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▲6話


 逢いたくない相手、というのは往々にして逢いたい相手よりもよく出逢うもの。


 そんな、何処かで聞いた様な言葉を思い出しながら、ロッテは眼前でこちらを顰め面で見つめる少女に盛大に溜息を吐いて見せた。

「……げ」

「……こちらの台詞だ」

 件の泥棒騒動から三日、何時もの様に行きつけの定食屋の入口を潜ったロッテは入口に近いテーブルに座りこちらを胡乱な目で眺める少女にジト目を返す。心底イヤそうな表情を浮かべるロッテに対し、少女はツーンとそっぽを一つ。その姿がなんだか鼻に付き、ロッテの視線がますます険しくなった所で定食屋の大将がロッテに気付いて声を掛けて来た。

「へいらっしゃい! あー、お客さん! 今日ちょっと込んでんだ! 相席でもいいかい?」

「相席?」

「そう! 見りゃ分かんだろ? 今日は大入りなんだよ!」

「……それは構わんが……」

 丁度昼時、まるで芋を洗う様にごった返す店内だ。相席する事に別段抵抗はないが、空いている席など――

「……」

「……」


 ――あった。丁度、少女の目の前の席が。


「……しっし」

 まるで犬を追い払う様、イヤそうに顔を歪めて手を振る少女。その姿に、若干『カチン』と来るものが有ったロッテは黙って少女の目の前に腰を降ろす。

「見えなかったの、おじさん? なに? 老眼?」

「見えたさ、小娘。お前が珍妙な踊りを踊っているのがな?」

「……あっそ。んじゃ出てけ、おじさん」

「……年長者に対する口の利き方を知らないのか、小娘。イヤなら自分が出ていけ」

「……はあ? 先に来たのはこっちなんですけど?」

「……なんだ? 此処はお前の店か何かか? なぜ、お前に一々命令されなければならない」

「…………加齢臭がするから、御飯が美味しくなくなるのよ」

「…………オムツは取れたのか、小娘? そこはかとなく匂うぞ?」

 うふふ、あははと笑顔を浮かべながら、お互いにお互いを罵倒する。そんな二人の毒気に当てられたか、先程まで押すな引くなと大騒ぎだった店内がまるで水を打ったように静まり返る。

「……人の胸をナめ回すように見てた癖に」

「……人聞きの悪い事を言うな。そもそも、自慢できるほどの胸か、それが? 被害者面は止めて貰いたいものだな。自意識過剰な小娘が」

「…………はん! どうだか。そんな事言っておじさん、ちょっと興奮したんじゃないの?」

「…………自意識過剰もそこまで行くと滑稽を通り越してむしろ哀れだ。乳臭いガキが何を一丁前に。乳が無いのに乳臭いとは傑作だな?」

「………………いい大人が、こんなか弱い美少女捕まえてそんな事言うかな? 常識を疑うよ、ホントに」

「………………二度も言わせるな。それが年長者に対する口の利き方か? 親の顔が見てみたいモノだ?」

「………………へえ?」

 ロッテの言葉に、少女が素晴らしい笑みを浮かべる。

「………………ほう?」

 それと同様に、ロッテも。笑顔のまま見つめ合い、やがて同時に席を立ち。


「「――――表に出やがれ! ブッ飛ばしてやる!」」


「アンタら、頼むから帰ってくれねーかな!?」

 定食屋の親父に、追い出されました。


◆◇◆◇


「――もう! ホントにサイアク! おじさん、なんなのさ!」

「こちらの台詞だ! 当分あの店に行けなくなったではないか! どうしてくれる! 学生時代から通った思い出の店だぞ!?」

「はん! これだから年寄りは! なーにが『思い出の店』よ! イイ年したおっさんが、乙女かっ!」

「なんだと!」

「なによ!」

 裏通りから東通に抜けた所で仲良く追い出された少女とロッテが睨み合う。その姿に街行く人が足を止めてすわ、何事かという視線を向けている事に気付きロッテが顔を顰めさせた。

