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第六話


「……お疲れ~」

「ああ、おつか……本当に疲れてるね、絵里香?」

「あったり前でしょ! もう、あのクソ教師……絶対許さないんだから! 梢、お茶!」

「自分で淹れなよ、絵里香。それと女の子が『クソ』とか言わないの」

「あ、あはは……絵里香、お茶は私が淹れて上げるよ」

「……杏はいっつも絵里香に甘すぎ。絵里香の為にならないよ、それ」

 天英館女子高校北校舎、通称『部活棟』。運動部系の部活はグランドや体育館に部室が併設される事が多いが、文科系の部活はここ北校舎に一括して集められる。そんな北校舎の三階の角部屋に、アンが部長を務める『ボランティア部』の部室はある。

「……はぁ。アリガト、杏。ちょっと落ち着いたわ」

 備え付けの長テーブルの端に座った大沢絵里香はぐでーっと突っ伏しながらオッサン臭い溜息を零す。そんな絵里香に、対角線上に腰掛けてスマホに目を落としていた松代梢が眉根を寄せた。

「だから……絵里香、貴方女の子でしょ? もうちょっとなんとかならないの、それ?」

「梢、うっさい。保育園の頃からの付き合いっしょ? 大体分かるっしょ、私がどんな人間かって? 今更治んないわよ、んなの」

「保育園の頃からずっと言ってるじゃん。いい加減にしなよ、もういい歳なんだし」

「……なによ? 別に迷惑かけて無いでしょ?」

「……貴方がそんなんだと、一緒にいる私達まで『ガサツ』に見られるって話よ」

「ま、まあまあ二人とも! 喧嘩腰にならないでってば!」

 険悪なムードになる二人に、慌てた様に杏がフォローに入った。この光景も、三人が保育園の頃から繰り広げる、言わば見慣れた風景である。俗に言う『幼馴染』というヤツだ。

「……っち。杏に免じて許してあげるわよ、梢」

「……こっちのセリフよ、絵里香」

「……はあ」

 睨み合う二人を見つめ、おでこに手を当てて杏が力なく左右に首を振る。これだけ喧嘩腰になりながら、別段仲が悪い訳では無い所が不思議な所ではあるが……アレだ。猫と鼠の追いかけっこに近いモノがあると言えば当たらずとも遠からずか。

「……ったく。こっちはあの先生のせいでイライラしてるんだから。あんまり怒らせないでよね」

「先生に注意されたのは絵里香のせいじゃん。っていうか、わざわざ先生に逆らう? バッカじゃ無いの?」

「もう、梢! それ以上言わないの! 絵里香、本当にお疲れだったね?」

 またも険悪の雰囲気を纏いかける二人を慌てて制し、杏が慈しむ様な表情を絵里香に向ける。そんな杏の表情に、絵里香の表情が情けなく歪んだ。

「えーん、杏~。六手先生が苛めるぅ~」

「え、なにそれ? キャラじゃないんだけど? ドン引きなんだけど?」

「だから、梢! そうだね~。絵里香、大変だったもんね」

 杏の腰に抱き着いて泣き真似をして見せる絵里香の頭を杏がよしよしと撫でる。


 ……実際、ロッテの授業は凄まじかった。


 昼休み明け早々、教室に付いたロッテは、宣言通りクラスの全員一人一人に対して問題文を作成して来た。それも、とても授業二コマでは終わらない程の問題を。これが二コマ分か、と恐れ慄く生徒たちを前にロッテが一言。

『今日は初日だから少なめにしてある。足りなかったら言ってくれ』

 愕然とする生徒たち。堪らずエリカが声を上げかけて。


『ああ、そうそう。六時間目のラスト三十分でテストをするからな。先程よりも点数が悪い人間は追試だ。それが嫌なら、しっかり勉強しろ』


 それが、トドメ。鬼気迫る表情で問題文を生徒たちが解き始めたのは言うまでもない。


「しかもあの先生、ずっと私の隣に居たのよ! 『そんな問題も解けないのか?』とか『読解と言っただろ? なんだ? 日本語も理解出来ないのか?』とか『私だって不本意だ。正直、アンの隣であの美しい横顔を眺めていたいのに……なぜ私がこんな不運な目に合わなければならん』とか! つうか最後の、ガチで気持ち悪かったし!」

