第十三話
脚本が――まあ、手直しが若干あったが――ともかく、完成した翌日、台本を手に持ったロッテの周りに集まったアン、エリカ、コズエの三人は各々台本を持ち、声に出して台詞を読み上げていた。所謂、演劇用語でいう所の『読み合わせ』である。読み合わせ、であるのだが。
「……」
「……」
「……」
「……な、なによ?」
ロッテ、アン、コズエの視線を受け、たじろいだ様にエリカが視線を右往左往させる。そんな姿を見やりながら、代表する様にロッテが口を開いた。
「いや……無い無いと思っても人には特技があるものだが……なんだ、エリカ、君は……その……凄いな」
「は、はぁ? な、なによ? 何が凄いのよ!」
「いや、絵里香? 私もびっくりした。なに? アンタ、本気でアカデミー賞……とまでは行かないでも、そんじょそこらの演劇部よりも全然いけるんじゃない?」
「そ、そうだよ絵里香! 凄いよ! 本当に凄く巧いよ!」
そう。
三者三様、誉め言葉しか出てこない程に、エリカの演技は巧かったのだ。殆ど手放しの賞賛に、絵里香が照れくさそうに毛先を弄りながら、それでも嬉しそうにチラチラと視線を三者に向ける。
「そ、そう? そ、そんなに上手だった?」
「いや、今までの非礼を詫びよう、エリカ。君の演技は賞賛に値する。台本を書いたものとして言わせて貰えば、君の演技と『エリカ』のキャラクターは完璧に一致する。いや、書き手冥利に尽きるというモノだ。なんだ、出来るなら最初から出来ると言いたまえ」
「うん。まるで『エリカ』が絵里香に乗り移ったっていうか……私は演劇は詳しくないけど、凄く巧かったと思うよ? ハマリ役だよ、絵里香。アンタ、やれば出来るじゃん」
「ちょ、ほ、褒めるんならちゃんと褒めてよね! なによ、そのちょっと小馬鹿にした感じの褒め方! わ、私だってやるときはやるわよ!」
口ではそんな事を言いながら、それでも口元をもにょもにょとさせて嬉しさの隠しきれない表情を浮かべるエリカ。余り褒められ慣れてないのだろう、体中から『もっと褒めて!』オーラを出すエリカ。きっと犬であればまるで振り切れんばかりに尻尾を振る光景が幻視出来そうなそんな姿に、ロッテが笑顔を浮かべて。
「いや、本当にだ。この『エリカ』は悪の総統ながら、それでも微妙に『小物臭』を出す人物として書いたのだが……まるで君自身の様だな」
「……は?」
「うん。本読んでる時から思ったけど、この『エリカ』ってそこはかとなく小物の香りがするのよね。そんな所が絵里香にぴったりって言うか」
「…………は?」
「分かるか?」
「はい、分かります。なんでしょう……ああ、小悪党!」
「それだ」
「ちょぉぉぉっとーーーーーーーーーーーー!!」
ロッテとコズエのやり取りに、すかさずエリカの突っ込みが入る。まあ、うん、当然と言えば当然ではあるが。
「アンタらね! 人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよね! なによ、小悪党って! なによ小物の香りって!」
「ああ、すまない。決してバカにした訳ではないんだ」
「そうよ、絵里香。バカにした訳じゃないんだよ?」
「信用できるかっ! なによ! 褒めるんだったらちゃんと褒めなさいよね! よりにもよって小物臭だなんだと……いい加減にしてよ!」
うがーっと声を荒げるエリカ。そんな姿を見つめてやれやれと困った様に首を左右に振り、コズエは言葉を続けた。
「……ま、絵里香はともかく」
「ちょっと!? なんで私が我儘言った、みたいになってんの!? おかしくない!?」
「ともかく! 問題は……」
そう言って、チラリと。
「…………もうちょっと何とかならないの?」
「う、ううう……す、すみません……」
部屋の隅でちっさくなってるアンにその視線を向ける。じとーっとしたコズエの視線に耐えかねたのか、アンが小さく抗議の声を上げた。
「で、でも、仕方ないじゃん。私、人前で大きな声出したりとか……に、苦手だし」
「限度ってモノがあるでしょうよ。っていうか、私らの前ですら『アレ』ってどうなの? 苦手とか、そういうレベルじゃない気がするんだけど……?」
「う、うぐぅ……」
そう。
絵里香が予想以上に上手だった反面、アンが予想以上に『ポンコツ』だったのだ。相変わらずじとーっとした視線を向けるコズエに、ロッテからのフォローが入った。
「まあ、そう言うな。時間はまだあるし、これから練習をすれば良いだろう。アン、月並みだが観客を全員、カボチャやナスだと思え。野菜相手に劇をしていると思えば緊張もしないだろう?」
「……無理ですよぉ。野菜相手だと思えって言われても、そんなの思えるワケないじゃないですか」
「……まあ、それはそうだな。私もこの緊張をほぐす方法を見た時にはあまり良い方法では無いと思ったから。それで緊張が解れる程の精神力があれば、そもそも緊張などせんだろうし」
「で、ですよね? だから……ちょ、ちょっと無理です……」
そう言って上目遣いでうるうるとした瞳を向けるアン。そんな視線に、思わずロッテが『うっ』と言葉に詰まる。
「……狙ってやってるのか、君は」
「へ? ね、狙う?」
「……ああ、いい」
完全に天然。そんなアンの言葉に、上を向いて鼻を抑えるロッテ。一応、ロッテの名誉の為に言っておくが、別に鼻血が出たわけではない。
「……え、ええっと……そ、それで、ロッテ先生? その……やっぱり、主役はちょっと……」
本当に申し訳無さそうに言うアン。
「……」
確かに、アンの演技は酷い。正確には、『酷い』という言葉すらまだ甘いレベルでの超絶下手くそさではある。まだ時間はあるとは言ったが、流石にこのレベルを持ち上げた所で所詮は知れていると思いなおし、ロッテは承諾の言葉を。
「――ダメよ」
その言葉を発する前、コズエによって遮られる。
「……甘えちゃダメよ、杏。勝手な事言わないで」
コズエの向ける視線は、今まで一番冷たかった。