「……もう良い。とにかく、お前は二度とあの店に行くな! 分かったな!」

「はぁあああ? 何勝手な事言ってるのよ! あそこは私が行くから、おじさんが別の店に行けばいいでしょ!」

「お前があの店に通い出したのは精々、ここ数年のモノだろう? 私はお前が生まれる前からあの店に通っているんだ。どちらがあの店に相応しいか、その足りない頭で考えろ、小娘!」

「はい、でましたー! 年取ったら偉いとか考えちゃうそのクセ! これだから『おじさん』は嫌いなんだよね!」

「なんだと!」

「なによ!」

 二人の言い争いは、街の衛士に『あの……そろそろ迷惑なんですけど』と言われるまで続いた。


◆◇◆◇


 ――その後も、ロッテと少女は度々顔を合わせた。『裏通り』自体がさして広い場所でもなく、そもそも常連ばかりが集まる通りで新顔は珍しい。当然と言えば当然の帰結ではある。


 ある時は定食屋で。


 ある時は通りの真ん中で。


 また、ある時は本屋で。


 逢う度に口論する二人の姿がやがて名物になり始めた頃、少女と名前を交換した。と、言ってもそこに友好的なモノがあった訳では無い。『誰が小娘よ! 私の名前はアン! 裁縫屋の娘、アンよ! その皺が少なくなった脳味噌に刻んでいなさいよね、おじさん!』『誰がおじさんだ! 私の名前はロッテ! ロッテ・バウムガルデンだ! その容量の少なそうな頭に叩き込んでおけ!』という会話から得た知識に過ぎないが。


 やがて二人が出逢って二か月が過ぎ、『ロッテ』『アン』と呼び――訂正、罵倒しだした頃、徐々に口論をする回数が減って来た。毎回毎回、白い目で見られることにもうんざりして来たし、お互いにそろそろ疲れて来たというのもある。ならばどちらかが裏通りに行くのを止めれば良いと思う所ではあるが、『逃げたら負け』的な気がしてならないと、お互いに意地を張り続けた結果だ。友好的では無いにしろ、二人の関係性は改善……まあ、出逢えば『……どうも』『……ああ』ぐらいの会話をする程度には改善された。


◆◇◆◇


「……ねえ」

「……なんだ?」

「何読んでんの、ロッテ?」

「敬語を使えとは言わんが、せめて『さん』を……ああ、もう良い。アンに言っても無駄だな」

 出逢って三カ月、挨拶以外の会話が成立した事に少しだけ驚き、ロッテは手元の本を少しだけ掲げて見せる。掲げられた本にすっと視線を細め、アンはつまらなそうに唇を尖らした。

「……なんだ、それか」

「……知っているのか?」

「うん。こないだ読んだもん。あんまり面白く無かった」

「人が読んでいる側で面白く無かったなど言うなと言いたい所ではあるが……」

 そう言って視線をアンから切り、マジマジと手元の本を見つめ。

「……政治学の本だぞ、これは?」

 フレイム王国の、と言うより、オルケナ大陸全体を見回しても識字率は高い。なので、裁縫屋の娘でも本を読むことは別段珍しい事ではないが、それでも十五歳の娘が政治学の本を読む事には違和感を覚える。

「精々、少女小説ではないのか?」

「ああ……うん! ああ云うのも好きだよ? 格好イイ王子様にきゅんきゅん来るし!」

「……まあ、何も言わん。それより、この本を読んだと言ったな。理解できたのか?」

「過去の偉大なる為政者の政治から学ぼう! って話でしょ? ざっくり言うと」

「……乱暴な説明ではあるが、間違ってはいないな。感想は?」

「アレックス帝を過度に持ち上げるのは如何なモノか、って思ったわね」

「そうか? 概ね、政治学や歴史学の本では偉大なるアレックス帝の功績について触れるだろう? オルケナ大陸の英雄だし、多少の『持ち上げ』は仕方なかろう?」

 フレイム王国のみならず、オルケナ大陸の『カタチ』のその多くは、フレイム王国の前身であるフレイム帝国初代皇帝、アレックス帝によって作られたのだ。当然政治学、或いは歴史学の本の多くはアレックス帝について書かれているものが多い。