「あ、あははは」

 聞かなけりゃ良かった、とアンは切に思う。というか、アンだってずっとロッテに横顔を眺められてたら集中できないし。

「ま、それも絵里香が悪いんでしょ? 三十二点って……普通に赤点じゃん。そりゃ、先生だって付きっ切りで面倒を見るわよ」

「アンタは良いわよね、梢! 結局二コマ丸々、スマホ弄ってただけでしょ! っていうか梢だけテスト免除って何よ! ズルい!」

「仕方ないじゃん。私、百点だったし。先生も言ってたでしょ? インセンティブだって」

「そのすまし顔がマジでムカつくんだけど!」

 ふふん~なんて言って見せるコズエに、エリカがキシャーと牙を向く。そんな二人の間に三度割って入り、アンは視線をエリカに向けた。

「まあまあ。でも、絵里香? ロッテ先生のあの二コマで、成績上がったんじゃないの? 補習が無かったって事は?」

「う……ま、まあ……上がったけど」

 アンの言葉に、エリカが少しばかり気まずそうにソッポを向く。そんなエリカを見ながらコズエが口を開いた。

「何点よ?」

「……は? べ、別に何点でも良くない?」

「いいから、早く言いなさいよね? なに一丁前にタメてんのよ、三十二点が」

「三十二点って言うな! だ、大体、人の点数聞くなんてどうよ!? プライバシーの侵害だし!」

「何歳までおねしょしてたか知ってる間柄でプライバシーもへったくれもあると思う? そもそも、貴方のお父さんにも頼まれてるのよ、私? 『梢ちゃんが天英館女子高校で本当に良かった……絵里香をよろしく頼むね? ……ホントに、ホントに頼むね』って。おじさん、泣きそうだったんだけど。なにしたのよ、アンタ?」

「な、なんにもしてないし! くそ、この優等生め! そ、それにしたって――」

「あー……でも、私も興味ある」

「――そんな事……って、あ、杏? 裏切る気!?」

「あ、別に裏切るとかじゃなくて。私、一回目は六十五点だったんだけど、二回目は八十二点まで上がったんだ。だから、絵里香がどれくらい成績が上がったか、ちょっと興味があるかな~って……だ、だめ?」

「うっ……」

 少しだけ申し訳無さそうな、それでいて『教えて欲しいな~』と庇護欲そそる瞳で見つめられ、思わず息を呑む絵里香。その視線に晒され、迷いは一瞬、絵里香は諦めた様に小さく溜息を吐いた。



「……………………な、七十三点」



「「すごっ!!」」

「お、驚きすぎだし! そ、そりゃ凄く成績は上がったけど……で、でも! マジで疲れたんだからね!! しかもアイツ、テストが終わった後に『まあ、三十二点なら上がり幅もあるしな』とか言うし!」

「いやいやいやいや……絵里香、貴方そんな点数取った事ある? しかも万年成績が下降飛行で低空飛行な貴方が……あの先生、優秀だったんだ。あの絵里香に、七十三点なんて高得点取らすなんて……明日雪かな、杏?」

「喧嘩売ってんの、アンタ! わ、私だってやれば出来るし! つうか、今日はマジでムカついたから、今度のテストでは絶対百点取ってやる! それで、アイツの目の前で堂々とスマホ弄って遊んでやるんだから!」

