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第二十五話


 海津駅前から程近い喫茶店。近隣の高校の下校時というゴールデンタイムでありながら、どちらかと言えば玄人好みの内装やら雰囲気やらでちょっとばかし高校生には敷居の高いその店の最奥に二人の女子高生が座っている。コズエとアンだ。

「……どうしたのよ、杏。何不機嫌そうな顔をしてんのよ」

『私、不機嫌です』を地で行くような顔で紅茶とアップルパイを頬張るアンに、コズエが――この少女にしては珍しく――いつもの一刀両断な聞き方ではなく、恐る恐ると云った風に声を掛ける。それ程に、いつも天真爛漫なアンらしからぬ態度なのだ。少なくとも、コズエは彼女との長い付き合いの中で、これほど感情を露わにする『結城杏』を見た事がない。

「別に、不機嫌じゃ無いし」

「……トイレ行って自分の顔見て見なよ。フグだってもうちょっとマトモな顔してるわよ? その顔で何処が不機嫌じゃないんだか」

 ……訂正、恐る恐るではない。それでも少しばかり何時もより心持優しめのコズエの態度に、アンはアップルパイに落としていた視線を上げた。

「……いや……だってさ? 先生も絵里香も全然真面目に募金活動してないじゃん! これはボランティア部のちゃんとした部活だよ? なのに二人でふざけてばっかりで……ちゃんと部活動してくれないと困るでしょ!」

 そう言ってアップルパイに『ふん!』と言わんばかりにフォークを突き立てる。その姿に少しばかり戦慄を覚えたコズエは、気を取り直す様にコホンと咳払いをしてコーヒーを口に含む。

「……まあ、杏の言ってる事も分かるけどね。でもさ、杏? 別に今までの部活だって……まあ、言っちゃなんだけど『私語厳禁、全ての作業を集中して能率化を目指す!』みたいなガチガチの活動してた訳でも無い訳じゃない? どっちかって言えば緩く楽しく活動しようって、そんな感じの流れだったと思うんだけど? まあ、それが良いか悪いかはまた別の話としてね?」

「うぐ……」

「ああ、いや。基本は杏の言ってる事が正しいとは思うのよ?」

「で、でしょ! 梢だってそう思うよね!?」

「うん。でもさ? それだったら今まで私達がやってた事はなんなんだって話になるじゃん? まあ百歩譲って今までの事を反省して今日から真面目に取組ますってのは理屈としては分かるけどさ? それでも、そうなんだったら最初にあの二人にもしっかり言っておくべきじゃない? ぶっちゃけ、いきなり杏が怒り出したみたいにしか見えないよ?」

 そう言ってコズエはコーヒーの隣のショートケーキを一口。

「……まあ、何かしら気に食わない事があるんだったら聞くよ? どうせ、今のままで帰ってもまた喧嘩になるぐらいだし……それは避けたいからね、私としても」

 そう言ってフォークの先をアンに向けて見せるコズエ。その姿に『うっ』と言葉に詰まりながら、視線を上下左右にさ迷わせるアン。しばしそうして視線をさ迷わせるも、救いの手が無い事に気付いたアンは上目遣いにコズエに視線を向ける。

「なにそれ、可愛い」

「へ?」

「なんでもない。そんで? 何が気に食わないの?」

「ええっと……べ、別に気に食わないって訳じゃないんだけど……そ、そのね? なんか最近先生と絵里香、仲が良いな~って」

「……良いか、あれ?」

「い、いいじゃん!」

「なんだか認識の齟齬がある気がするけど……そっかな? 先生も絵里香もお互いに好き放題言ってる気がするけど。むしろ犬猿の仲っていうか」

「それはそうなんだけど……その、なんて言うのか? なんか、何にも遠慮なく言い合ってるっていうか……そんな感じがするのよ」

「……ああ。犬と猿じゃなくて猫と鼠の方か」

「猫と鼠?」

「仲良く喧嘩するアメリカのアニメ映画」

「ええっと……何の話?」

「分からないんだったら別にいい。まあ、喧嘩する程仲が良いって言うしね」

「そ、そう! その、二人って本当に仲良さそうに喧嘩するから……な、なんか置いて行かれたっていうか、仲間はずれって言うか……」

「その理論で言うと私は最初から仲間はずれになるんだけど? 先生とそんなに親しくも無いし……私だけ苗字呼びだし」

「……」

「なに?」

「いや……もしかして梢、苗字で呼ばれての気にしてる?」

 アンの問いかけに小さく肩を竦めて見せるコズエ。

「ぜーんぜん。別に名前で呼びたきゃ呼べばいいんじゃない? ぐらいの感じ。差別されてるとも思わないし。だからまあ、先生と絵里香と杏の関係で仲間はずれでも大して気にしない」

「……そっか」

「あ、杏と絵里香の二人に仲間はずれにされたら結構気にするから。それだけは覚えていて」

「し、しないよ!」

 慌てた様にぶんぶんと首を左右に振るアン。そんな姿を満足げに見つめ、コズエはショートケーキをもう一口頬張る。

「そんで? 結局、杏は先生と絵里香が仲良くしてるのが気に食わないってこと?」

「き、気に食わない訳じゃ無くて! な、なんかさ? そ、その……か、感じ悪い事言うようだけど……せ、先生は私に……そ、その……」

「ああ、ベタ惚れだったね」

「ベ――っ! そ、それは……と、ともかく! そ、そんな感じだったのに、今はこう……え、絵里香にべったりっていうか……そ、その……な、なんかそんな姿みたら……こ、こう……胸の中が『もにょ』ってするっていうか……じ、自分でも良く分かんないけど、その……その……え、えっと……」

 耳まで真っ赤に染め、スカートの裾を両手でモジモジと握ったり離したりするアン。きっとロッテが見たら鼻血ものであろうその姿を見つめ、コズエは大きく溜息を吐く。

「……なるほど。そう言う事か」

「え? そ、そう言う事ってどういう事?」

「いやいや。そう言えばアンタ、小中とずっとバスケ漬けだったし、高校は女子高だもんね」

「え? な、何の話?」

「アンタの言う『もにょ』って感情の名前の話」

「な、なにそれ!? この感情、名前があるの!?」

「……あーもう、なんだか馬鹿らしくなってきた。杏、此処はアンタのおごりね」

「ちょ、梢!? なんで私の奢りなの!? っていうか、この感情の名前ってなに!?」

 慌てた様に両手を左右に振る杏をジト目で見やり、コズエは喉まで出ていた溜息を押し流す様、コーヒーとケーキを口の中に放り込んだ。


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