているのは杏ちゃんに言ってるの」
そう言って杏に睨む様な視線を向ける中川。
「……杏ちゃん、中学校の最後の試合も熱が出たのに試合に出て皆の足引っ張ったんでしょ?」
「っ!」
「中川、アンタね!」
アンが息を呑み、エリカが声を荒げる。そんな二人を意に介さず、中川を言葉を続けた。
「今だってそうじゃない。勉強は何処でも出来るって言うけど、それでも環境が良い方が良いに決まってるもん。周りに切磋琢磨出来る子が沢山いた方が成績が伸びるのは当然じゃん。なのに、松代さんは杏ちゃんの為にわざわざレベルの低い高校に行ってるのよ? それが分かってるの?」
これ以上ないくらい醜い表情を浮かべて。
「結局さ? 杏ちゃんって――」
勝ち誇ったその顔のまま。
「――足手まといだよね? 皆の」




