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第二十一話


 ――幼児向けの演劇


 話だけ聞くと『なんだかな~』と思うようなこの単語。実際、自己紹介を兼ねた挨拶の場面では幼児……特に年長の生意気な子供たちに『素人の演劇? だっせー。子供だましじゃん』なんて揶揄われたりしたが、アン、エリカ、コズエの迫真とも呼べる演技に、イキって見せてもそれでもまだまだ子供の幼児たちは一気に劇に引き込まれていった。

「……お疲れ様です、先生」

「アンか? お疲れ」

 保育園に隣接する体育館の機械室に籠り、一人で音響、スポットライト、進行を管理していたロッテは、後ろから掛かるアンの声に振りかえりもせずに声だけで応える。目線すら合わせようとしないロッテを別段気にする風もなく、アンはロッテの隣に腰を下ろした。

「お茶と水とスポーツドリンク、どれがいい?」

「ああ……じゃあ、スポーツドリンク、頂けます?」

「了解だ」

 右手で器用に機材を操りながら、空いた左手でスポーツドリンクを渡すロッテ。まるでピアノを弾くような華麗な動きを繰り広げるロッテの手と、舞台上で目まぐるしく変わる音と光の演出を感嘆の声を上げながら見つめ、アンはスポーツドリンクに口を付けた。

「……凄いですね、先生」

「そうか? これぐらい――『それがどうしたの? 貴方が仮に世界の敵だとしても私は貴方の親友よ』」

 左手で器用にテーブルの上のマイクを引っ張り、ロッテはそう口にする。と同時、舞台上で固まっていたコズエがロッテの言葉をそっくりそのまま復唱する。

『……それがどうしたの? 貴方が……貴方が、仮に世界の敵だとしても……私は、貴方の親友よ!』

『……コズエ』

 一瞬の間を利用して情感を込めた台詞を吐き出すコズエ。その姿に再び感嘆の息を上げて、ロッテに視線を向ける。

「……これもですけど……先生、全部台詞覚えてるんですか? 台詞が飛んだら『コレ』から指示が来ますけど……今も、台本捲ってる感じはしないし」

 自身の耳の中――イヤホンを弄りながら、そう口にするアンに、ロッテの返答は何時もに比べて素っ気ない。

「自分で書いたモノだからな。覚えてるに決まってるだろう」

「……それが凄いんですけどね」

「そんな事は無いさ。好きなモノなら誰だって真剣になるだろう? それと一緒だ」

「演劇、好きなんです?」

「嫌いではない。嫌いでは無いが」

 そう言って、ロッテは機材の手を止めて穏やかな微笑みをアンに向ける。



「『アンと何かをする』と云うのが好きなのだ」



 言葉が耳朶を打つのは一瞬。

「――っ! そ、そういう恥ずかしい事を、良くも照れずにもまあ言えますよね!?」

 意味を理解するのに、もう数瞬。顔を真っ赤にして立ち上がり『うがー』っとばかりに言い募るアンを面白そうに見つめてロッテは口を開く。

「好きなモノは好きだからな。嘘を付いても仕方なかろう」

「で、ですが! あー……もう! 先生なんて知りません!」

 頬の火照りは取れそうもない。そんな自分の顔を見られるのが嫌で、アンはふんっとばかりにそっぽを向いて見せる。

「悪かった。詫びるよ、アン」

「知りません!」

「お詫びと言ってはなんだが、今度『びーどろ亭』のケーキをご馳走しよう。新作が入ったらしいのでな」

 ロッテの言葉にピクリとアンの耳が動く。まるで猫の様なその仕草に笑いを含みながら、ロッテは言葉を継いだ。

「どうだ?」

「あー……非常に惹かれるものがあるのですが……二人きりは……ちょっと」

「……イヤか?」

「そんなあからさまに落ち込んだ顔をしないでください! ちょ、ちょっと恥ずかしいって言うか、なんだか照れくさいって言うか……そ、その……べ、別にイヤじゃ……ない、です」

 最後の方は消え入るようなアンの声。が、ロッテイヤーは地獄耳、きちんとその言葉を捉えたロッテの顔が嬉しそうに破顔する。

「そうか! イヤでは無いか! なら――『ちょっと! そこは私の席よ! 何してるの!』今回は松代とエリカも加えた四人で行こうか! 今回の打ち上げという事で!」

「……落ち込んだり喜んだり忙しいのに、それでもきちんと舞台に目を向けてはいるんですね?」

 しかも、その間も指の動きは止まらずに音響効果などを続けているのだ。ある意味……というかそのまんま、多芸の極みみたいなモンである。

「……まあ、喜んで頂けた様なので何よりです。それじゃ先生、私は舞台に戻りますね? そろそろ出番だし」

「……もう戻るのか?」

「……そんな寂しそうな顔をしないで下さいよ」

 まるで捨て犬の様に眉根を寄せたロッテに苦笑を一つ。アンは掛けていた椅子から立ち上がると『うーん』と背伸びした。

「……さて! それじゃ行きますね? 次は絵里香とのバトルシーンだけど……先生、本当にアドリブで良いんです?」

「問題ない。そろそろ、スタントマン達も来る頃――」

 ロッテの声と同時、機材室の扉がトントントンとノックされる。『どうぞ』というロッテの声と共に、機材室の扉を開けたのは白いタオルをねじり鉢巻きの様に額に巻いた小太りの男性だった。

