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第二十話


「……お疲れ様だ」

「つ、疲れた……」

「……はあ……」

「……ふう」

 部屋の中央に置かれた机。その机を部屋の左右に動かし、中央を広く開けたスペースでアン、エリカ、コズエの三人はロッテの言葉と同時に張りつめていた空気を溶かす様、大きく息を吐く。そんな三人の姿を苦笑交じりに見つめ、ロッテは机の上に置かれた買い物袋からお茶を三本取り出すと、それぞれの前に置いて回った。

「重ねて、お疲れ様だったな。これで明日の本番までの稽古は全て終了だ。三人ともよく頑張った」

「あー……もうマジ無理! 演劇部だってこんなハードな練習してないわよ!」

「そうか? 本職はもう少し練習していると思うが」

「してないわよ! なによ、通し稽古ぶっ続けで八時間って! ウチの演劇部は精々一時間程度しか練習してない、弱小演劇部なの! あそこは練習一時間やったらあとは毎日缶紅茶とクッキーでお茶会してんだから! 放課後ティータイムなの!」

「それは……ああ、まあ、だから弱小なのか。しかしな? そんな演劇部よりも練習しているんだ。エリカ、君は元々演技の才があったが、それでもこの練習でスタート当初より格段に上達したと思うぞ?」

 ロッテの言葉にエリカが『うぐぅ』と言葉に詰まる。が、それも一瞬、直ぐに思い出したかのように口を開いて気炎を上げた。

「そ、そうかもだけど! 私らはボランティア部なの! 演劇部より練習して巧くなってどうすんのよ!」

「乗っ取ってみるか? 第二演劇部なんてどうだ? 流行りじゃないのか、『第二』とか『第三』とか付けるの」

「どこの流行よ、それ!」

「東京も第三まであるんだろう?」

「旧世紀の話よ、それ!」

「冗談だ。まあエリカはともかく、アンは格段に技量が上達しただろう。最初のザ・棒読みに比べれば上手くなったと思うがな?」

 視線をエリカから外し、それと同時に小馬鹿にする様なそれから優しいモノに変えるロッテ。そんな視線を受け、照れくさそうにアンは頬を掻いた。

「え、えへへ……ま、まあ、まだまだエリカよりは全然下手くそなんですけどね? でも、上手くなったかな~とは思います」

「なったとも。君は十分に上手くなったさ。後はその練習量が無駄にならない様にするべきだが……アン、体調は大丈夫か?」

「すこぶる健康です! むしろ、今は早く子供たちの前で劇を披露したいな~って気持ちでいっぱいですよ!」

 そう言って握りこぶしを作って『むん!』なんて言って見せるアン。その姿に苦笑を浮かべながら、ロッテはコズエに視線を向けた。

「松代、今日は君の家に泊めてやってくれ」

「了解しました」

「ちょ、ちょっと! 先生も梢もなんでそんな事言うんですか! 大丈夫ですって!」

「……アンタは昔っから遠足の当日に熱出す子でしょうが。百歩譲って熱が出なくても、楽しみにし過ぎて寝付けなくて寝過ごして遅刻なんかされたら困るの。絵里香? アンタん家に泊まるから」

「あ、あはは……うん。杏? 私もその方が良いと思うわよ? 大丈夫! ちゃんと起こしてあげるから!」

 目を逸らしながらそんな事を宣うエリカに、アンの頬がぷくーっと膨らむ。まるでフグの様なその顔を見つめながら、ロッテが口を開いた。

「……なんだか可愛らしいな、その顔」

「ぶふぅ! せ、先生!」

「じょうだ――まあ、冗談ではないが。ともかくだ。三人とも、今日は早く帰ってゆっくり休め。エリカの家に泊まるのは構わないが、夜更かしは厳禁だぞ。くれぐれも早く寝る事。いいな?」

 ロッテの言葉に、アン、エリカ、コズエの順で頷く。その仕草を満足げに見つめていたロッテの視界に一本上がる手が見えた。コズエだ。

「どうした?」

「質問ですが、よろしいですか?」

「構わんよ」

「ありがとうございます。今回の演劇で、エリカとアンが戦うシーンがあるじゃないですか?」

「あるな。男子諸君への見せ場のシーンだ」

「そこのト書きが『アン、適当に暴れる(アドリブで)』になってるんですが、これはこれが正解ですか?」

「……」

「……どうしました?」

「いや……確かにそこに関してはアドリブ指定をしていたのだが……まさか本番前日に聞かれるとは思わなかったのでな。納得してくれているのかと思っていた」

「先生の事ですからきっと上手くやるだろう、とは思っていました。ですが流石に前日まで説明無しは少し。その前の『さあ、やっておしまい!』って云う絵里香の明らかな三下っぽいセリフから、有志の人に手伝って貰うのかと思っていましたが」

