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第七話


 ロッテの言葉に、しばし間抜けな表情を浮かべる三人。たまげる、とは『魂消る』と書くが、文字通り魂が消えた様な三人の中でいち早く意識を取り戻したのはエリカだった。

「ど、どういう意味よ!」

「どういうもこういうも……言葉通りの意味だ。今日から私はこの天英館女子高校のボランティア部の顧問になった。学園長からの正式な辞令もあるが……いるか?」

 そう言って胸ポケットから一枚の紙を取り出すロッテ。ひったくる様にその紙を奪ったエリカは、文字に自身の視線を這わせ、そして唖然とした表情を浮かべて見せる。

「……ほ、ホントだ」

「嘘を付いてどうする」

「い、いや、でも! 由香里ちゃんは! 由香里ちゃんはどうしたのよ!」

「ユカリちゃんとは……ああ、英語科の遠藤女史の事か? 遠藤女史はボランティア部顧問の任を解かれ、新たに設立される海洋進化研究部の顧問になる事が内定している。まあ、交代人事だな」

「え? ゆ、由香里ちゃん、飛ばされたの!?」

「こういう言い方はアレだが……部活の顧問程度で飛ばされるだ飛ばされないだの話になる訳が無かろう? この学校のウリでもあるバスケ部の顧問であれば更迭人事と言われても可笑しくないだろうが、文化系統の部活だしな、此処は」

 そう言ってエリカから視線を切り、ロッテはにこやかな笑みを浮かべて見せる。勿論、アンだけに。

「そういう訳でアン? 今日から宜しく頼む。まだまだ若輩者だが、顧問と部長、手を取り合ってこのボランティア部をよりよい部活にし――そして、全世界に笑顔を振りまこうでは無いか」

「スケールが大きい! え、ええっと……ろ、ロッテ先生? その、私はそこまで大それた事は考えてないっていうか……こう、身の回りの人が幸せになればいいな~って……」

「うんうん、その考えは立派だな、アン。それではまず、身の回りの人から幸せにしていこう。そうして、幸せにして貰った人がどんどん他の人を幸せにしてあげたら、きっと世界中は笑顔にあふれるだろうな」

「あ……そ、その考えはちょっとステキです」

「そうだろう、そうだろう! さあ、アン? 今日も頑張ろう!」

「お、おー!」

「ちょ、ちょっと! なに勝手に杏と二人で話を進めてるのよ! 私は納得してないんだからね!」

 右手を小っちゃく上げて『おー!』なんて言うアンの姿に頬を弛ませていたロッテだが、エリカのその言葉に、渋い視線を向けて見せる。そんなロッテの視線に一瞬たじろいだ後、エリカは堂々と胸を張って見せた。

「何勝手に顧問面してるのか知らないけどね! まずは私達現役部員に認められてからでしょう! つうか、なんで由香里ちゃんが辞めなきゃいけないのよ! 貴方がその……な、なんだっけ? か、海洋深層水?」

「海洋進化研究部だ。なんだ、その染髪剤でも使われそうな単語は」

「う、うるさい! とにかく、その顧問に貴方が成ればいいでしょ! 私は由香里ちゃんが良かったの! 杏だって梢だってそうでしょ!?」

 エリカの視線にアンが気まずそうに『あはは』と笑って見せる。アンにしても今まで顧問だった遠藤先生と急に交代、となると流石に思う所が全くないワケではないが……それでも、流石にロッテに向かって『あ、遠藤先生のがいいです』と言えるほどは鬼ではない。そんな微妙な表情を見せるアンに溜息を一つ、コズエは口を開いた。

「ちょっとは落ち着きなさいよ、絵里香。そもそも顧問の人事なんて私らに決定権がある訳じゃないでしょ? だから、絵里香がどんなに騒いでも、ダメなものはダメなの」

「ちょ、梢! アンタ、どっちの味方よ!」

「強いて言うなら自分の味方。自分の考えの味方。私は正しいと思った事をしたいだけだし」

 そう言ってコズエは視線をロッテに向ける。

「まあ、先程言った通り、私達生徒に取って顧問が誰かを決める権限などありません。ですので六手先生が顧問である以上、私は先生が顧問である事に反対するつもりはありません」

「理解が早くて助かる」

「話は最後まで。しかしながら、新学期がスタートして幾分立つこの時期に顧問の交代とは些か穏やかではない、とは思っています。一体、どういった経緯で遠藤先生から六手先生に顧問が交代したか、をお聞きしたいとは思います」

「私がそれに答える義務があるのか?」

「無いですね。ですが、先生? 答えないと先生に困った事になると思いますが?」

「……困った事?」

「私と杏、それに絵里香は幼馴染です。小さい時から一緒に居ますし……まあ、姉妹の様な関係だと思っています。言わば、『身内』です。そして、そんな身内からの提言ですが……正直、今の先生は『やり過ぎ』だと思います」