「いや、私だってアレックス帝の業績は認めるよ? でもね? 今の現状とアレックス帝の時代じゃ、違う事だって沢山あるじゃん。『アレックスはこうした! だからこうしよう!』って云うのは無理があるんじゃないかな~って思う」

「……ふむ。例えば?」

「例えば……ええっと、ロッテは何処まで読んだの?」

「一度は通読している。再読だ」

「んじゃ……そうね。アレックス大街道。オルケナ大陸を東西に結ぶ、アレックス帝の業績の一つだよね? その本の第三章に、アレックス帝の統一による混乱期の話があるじゃん?」

「あるな」

「人々が職を求め、人心が混乱した時に、アレックス帝による一大事業である『アレックス大街道』の建設があった。それにより、人々は職と、日々のパンと、そして少しの果実酒を手にいれる事が出来た、ってやつ」

「ああ」

「でもさ? それってアレックス帝の治世だから出来た事じゃない? 当時の荒れたオルケナ大陸を統一したアレックス帝の力と、それに伴う期待感があってようやく出来たんじゃないのかな? アレックス帝の金庫番、ユメリアがしこたまお金を貯めてたって話もあるし。でも、今ってそんな余裕があるの? なんて言うのかな~? 時代が違うって言うかさ?」

「……まあな」

「だから、それで直ぐに『不景気になったら国家が率先して職を作るべきだ!』って理論は当て嵌らないんじゃないかなって思う。色々あるしさ、実際」

 そう言って、カップに入った紅茶を一口、口に含み――目の前でポカンとした顔をするロッテに訝し気な顔を向ける。

「……なにさ?」

「いや……」

 そう言ってしばし、手元の書物を見つめるロッテ。

「……この本は王府の中でも人気でな。最近の政策案では、恐らくこの本に影響されたであろう似た様な献策が良く上がって来るんだ。『アレックス大街道の整備案』だとか『ラルキア王城増築案』だとか」

 ロッテの手元には同じような献策案が毎日山の様に上がって来る。道が劇場になったり、王城が港になったりする程度の変化で、ようは『公共工事を増やして景気を回復させよう』という話でしかない。

「そうなんだ」

「ああ。しかも、仮にも王府に奉職し、ある程度の知的教養のある人間が上げてくる献策の割にはお粗末な内容が多い。アン、君の様な意見を述べる人間は少数派だ」

 正直、現状では猫も杓子もレベルで公共工事の必要性を訴える政策案しか上がってこない。ロッテとしても少々食傷気味ではある。

「そうなの……っていうか、要るの? ラルキア王城の増築って」

「アレックス大街道も整備が必要なのは確かだし、ラルキア王城の増築に関しても間違ってはいない。知らないか? 殿下の婚儀が近いという話は? 民間にも布告を出した筈だが?」

「ああ……うん、知ってる」

「新たな妃を迎えるに当たり増築……というか、改修をするべきだという意見もある。そして、その意見もあながち間違いではない。フレイム王国は慢性的に不景気ではあるし、ここらで積極的な施策も必要ではある」

「……なに? ロッテは賛成なの? 『国家が仕事を作る』って話」

 アンのその言葉に、ロッテは黙って首を横に振って見せる。

「確かに、職を得るために王府が主導で何か事業を行うのは悪くはないアイデアではあると思うが、現実的には厳しい。金も無いしな」

「あ! でしょでしょ! 王府だって無限にお金が有る訳じゃないしさ! 無理なモノは無理だよね!」

「そうだ。加えて、何時でも『国がなんとかしてくれる』と思って貰っても困る。国家は良き庇護者ではあるべきだが、親バカな保護者ではない。自身の生活は、自身でなんとかする必要は必ずあるからな」

「だよね~! うん! その通り! ロッテ、王府の役人の癖にはよく考えてるじゃん!」

 そう言って嬉しそうに笑顔を見せるアンに、黙ってロッテは本を閉じる。

「……あ、あれ? 怒った? 『王府の役人の癖に』ってのが気に喰わなかった?」

「なぜ怒る必要がある。アンの言う通り、所詮私は王府の役人でしかないからな。それより、少しばかり興味が湧いた。アン、仮に君だったらこの場合、どうするのが良いと思う?」