「三下って何よ、三下って!」

 エリカから抗議の声が上がるも、軽くスルー。コズエは頭に疑問符を浮かべたままロッテにそう問う。

「別に隠していた訳ではないが……まあ、お察しの通りだ。そこはエキストラを雇う。なに、心配はいらない。プロのスタントマンを雇ったからな。アンは何も気にせず、適当に暴れてくれればよい。それに合わせて派手にやられてくれる」

「……スタントマンを雇った?」

「そうだ。どのみち、私の書いた脚本では三人では演者が足りんからな。無いモノを何処からか調達するのは基本だろう?」

「いえ、基本ですが……ええっと、そのスタントマンの人は知り合いか何かだったりするんですか、先生の?」

「全く。ただ、ある程度有名なスタントマン事務所らしいからな。問題なかろう。無論、報酬は支払う」

「……どっから出るんですか、その報酬。部費、そんなに余って無かったですよね?」

「私のポケットマネーから支払うさ。なんの問題もない」

「ポケットマネーって。ええっと……先生、実はイイトコのボンボンだったりします?」

 探る様なコズエの視線。そんな視線を受け、ロッテは肩を竦めて見せた。

「まさか。しがない一サラリーマンだ」

「趣味貯蓄、とかですか?」

「それも違うな。先日まで一週間、学校を休んでいただろう? その時に巧い金儲けの方法を知ってな。ちょっと稼がせてもらっただけだ」

 ロッテの言葉に、エリカの眉がピクリと上がる。

「……なにそれ? スタントマン雇うって、結構なお金が要ると思うんだけど……一週間やそこらでそんなに稼いだの? まさか……その、『ヤバい』仕事じゃないでしょうね? 危なく無いの?」

「案ずるな、健全で合法で真っ当な金儲けだ」

「……何よ、それ? そんなのでスタントマンが雇えるほど稼げるの?」

「……なんだ? 気になるのか? もしかして心配してくれてるのか?」

「だ、誰がアンタの心配なんかしてるってのよ! そ、そうじゃなくて……そ、その、顧問が捕まったりしたら、ボランティア部が廃部になるかも知れないでしょ! わ、私はそれを心配してるの!」

 照れ隠しからか、顔を真っ赤に染めてそんな言葉を紡ぐエリカ。そんな態度を微笑ましいものでも見つめる様に見つめ、ロッテは言葉を続けた。

「心配しなくても良い。『株』というものをやってみただけだ」

「だから心配なんて――株?」

「知らないのか? 株と言うのは、会社が発行する――」

「知ってるわよ! そうじゃなくて……その、『株』ってそんなに儲かるの? っていうか、元手が無いと厳しいんじゃないの? 先生ぐらいの若さで、貯蓄もそんなにないのに、どうやって株で儲けるのよ?」

 疑わし気な表情を浮かべるエリカ。否、エリカに限らず、アンもコズエも一様に訝し気な表情を浮かべている。そんな三人にきょとんとした顔をして、ロッテは言葉を継いだ。

「株には『信用』という取引方法があって……まあ、簡単に言えば元手の数倍をベット出来るやり方だと思って貰えば良い」

「し、信用って……それ、失敗したら大損するやつじゃないの!?」

 エリカの言葉に、ますますわからないと言った風にロッテは首を傾げて。



「……失敗? 株の取引でなぜ失敗するのだ?」



「「「…………は?」」」

「いや……だって、株だぞ? 株価が上がる会社の株を買って、値段が上がれば売るだけだぞ? まあ反対、つまり下がる会社の空売りと云う方法もあるが……どちらにせよ、注文ミスなどの余程の間抜けが無ければ、失敗などしようが無かろう?」

「……」

「……」

「……」

「……な、なんだ、三人して? そんなに変な事を言っているか、私は?」

 彼にしては珍しく狼狽えた仕草をして見せる。アン、エリカ、コズエは順々に視線を合わせ、やがてアンが代表する様に口を開き。


「……それが変だと思わない先生が変だと思いますよ?」


 漏れた声は溜息交じりのものだった。


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