「六手さん、お世話になります」

「ああ、貴方でしたか。どうされました?」

「一応、準備の方が完了しましたのでそのご報告です」

「そうでしたか、ありがとうございます。済みませんね、無理を言って。リハーサルもなしのぶっつけ本番は少々厳しいのでは?」

「いえいえ。これも仕事ですし……それに、腕がなりますよ!」

 そう言って腕をポンポンと二度叩いて見せる男性。そんな男性に、アンは一歩前に出て頭を下げた。

「そ、その! 私、結城杏って言います。今回の舞台をしているボランティア部の部長で……今日はよ、よろしくお願いします!」

「へ? あ、ああ! こちらが六手さんの教え子の? 失礼、私は有限会社ファイヤーワークスの社長をしています、近藤と申します。今日はよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ! その……ロッテ……じゃなくて、六手先生も言っていた通り、ぶっつけ本番で申し訳ございません」

「ああ、それは別に構わないよ。まあ、練習できた方が良いっちゃ良いけど……でも、それもお金が掛かるしね~。ある意味、こっちの方が良かったかも」

 そう言って屈託なく笑う男性に、アンの表情にも笑みが掛かる。

「そうなんですか……練習をして貰うにもお金、掛かるんですね」

「そりゃそうだよ。一応、プロの技だしね」

「そうですよね。私、全然――」

「火薬だってタダじゃないしね~」

「――演劇の事とか………………火薬?」

 言葉を切り、はてな顔を浮かべて見せるアン。その姿に、首を捻りながら近藤は口を開く。

「今回の演劇、派手な爆発演出するんでしょ? 怪人を爆発させるとか! いや~、僕もちっさい頃から特撮好きでさ! 何時かは怪人を爆発させたいと思ってたんだ! その為にこの仕事を始めたって言っても過言じゃないしね!」

 嬉々とした表情を浮かべる近藤とは真逆、アンは顔面を蒼白にさせながらロッテに慌てて視線を送る。

「ろろろろろロッテ先生!?」

「彼は特殊効果担当の近藤さんだ。爆発などの特殊効果に関してはこの辺りでもピカ一の会社だと聞いてな。演出を依頼した」

「す、スタントマンは!」

「そちらは別の会社にお願いしてあるぞ?」

「え? ちょ、ちょっと待って? それじゃなに? この人は爆発の為だけに呼んだって事!? っていうか、許可は!? 幼稚園に許可、取ってるんですか!?」

「『少々派手な演出をしますが、危険はありません』と伝えてある。まあ、ぶっつけ本番なのでどれ程の威力かは私も知らんが……まあ、問題なかろう。ですよね、近藤さん?」

「ええ、大丈夫です! 私達もプロですので! そうだ! 折角だし、一回やってみましょうか? 一応、不発も想定して多めにセットしてるんで」

「それは良いですね。それでは――」



『――はっはははは! 残念だったわね、梢!』



「――ふむ、丁度良い。近藤さん、エリカ――ああ、あの舞台の真ん中で高笑いしている女子です。彼女はこれから名乗りを上げますので、それに合わせて爆発させて貰えますか? 起爆装置は?」

「リモコン式を持っていますので大丈夫です。それでは見ていて下さい!」



『――そう! 私の名前はエリカ! ダーク星からやってきた、ダークナースメイド、セクシー・エリカ!!』


 登場のポーズをビシッと決めるエリカ。胡乱な表情で見つめるコズエ。リモコンの起爆スイッチを押し込む近藤。



『――って、きゃああ! な、なに!? なんで爆発して――あつっ! ちょ、ちょっと! なにこれ、熱いんだけど!』

『え、エリカ! 服! 服に火花が付いてる! ちょっとじっとして!』

『すげー! ボンってなった! ボンってなった! 格好いい!』

『……びえーーーーーーーーーーーーーん! 怖いよ~! お母さん!』

『お、落ち着いて! 皆、落ち着いて!? だ、大丈――きゃ、きゃああ!』

『先生~……おしっこ、漏れちゃった……』

『だ、大丈夫! 大丈夫だから泣かないで! ね?』



「……」

「……」

「……」

「…………やはり」

「……」

「………………リハーサルというのは大切だな、アン?」

「………………って、そんな事言ってる場合ですか!」

 若干うつろな目を向けるロッテを背に、アンは舞台に向けて走り出した。


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