「この場合?」

「慢性的な不景気の解決方法だ」

「私? そうね~……あ! 私だったらね!」


◆◇◆◇


 アンとロッテのその小さな『会合』はそれから頻繁に続いた。会合、と言っても大した話をする訳ではない。世間話のついでに、様々な政治――とすら言えない様な意見を、例えば本の話であったり、美味しいパン屋の話であったり、或いは街の珍事であったりを話す程度の、雑談に過ぎない話だ。その中に、或いは聞きようによっては『政治的』な事柄も含まれるかも知れないが、それでも所詮それは街の噂話の域を出ない、本当に取るに足らない話でしかない。全く仕事の役に立たない、愚にも付かない話である。ロッテの意見に一々アンは噛みつき、またロッテもそのアンの反論に一々噛みつき、昼休憩の時間だと言うのにまるで休憩した気すらしない、ある意味では非常に疲れる時間を過ごした。


 ――それでも毎日昼になるとロッテが裏通りに通うのは、その会合がロッテには新鮮だったから。


 ラルキア大学を首席で卒業、閑職を経験、そして王太子殿下直々の引き立てに寄って、まるで不死鳥の様に蘇った稀代の天才、ロッテ・バウムガルデン。それが王府の中で彼に割り振られた役割であり、そんなロッテに正面切って『喧嘩』を売ってくる様な人間はもはや王府には居ない。唯一、アンだけが、ロッテと『対等』に話が出来る人間であったからだ。


◇◆◇◆


「……おい、ロッテ」

「カールか。どうした?」

 王府次長の執務室。ラルキア王城内に備え付けられたその部屋でペンを手に取り書類を書いていたロッテは、ノックもせずに入って来た珍しい客に目を細め、溜息を吐きつつ部屋に備え付けのソファを顎でしゃくる。そんなロッテの厚意を無視する様、カールはずかずかとロッテの前まで歩み寄るとバンっ! と力強くテーブルを叩く。インク壺が少しだけ机の上で跳ねた。

「……なんだ、騒々しい。どうした」

「どうした、じゃない。いいか、ロッテ。俺は今、真剣に聞いている。だから、お前も真剣に答えてくれ」

 何時になく、瞳の本気の色を混ぜるカール。その瞳に射抜かれる様、ロッテも背筋を伸ばして。



「――お前……なにか、変なモノでも喰ったのか?」



 ――大きく、本当に大きく溜息を吐いた。

「……カール。貴様と言う奴は……」

「いや、待て! これは俺だけが言ってるんじゃねーんだよ! 皆! 皆が言ってるんだって!」

「……みんなだと?」

「あ、ああ! 『最近のロッテ様は……その、少し不気味です』って!」

「……」

「ほ、ほれ! こないだ外交局の課長の……ユリウス! ユリウスがポカをやらかしただろう!」

「予算案の数字を間違えた事か?」

「そう! 昔だったらお前、そんなミスは絶対に許さないだろうが! ユリウス、言ってたぞ! 『泣いても許して下さらないロッテ様が、泣いてもいないのに許して下さったのです。し、しかも私の肩に手を置いて、『失敗は誰にでもある。そんなに気にするな』って、慰めてくれたんです! か、カール様! ろ、ロッテ様はこう……具合でも悪いんでしょうか。もしくは私、ロッテ様に島流しにでもされるのでしょうかっ! 最後!? アレは最後の優しさなのですかーーー!』って、今にも泣きそうな目で!」

「……ユリウス」

「他の奴らも同じような事を言っていたぞ! ほれ、吐け! なんだ! 何があったんだ! まさかお前、本当にユリウスを島流しにでもするんじゃねーんだろうな!」

「せんわ! 失礼な事を言うな!」

「じゃあ何だよ! 一応言っておくけどな? 今のお前はマジでおかしい!」

「……たまに優しくしてやれば『おかしい人』扱いか?」

 流石のロッテも少々滅入るモノがある。取り敢えず、ユリウスの仕事の量は倍にして本気で泣かすと心に決めて、ロッテは大袈裟に溜息を吐いて見せた。

「……別に悪いモノを喰った訳ではないし、辞めさせる前だから優しくしよう等とも思っておらん。単純な心変わりだ」

「……心変わりだと?」

 訝し気なカールの視線に、溜息一つ。

「……少し、知り合いに言われたんだ。『厳しくするだけが良い訳ではない。それでは部下は萎縮してしまい、本来の能力が発揮できなくなる。それよりも部下の失敗を殊更に攻め立てず、少しぐらいは鷹揚に接した方が良い上司だ』とな」