 そう言ってそっぽを向くと鞄からスマホを取り出し、照れ隠しかの様に無意味にフリックして見せるエリカ。そんな姿を半ば呆然と見つめ、コズエはアンに視線を移した。

「……凄くない、六手先生?」

「あ、あはは……ま、まあ? 絵里香だってやれば出来る子だし? ほら、本番に強いって言うし! 天女に入ったぐらいなんだから!」

「正直、裏口入学かと思ってたんだけどね、私は」

「聞こえてるわよ、梢!!」

 エリカの声を肩を竦める事で応え、コズエはアンに視線を移す。

「杏、テストある?」

「へ?」

「二回目のテスト。問題、見せて貰っても良い?」

「そりゃ、いいけど……」

 コズエの言葉にアンはゴソゴソと鞄を弄る。と、目当てのモノが見つかったか鞄から紙片を取り出すとコズエに手渡した。

「ちょっと恥ずかしいけど……はい」

「ありがと」

 アンから手渡されたテスト問題をしばし熟読。その後、呆れた様に首を左右に振って見せるコズエ。

「……どしたの、梢?」

「気付かなかった? この問題、さっきよりちょっと簡単」

「…………は? か、簡単?」

「解答に当たる場所がさっきより見つけやすくなっている。『個別の問題』ってのがどんな問題か知らないけど……まあ、多分、その問題をちゃんと解いてれば解ける様になってるんじゃないかな?」

「そ、そうなの? 折角『高得点!』とか思ったのに……」

「あー、別に落ち込まなくていいよ。レベルが落ちたって云っても大学受験レベルなら十分にいい点が取れる難易度だから。っていうか、最初のテストが結構難しかったしね」

「はん! 百点のアンタが言うと嫌味にしか聞こえないんですけどー」

「黙れ、三十二点」

「もう! だから、喧嘩しないの!」

 もう何度目か、睨み合おうとする二人をアンが制す。そんなアンに、エリカが肩を竦めた。

「はいはい。とにかく! もうあんな先生の事なんてどーでもいいの! アンも災難だね? 幾ら事故ったからって、あんなのに付きまとわれて」

「い、いや、アレは完全に私が悪かったし。それに……まあ、別段悪い人じゃないよ、ロッテ先生」

「なによ、ロッテ先生って」

「六手先生の渾名」

「うへー。渾名とかで呼んでんの? 止めてよね~」

 心底嫌そうにべーっと舌を出した後、エリカがにこやかに微笑んで見せた。

「ま、ともかく! ほら、そろそろ決めなくちゃいけないでしょ、次のボランティア部の活動。なんだっけ? 保育園? 幼稚園?」

「保育園だよ。なんか演劇みたいなのして欲しいって」

「演劇か……エリカ、台詞覚えられるの?」

「楽勝っしょ! ま、このアカデミー賞狙える器であるエリカ様に掛かれば、保育園の演劇なんて余裕、余裕」

「バカデミー賞なら余裕でしょうけど」

「誰がバカだ!」

「もう! だから、二人とも――」



「――失礼する」



 喧嘩しかけた二人、それを止めに入ったアンの三人が、入口から聞こえた声に動きを止める。後、視線をそちらにゆっくり向けて。

「……なにしに来たし?」

「こちらのセリフだ。此処はボランティア部の部室だろう? なぜ君がいる、エリカ」

「私はボランティア部の部員なの! っていうかなんの用? 部外者立ち入り禁止なんだけど? さ、回れ右して帰ってくれるー?」

 挑発する様にそう言ってビシッと指をさすエリカ。そんなエリカに差された男――ロッテは、肩を竦めて首を左右に振って見せる。

「部外者が立ち入り禁止、と言ったな? ならば、私は此処にいても良い事になる」

「は? なんでそーなんのよ? まさか『教師だから』とか言うつもり?」

「そんな事は言うつもりはない。そもそも、その理論が成り立つならこの学校に『部外者』はいないからな。基本、生徒と教師しかいない訳だしな」

 そこまで喋り、アンに視線を向けてにこやかに笑いかけ。



「先程ぶりだな、アン。今日からボランティア部の顧問になった。よろしく頼む」



「「「………………は?」」」

 三人の間の抜けた顔とは対照的、ロッテは満面の笑みを浮かべた。



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