第二十二話
私立天英館女子高校、学園長室。執務机に両肘を置き、額に青筋を浮かべたまま視線をまるで犯罪者――まあ、ロッテだが、ロッテに向けて大きく、本当に大きく学園長六手理世、リーゼは溜息を吐いて見せた。
「……ねえ、ロッテ? 貴方、なんで私に呼ばれたか……分かるかしら?」
なるだけ低くならないよう、心持声を高めに。そんなリーゼの苦労を知ってか知らずか、リーゼの目の前にいるロッテは小さく首を捻った。
「いえ……分かりかねますが」
心底分からない、という表情を浮かべるロッテ。そんなロッテに、リーゼの頬が『ひくっ』と引き攣った。
「……昨日、附属の幼稚園から連絡があったのよ。ねえ、ロッテ? 貴方、私に何か言う事があるんじゃないのかしら?」
今にも怒鳴りだしそうになる自身を鉄の理性で押し込め、リーゼはにっこりと笑う。元々顔の造詣は素晴らしいモノがあるリーゼのそんな笑顔に、ロッテもついっと口角を上げて。
「特にないですな」
「あるでしょうが!?」
冷静に返したロッテに、リーゼが激昂。そんなリーゼの姿に少しだけ驚いた様にロッテが片眉を上げた。
「……何を怒ってるんですか、リーゼ?」
「は? な、なにを怒ってる? え? 貴方、一体私が何を怒ってるか分かんないの!? 昨日、附属の幼稚園で爆発騒ぎがあったでしょう! それ、貴方のせいよね!?」
「何を言っているのですか。あれは有限会社ファイヤーワークスの責任ですよ。火薬の量を間違えたのは彼らですので、彼らの方から附属の幼稚園に顛末書が提出されているでしょう?」
「……え? そ、そりゃ……っ! う、ううん! でも、その会社を呼んだのは貴方でしょ、ロッテ! なら、貴方にも責任があるんじゃないの!?」
「確かに、請け負った仕事を外注に出した以上、発注先が責任を取る事は往々にしてありますね」
「で、でしょ! なら!」
「ですが、幼稚園側から当学園に対する損害賠償か何かが上がっていますか?」
「へ? そ、それは……な、ないけど……」
「幼稚園には今回の侘び料代わりに幾ばくかの謝意金を包みました。尤も現金では受け入れ出来ないという事でしたので、『幼稚園花火大会』を開催する費用提供という形にしておりますが。ファイヤーワークスも責任を感じているのか、普段の花火大会よりも格安で引き受けて貰っています」
「え、えっと……で、でも!」
「ちなみに、園児には全く被害は出ていません。火薬を使う想定の元、十分に距離を取った形で鑑賞をして貰っていましたから。スタントマンにも火傷などの被害はなくエリカ――大沢絵里香の衣装が少し焦げた程度ですな。その衣装にしても私が自腹で購入したものですし……学園に何もご迷惑をお掛けしていない筈です。なので、アレは部活の範疇でのちょっとした事故ですな。これぐらいのものを一々報告しなければいけないなら、バスケ部が試合中に転んだ程度でも報告しなければいけないのではないのですか?」
「んな訳ないでしょう!? バスケ部の怪我とアンタの爆発事故、同列に扱うんじゃないわよ!?」
リーゼ火山、噴火。『火を噴くように怒る』を地で行くリーゼに、ロッテは形だけ頭を下げて見せる。
「そうですか。それは申し訳ございませんでした」
「……もういい」
心の籠っていない事すら誤魔化す気も無いのだろう、そんなロッテの姿にリーゼはもう一度深々と溜息を吐いて見せる。
「……まあね? そりゃあなたの言う通り、表立っての非難は来てないわよ? それどころか、幼稚園の園長からは結構感謝もされちゃったし。あそこも慢性的な金欠だから、園児の喜ぶ行事がして上げれるって燥いでたわ」
「それは重畳」
「でもね? 流石に無問題って訳には行かないでしょう? 一歩間違えれば園児に怪我させていたかも知れないのに、一切責任はありませんって訳には行かないでしょう?」
「まあ……そう言われればそうかも知れませんな」
「だからまあ、報告義務だってあるのよこっちには。そしたらあのハゲ、鬼の首を取ったようにまあ、ネチネチネチネチと……」
「……副学園長ですか?」
「貴方は明らかに私の『派閥』だと思われてるしね。そのせいでまあ、これでもかって程悪く言われたよ」
「それは……申し訳なかったですな」
そう言ってもう一度頭を下げるロッテ。先程までと違い、そこに真摯なモノが混じっている事に緩く安堵の息を吐き、リーゼは体のサイズに似合わない大きな椅子にその身をぐでーっと投げた。
「……まあ、流石にこれでどうのこうのって訳でも無いんだけど……でもさ? お互いにやり難いのはイヤでしょ?」
「確かに。狡い嫌がらせなど歯牙にもかけるつもりはありませんが、面倒で無いと言えば嘘になりますな」
「でしょ? だからまあ、その非難を躱すぐらいはやって欲しいかな? ってのが本音の所なのよ」
「非難を躱す、ですか?」
首を捻るロッテ。そんなロッテに『そ』と小さく頷き、リーゼは言葉を継いだ。
「よくあるでしょ? 年末恒例の募金行事。あれの地方版みたいなのがあるのよ、この辺でも」
「……年末処か年度初めですが?」
「時期が被ったら向こうに全部行っちゃうでしょ? なもんで、こっちは毎年この時期にやってるんだけど……」
そう言って、心持眉根を下げた情けない表情を浮かべて見せる。
「ま、花の女子高生が駅前で募金活動、なんてみんなやりたがらないでしょ? 例年参加者を募るのもキツいのよ」
「……なるほど。それに参加しろ、と?」
「杏ちゃんがしてるのはボランティア部でしょ? 今回なんてがっつりボランティアなんだし……どう? やってくれるかしら? それで今回の件は不問にしておくから」
「私の一存では何とも言えませんが……そうですな、前向きに検討しましょう。というより、むしろ条件が随分『ゆるい』気がしますが?」
ボランティア部の不始末の責任が、ボランティア活動だ。野球部が失敗したから野球をして償えと言われている様なものである。
「まあ、さっきロッテが言った通り、別段ロッテ達の責任って訳でも無いし……実際、被害は出て無いしね。なんで、そういう所で納得して貰おうかなって感じ?」
どう? と問いかけるリーゼにロッテは一つ肩を竦め。
「……分かりました。私の責任、という事でエリカ辺りが渋りそうですが……まあ、説得します」
そう言って、憂鬱そうに溜息を吐いた。