『それって皆、ロッテの顔色窺ってるって事でしょ? だから怯えて、革新的な意見が出ないの。ロッテはさ~? もうちょっといい加減でいいんじゃない? っていうかロッテ、政策案の判断とかしちゃうぐらいに偉い人なの? 王府の小間使いかと思ってたわ、私』



 とは、アンの意見である。後から後から出て来る面白みのない政策案についてのちょっとした愚痴を吐き出したロッテに言った言葉だ。そんな軟弱な、と思いながら、少しばかり試してみたらこの扱いである。

「……まあ、それが裏目に出た様だな。今後は気を付ける事にしよ――」

「なあ、ロッテ?」

「――うと……なんだ?」

 話を遮る様、ロッテの言葉を止めたカール。少しだけ言い難そうに、それでもなんとか言葉を紡いで。



「……それって……『女』か?」



「………………は?」

「いや、だってロッテだぞ? ロッテ・バウムガルデンだぞ?」

「……どういう意味だ?」

「お前が人の意見を諾々と聞き入れるなんておかしいって話だよ!」

「……」

 ロッテ、言葉もない。まあ、自業自得ではあるが。

「……だからと云って、なぜ『女』に結び付く?」

「上司の言う事も聞かない。同僚の言う事も当然聞かない。部下の意見なんてハナクソぐらいに考える――」

「……酷くないか、それは?」

「――そんなロッテが! そんなロッテがちゃんと意見を聞いた上に、その意見に従うんだぞ? 上司でも同僚でも部下でも無いんなら、そりゃ今まで影も形も無かったモノ以外にねーだろうが」

「肉親の助言に従ったのかも知れんだろうが」

「アホか。ロッテの首に鈴を付ける事が出来る肉親が居るんだったら、誰かがとうにやってる。って事は、消去法で女だ」


 ――この男、たまに鋭い。


 目の前でニヤニヤしているカールに小さく溜息を吐き、ロッテは肯定の言葉を紡ぐ。

「……まあ、イキモノとしては女ではある」

「ほうぅ! あのロッテが女か! あの堅物で、面白みに欠けるロッテに遂に女の影が!」

「茶化すな。そんなに色っぽい話ではない。単純に、話が合うと言うだけの話だ。しかもまだ十五やそこらの小娘だぞ? お前の想像する様な事は無い」

 そう言って片手を振って見せるロッテ。その姿に、カールがポカンとした顔を浮かべて見せた。

「……なんだ?」

「……十五? 十五歳でロッテと話が合うのか? それってどんなスゲー女だよ、おい」

「……なにか、失礼な事を言われている気がするが」

「いや、だってロッテと話が合うってとんでもねーぞ? なんだ? その子、仙人かなんかなのか?」

「私の事をなんだと思ってるんだ、お前は」

「化け物だとは思ってる。んで? その女ってのはどこのどんな子だよ?」

「……なぜ、お前に言わなければならん」

「いや、だってお前は王府の次長で、殿下の覚え目出度い忠臣じゃん。んで、俺は近衛の団長な訳だぜ?」

「……それが?」

「今後、王府総長に、ひょっとしたら宰相にもなるかも知れないお前の伴侶になるかも知れない女だぞ? 王家の安定の為には把握しとかなきゃいけねーだろうが?」

 フレイム王国の『近衛』とは国王の剣であり、そして盾でもある。政権の中枢、それも次期国王の第一の臣と言っても良いロッテの『良い人』であれば、現段階でどうなるか分からなくても取り敢えず把握しておく、というのは強ち間違った話でもない。掛からない、掛からないと思っていても引っ掛かるのがハニートラップというモノだ。