「……ふむ」

「別に個人の恋愛をどうこう言うつもりは無いですが、それでも『学校』という狭いコミュニティで、生徒と教師の恋愛沙汰は外聞が決して宜しくない。先生もそうでしょうが、杏にだってきっと不利益になる。ただでさえ、教室で一騒動あったんですよ? この上で顧問を務めるとなると」

「なるほど。あからさまに好意を寄せているのがバレると?」

「あー……その辺はもうガッツリとバレてるんで今更どうでも良いのですが。ただ、私達だってきっと聞かれるんですよ。『なんで遠藤先生から六手先生に顧問が代わったの?』と。そうなった時に理由を答えられる方が良いと思いません?」

「……ふむ」

「先程も言いましたが、私は別に杏がショタコンだろうが年上のオジサマ大好きっ子だろうが全然問題ありません。生き辛いだろうな、とは思いますが、それを止める事は出来ませんしね。個人の自由ですから。ただ、杏がこの学校で生き難くなるのは断固として阻止したいと思います」

「……具体的には?」

「机と椅子すら無くても出来るんですよ、ボランティアって。別に部活としてどうしても必要な訳じゃないし……学校に縛られる必要なんて、全然ないんです」

「……なるほど。辞める、と?」

「杏と絵里香と三人で町内清掃美化活動でもしておきますよ? 一個人の資格として」

 そう言ってニヤリと笑って見せるコズエ。その視線をしばし見つめ、ロッテは困った様に肩を竦めて見せる。

「遠藤女史は英語科の教師だが、元々海洋生物に興味があってな。ならば、彼女の好きな事が取り組める部活にした方が良かろう、という判断だ」

「五十点です。それは遠藤先生が海洋進化研究部の顧問になる理由であって、六手先生がボランティア部の顧問になる理由ではありません。それに、わざわざ一教師の興味の為に新設の部活を作る程優しい学校ではない、と思っています」

 一息。


「……嘘や誤魔化しは止めましょうよ、六手先生」


 今度こそ、降参。コズエの言葉に苦笑を浮かべてロッテは両手を挙げて見せる。

「君と話をしているとある御仁を思い出すよ」

「ある御仁?」

「こちらの話だ。まあ、端的に言えば私が遠藤女史に頼み込んでボランティア部の部活を代わって貰った。ああ、遠藤女史の名誉の為に言っておくが、遠藤女史も最初は随分渋っていた。『あの子達の面倒は最後まで私が見たい』とな。だが、それでも私が無理を言って頼み込み、代わって貰ったんだ」

「……杏と過ごす時間の確保の為、ですか?」

「逆に聞くが、そんな理由で遠藤女史が私に顧問を代わってくれると思うか?」

「……思わないですね」

「無論、アンと過ごす時間というのは私に取っては魅力的だ。だが、当然それだけではない。君たちが――特に、エリカまで入っている以上、此処は言ってみれば『仲良しクラブ』な訳だろう?」

「ちょ、どういう意味よ! なんで私が入ってたら仲良しクラブな訳!?」

「五月蠅い、吠えるな。いい意味だ」

「いい意味には全然聞こえないんですけど!」

「人に奉仕をする精神なんぞ欠片も持ち合わせて無さそうな、面倒くさがりを絵に描いた様な君が無料で人様の為に働くんだぞ? そんなもの、余程部活に仲が良い人間がいなければ所属する訳なかろう」

「うぐ……」

「という事はアンの理念に……まあ、反対している訳では無いんだろう?」

「杏の理念? なによ、杏の理念って!」

 エリカ、コズエ、アンと順々に視線を移し。



「――皆を笑顔にする」



「……」

「信じようが信じまいがそれは勝手だ。だが、その『皆を笑顔にする』というのは、私の理想であり、目標であり、そして夢でもある」

 此処ではない何処か。

ロッテが『ロッテ・バウムガルデン』の時代から追い求め、追い続けて来た、そんな想い。

「……それを実現しようと頑張っている部活があるんだ。ならば、微力ながら応援もしたくなるのが人情だろう?」

 ロッテの言葉に応える者がいない、静寂。どれくらいそんな時間が続いたか、やがて諦めた様にコズエが苦笑を浮かべて首を左右に振った。

「……分かりました」

「納得してくれたか?」

「すくなくとも、嘘は付いていないだろうとは思いました。そういう事なら、私が反対する謂れはないです。誰かに聞かれたら『ボランティア大好きらしい』と答えておきましょう」

「そうしてくれ」

「それでは六手先生? これからよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げるコズエ。その態度にロッテも頬を弛めかけて。



「――ちょっと待った! 梢が納得しても、私は納得してないんだからね!」



 面倒くさそうな視線を向けた先には、背中に炎を背負ったエリカが居た。


ちなみに由香里ちゃんはお寿司大好きです。

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