第十二話
――時は、20XX年。
平和な街、『海津市』に突如現れた悪の秘密結社『ステータス』。異世界より現れたこの組織はエリカ総統を首領とする組織で、平和に暮らす海津市を恐怖に陥れていた。私立天英館女子高校に通うアン・ユウキは下校の途中、ステータスの襲撃を受ける。逃げ惑う彼女の目の前に、破壊されたビルの破片が落ちて来る。恐怖でその眼を閉じた瞬間、彼女の体は真っ白な光に包まれた。余りの眩しさに閉じていた瞳をぎゅっと瞑った彼女が再び目を開けた時、目の前には一人の美しい少女が立っていた。彼女はその桜色の唇を開き、言葉を紡ぐ。
◇◆◇◆
「――『私と契約して、魔法少女に――』」
「――すとーっぷぅううううううううう!!」
天英館女子高校、ボランティア部室。三人が座った長机に向かい合う形で座ったロッテは、不意に大声を上げたエリカを胡乱な目で見た。
「……なんだ、エリカ? 不躾に大声など出して。これから良い所なんだぞ?」
「なんだじゃないわよ! これ、ダメなヤツ! 絶対にダメなヤツだから!」
「なにが?」
「なにがじゃない! これ、有名なアレのパクリじゃん! チョサクケンってヤツに引っ掛かるヤツじゃん!」
「たかだか保育園のお遊戯で著作権もへったくれも無かろう? どうやらこのセリフは巷では人気と聞いた。サブカルチャーを取り上げた雑誌にも書いてあったしな。受ける事、或いは受けた事はきっちりと繰り返さなければダメだ」
「そりゃ確かに人気だけども! でも、ダメでしょ、こんなの! っていうか、さっきちらっと読んだけどこの設定なに!? なんで悪の総統が『この世の巨乳を全て滅す』なのよ! こんなんで恐怖に陥れられると思ってんの!? 登場する街の人は皆頭のネジでも飛んでるの? っていうか、アンタが一番バッカじゃないの!?」
「多少はオリジナリティも必要だろうからな。『世界征服を狙う悪の組織』なんぞ、最近は流行らんぞ? よく考えて見ろ? 最近は正義の味方も悪役も、ある程度利己的な方が人気な風潮だ。『皆の為に働きます』なんて勧善懲悪だけでは芸が無いからな」
「オリジナリティってのは誰も見た事が無いと同義じゃないんだからね! オリジナルがありゃ良いってもんじゃ無いの! 巨乳を滅ぼすは無いでしょ、巨乳を滅ぼすは!」
「『エリカ』は貧乳設定だからな。自分以上の胸囲を持つ人間に脅威を持つんだ。というか、『エリカ』という名前で胸部の豊かな女性など想像出来ん。君だってそうだろう、エリカ?」
「バカにしてんの、アンタ!? つうかセクハラよ、今の!」
「問題ない」
「なにが!」
「君の胸部のサイズなんぞ、これっぽちも、欠片も、微塵も、少しも、興味がない。空気と一緒だ。君はアレか? 空気の存在にまで一々感謝して呼吸をする様な人間なのか?」
「うきぃーー!! わ、私だってそこそこ……そ、そこそこあるんだからね!」
「そうか。大丈夫だ、全く興味がない」
「あ、アンタね! そもそも――」
「黙れ、五月蠅い」
「――そんなことアンタにって、梢!?」
「大体、アンタ中学一年から一ミリも成長してないでしょ? それが何が『そこそこ』よ。見栄張るのもいい加減にしなさいよね、ド貧乳」
『なんですって!』と声を荒げるエリカを完璧スルー。そのまま、コズエは視線をロッテに向けた。
「絵里香の言う事はともかく、私もこの設定には反対です」
「理由を聞こうか」
「まず、この設定にする意味を感じません。次に、保育園児向けの演劇で女性の価値観を胸で語る様な事は教育上宜しくないと思います。最後に――絵里香みたいな面倒くさいのを敵に回しそうですので」
「め、面倒くさいって――」
「そうか。それでは設定を少し弄ろう」
「――なに……は!? 変えるの!?」
「そうだが? まだ練習もしていないし、脚本を変えるぐらい構わんだろう? 反対意見が出れば変えようとも思っていたしな」
「さっき私、反対意見を言ったじゃん!?」
「君のはただの文句だろう? 意見では無いからな」
そう言ってエリカから視線を外し、ロッテは優しい視線をアンに向ける。
「アンはどうだ? なにか反対意見はあるか?」
「そ、その……む、胸の話はアレですけど……それを除けば基本、イイと思います。先生はああお仰いましたけど……やっぱり、勧善懲悪は人気ですよ? 正義の味方が居て、悪者が出てきて、それで倒すっていう分かりやすいものは女の子も男の子も好きですし。『ヒーロー物』はみんな大好きですから」
アンの言葉に、ロッテは優しい微笑みを浮かべる。全く、エリカの時とは大違いだ。
「……そうか、分かった。それでは問題ないか?」
「……ただ、その……これ、主演って……もしかしなくても私、ですよね?」
「当たり前だ。アンの可憐さを伝えるために、衣装はこれから夜なべして用意するつもりだしな」
「手作り!? い、いや、それでも……その……わ、私、人前に立つの苦手ですし……せ、台詞飛びそうで……」
自信なさげにそういうアン。決して、『えー? 私に主役なんて務まるかな~? でも、先生が言うなら? ちょっとやってみようかな~?』みたいな、捩じ上げの酒飲みではない。単純に、『自分には向いていない』を全身で醸し出すアンに、ロッテの表情も曇る。
「……そんなにイヤか?」
「え、えっと……こ、こういう『人前に立つ』みたいな事は絵里香の方が向いているんですよ。私は、その……う、裏方みたいなのが……」
「…………エリカが、主役?」
「なによ、そのイヤそうな顔は!? 私だってぜーったいお断りなんだからね!」
んべ、っと舌を出した後、ふんっと言わんばかりにそっぽを向いて見せるエリカ。そんな姿に呆れた様に溜息を吐き、ロッテは視線をアンに戻した。
「……と、言っているが?」
「え、ええっと……で、でも……そ、そうだ! 梢!」
「却下。私だって主役なんて柄じゃないし……そもそも、杏? このボランティア部の部長は貴方でしょ? 裏方も大事だけど、主役張って見たらいいじゃない」
「う……ううう……で、でも……」
「話は変わるけど、杏? 人の嫌がる事を進んでやるのもボランティアの一部でしょ?」
「う、ううう……え? う、うん! 皆があんまりやりたがらない事を無償でやるのがボランティアだよ!」
「でしょ? だったらホラ、ボランティア部の部長としてしなくちゃ、主役」
そう言ってコズエは視線をエリカに向け、その後自分を指差す。
「――二人が嫌がる仕事をするのも、ボランティアでしょ?」
その言葉に二、三度口を開閉した後、がっくりと肩を落として小さくアンは頷いた。