「……お前は私がそんなモノに引っ掛かると思うか?」

「……まあ、思わないな」

「第一、ハニートラップならばもう少し色気のある女を出せ。あんな小娘ではどうしようもない」

 そもそも、最初の出逢いからして最悪だ。あんなハニートラップはロッテとて聞いた事がない。

「お前の興味だろう、単純に」

「まあな。だって『あの』ロッテが……まあ、好意かどうかはともかく……そうだな、悪くない、とは思ったんだろう?」

「……そんな事は……」

「はい、うそー。ロッテが人の意見に耳を傾けただけでも奇跡の所業だぞ? そんな女に興味のカケラもねー訳ねーもん。勿論、良い意味での」

「随分と奇跡が安売りされている気はするが……」

 小さく、一息。

「…………まあ、そうだな。認めよう。少なくとも、王府の部下連中と話すよりは幾らかまともな受け答えをする小娘ではあるな」

「ほらな?」

 渋い顔をするロッテとは対称的、快活な笑顔を浮かべるとカールは頭の後ろで手を組んでカラカラと笑って見せた。

「でも……良かったな、ロッテ。伴侶候補、見つかって」

「……伴侶候補? どういう意味だ、それは」

「こないだお前、言ってたじゃん? 『伴侶と言うのは高め合わなければならない』みてーな精神論」

「……精神論と言うな」

「なんでも良いよ。ともかく、そんなお前が悪くないと思った相手だぞ? お前の人生……は言い過ぎだけど、王府に入ってこの方、そんな人間居たのか? お前が、『中々面白い意見を言う』って言った人間」

「……殿下の政策案は、興味深かった」

「ああ。お前が、一本釣りされた時のヤツな? じゃあ、それ以外では? あるか? しかも、女だぞ?」

「……」

「ほら。いなかっただろう?」

「…………まあな」

 不承不承、そう言って頷くロッテ。その姿にカールは茶化した様な表情ではなく、真剣で――それでいて、優しい目を向けた。

「……さっきは変だ、変だと言ったけど……確かにな? お前今、楽しそうなんだよ」

「……楽しそう、だと?」

「昼時になったらいつもウキウキと外に飯食いに行ってるの、ホントに気付かねーのか? 王府中の話題だぞ? 『珍事』って」

「……そんな事は……」

「あるの。こないだだってお前、俺が飯に誘っても『用事がある』って断ったじゃん」

「……それは」

「まあ、アレだよ? お前だって後悔しない様に生きなきゃ勿体ないだろう? その女がどんな女かしらねーけど……まあ、お前が悪くないって思ったんだろ? あのロッテ・バウムガルデンの厳しいお眼鏡に適ったんだぞ? 俺は、それだけで結構な上玉じゃねーかと思うけど?」

「……だが……十五歳だぞ? まだまだ子供だぞ?」

「こないだ言っただろう? 別に二十歳や三十歳ぐらい離れてる結婚なんて、大して珍しかねーんだよ、貴族社会では。だからそんなしょーも無い事気にせずにさ? お前の好きな様にしたらいんじゃねーか?」

「……私は平民だ」

「はん! 三十代で王府の三席まで登り詰めてどの口で平民だって言うんだって話だよ。そもそも実家は豪商、バウムガルデン商会だろ? んな事気にスンナ」

「……」

「ま、取り敢えず自分で考えて見ろよ。どっちにしろ、老後が一人ってのはきっと寂しいぞ?」

 言うだけ言って、『じゃあな~』と手を振って執務室を後に。

「ああ、そうそう」

 後に仕掛けて、カールがその足を止める。そのまま振り返ると、ニヤリとした笑みを浮かべて。


「お前さ? さっきから色んな理由付けてるけど……『嫌だ』とは言わねーんだな?」


 もう一度手を振って、今度こそカールがロッテの執務室を後にする。その背を見つめ、やがてドアがバタンと閉まる音と共にロッテは大きく息を吐き出して。


「――このドアホが」


 かき乱すだけかき乱したこの腐れ縁の友に胸中で地獄に落ちろと呪詛の言葉を吐き出しながら、ロッテはカールの去ったドアを睨みつけた。




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